「ドロ刑」と呼ばれる刑事たちがいる。
泥棒だけで生計を立てている、いわゆる「職業泥棒」の逮捕、取り調べを専門に行う捜査三課の刑事である。


宝島社から発刊された新書『泥棒刑事』は、普段あまりスポットをあてられないドロ刑の仕事が書かれたノンフィクションだ。
著者の小川泰平は、神奈川県警捜査三課に所属していた元部長刑事。本書は、退職までの30年間、現場一筋だった著者の経験と見聞を元に書かれたものである。
ドロ刑は様々な手法を駆使して検挙を目指す。さまざまな捜査手法や泥棒たちの犯行手口、一風変わった泥棒列伝、人情派刑事のちょっといい話、さらには警察内部事情についても言及されている。

本レビューではドロ刑の捜査手法を中心に本書を紹介していく。
文中で多用される警察用語(隠語)の奇妙な味わいにも注目だ。


【雄弁なブツと質屋のオヤジ〜ナシ割り捜査〜】

ナシとは「品」を逆さにした言葉。つまり、盗品の出所をさぐり、ホシ(被疑者)のサヤ(自宅)などを特定する捜査である。泥棒は貴金属や高級時計など金目のものを盗み、グニ屋(質屋。9−2=7が由来)で現金に変えることが多い。これをグニ込みと呼ぶ。
ドロ刑は地域の質屋のオヤジと親しくして捜査の協力を求める。質屋の記帳に残された筆跡が証拠になることもある。


【泥棒にも個性があるんです〜手口捜査〜】

日本で活動する窃盗常習者は沈んでいる者(服役中。お勤めとも)を含めて約3000人いると言われる。過去の犯行手口のデータを蓄積し、分析することで犯人を割り出す。侵入経路や物色方法、オドリ(犯人の現場での振る舞い)などなど、泥棒にも個性があり、これらを特癖と呼ぶ。
古くは江戸時代からドロ刑の捜査手法として行われてきたプロファイリングの一種だ。


【前科持ちはやっぱり怪しい?〜的割り捜査〜】

たとえば同一手口の空き巣事件が特定地域で多発しているとする。手口分析の結果、マエモン(前科者)の中からお勤め中のホシを除外して10名程度に絞り捜査を開始する。これを的割り捜査という。捜査の順番は、ギャンブル場などの立ち回り先の捜査、的の顔を拝む(確認するという意味)、尾行、ヤサの確認、行動確認、犯行を確認、オフダ(逮捕状)の請求、逮捕、取り調べ、と進む。
一度でも過去にホシを担当したことのあるドロ刑であれば、ホシがどのような場所をヤサに選ぶのか、ギャンブルなら何が好きで、競馬が好きならどこの競馬場へ行くのか憶えているのだという。



【人情刑事、落としの手法〜引当り捜査〜】

逮捕してからがドロ刑の腕の見せ所である。ドロ刑はさまざまなテクニックを駆使してホシを落としにかかる。また逮捕状に書かれている本件は「落ちて当たり前」。ここから余罪をいくつ吐き出させるかが勝負になる。そこで使われるのが引当り捜査。警察の捜査用車両に被疑者を同乗させ、1件1件犯行現場を確認するのだ。

具体例をあげよう。ある窃盗犯を逮捕した。しかし、ホシは本件容疑は認めたものの、余罪の追及に関しては否認した。
若手だった著者は上司の部長刑事と共に、ホシを連れて引当り捜査に出た。しかし部長は犯行現場には向かわず、神奈川県内のとある霊園で止めるように言った。部長はホシを車から降ろし、着ていた上着を手錠の上にかけた。

「あと2日で起訴だな。2、3年は来れなくなるな」
ホシに話しかける部長。著者に手錠を外す用に指示する。ホシは部長から線香を受け取るとお墓の前で手を合わせた。ボロボロと涙を流していた。
取調室に戻ると、ホシは取り調べに素直に応じるようになった。最終的には300件以上の余罪を自供したのである。
参った墓は、ホシの祖母の墓であった。ホシがおばあちゃんっ子であることを部長は知っていたのである。


【刑事は国民の味方か、サラリーマンか】

「警察にノルマはあります」と著者は言い切る。
日本では一日に2850件の窃盗事件が発生しており、警察発表の犯罪検挙率の実に65%以上が窃盗犯である。国民の警察への信頼を計る指標のひとつとみなされている検挙率は、ドロ刑たちの努力にかかっているといっても過言ではない。
著者は自分の知る範囲で、警察組織の隠蔽体質や、検挙率の数字を上げるため被害届を受理しない行為(これを「にぎる」とか「つぶす」と言う)についても述べている。
警察はいまだに検挙率という数字にとらわれ続けている。一方で、現場では国民の安全と安心のために日夜身を粉にして働いているのだ。
警察組織の内部にいた著者の言葉だからこそ、ドロ刑という仕事の葛藤と矜持が伝わってくる。(HK 吉岡命・遠藤譲)