ある飲み会でのことである。「昔、メダカを飼っていた」という人がいたので、「何匹飼っていたのですか?」と質問すると、「メダカは全部死にました」と返された。
お互い、「メダカを飼っていた」という事柄について話しているはずなのに、なぜか語る部分が違うのである。また、その人が「マンションを買った」という話をしていたので、「何でマンションを買ったのですか?」と訪ねると、「キャッシュで買った」と返された。「手段じゃなくて理由だから!」と、その場にいた全員がつっこんだのは言うまでもない。

このエピソードは、ちょっとした笑える出来事なのだが、友人や職場での人間関係の中で、「どうして説明したことを理解してくれないのだろう」「何で聞いたことに答えてくれないのだろう」というコミュニケーションギャップに、イライラした経験を持っている人も多いのではないだろうか。

そのような状況を一言で表した書籍を見つけた。ビジネスコンサルタントの細谷功さん著『なぜ、あの人と話がかみ合わないのか』(PHP研究所)である。


本書では、「あの人と話がかみ合わない」のは、次の3つに要因があると定義している。

【1】人間は悲しいまでに自分中心にしか考えられない
【2】コミュニケーションが(実際はほとんど伝わってないのに)「伝わっている」ことを前提に成り立っている
【3】相手は自分と同じ前提や認識でいるつもりが、実はまったく別の部分を見ていて、お互いがそれに気づいていない

まず【1】。本書では「『他人の立場に立って』とか『相手の目線で』などというのは簡単ですが、これほど難しいことはありません」とある。私たちは、どこかで相手も自分と同じ目線を持っているはずだと思い込んでしまうのだという。

続いて【2】。「そもそも私たちはなぜ、コミュニケーションでストレスを感じるのか。
それは勝手に『自分の伝えたことは相手に伝わっている』と思い込んでいるからでしょう。『伝わっていると思っている』ことが伝わっていなければ、それがストレスにもなります」とある。

そして【3】。「同じものを認識した上で何らかの議論をしているというより、もともと違うものを同じものだと認識しながらコミュニケーションをしていることが、ギャップのほとんどの根本原因であるということです」とある。

むむ。そう言われてみれば、思い当たる気がしなくもない。
よく「前にも言ったけど」とか「何度同じことを言わせるのか?」とか思うことがあるが、自分が相手に何かを伝えるときは、相手も自分の言ったことを理解していることを前提としている節がある。

なお、本書は元となる本があり、それは細谷さんが2010年に出された『象の鼻としっぽ』である。このタイトルは、【3】における「もともと違うものを同じと認識しながらコミュニケーションをしている」という状況を、仏教の説話を元に、象の鼻としっぽで表現されている。象というものを見たことがない人たちに、象の鼻としっぽを触ってもらうと、ひとりは象の鼻の形状について語り、ひとりは象のしっぽの形状について話すことになるため、象について語り合ったとしても、コミュニケーションギャップが生まれてしまうという例えなのである。

本書は、この『象の鼻としっぽ』に一部修正を加え文庫化されたものなのだが、文庫化の経緯について、担当編集者の中村さんにお伺いしてみた。

――雑誌編集者時代に著者の細谷さんの連載を担当しました。
そのとき、「読む前と読んだあとで、世の中の見え方が一変する」という細谷さんの文章の魅力にはまりました。本書の元本となる『象の鼻としっぽ』もそんな一冊。3年前に文庫本の編集部に異動してから、ずっと文庫化のタイミングを狙っていました。単行本発刊からそろそろ3年になるということもあり、文庫化のよいタイミングではないかと思い、著者と出版社に打診したところ無事OKの返事をもらうことができました。

なるほど。中村さんの本書に対する気持ちを感じると共に、私も本書を読んでいると「なぜ、この根本的なことに気づけなかったのか!」と目からウロコが落ちる思いなのである。
あの人と話がかみ合わないのは、実に単純なことが原因だったのだ。

それにしても、『なぜ、あの人と話がかみ合わないのか』というタイトルは、コミュニケーションギャップが生まれている状況を的確に表現されていると思う。本題に改変された経緯について中村さんにお伺いすると、「前タイトルは、本の中身を読むと『なるほど!』というタイトルなのですが、店頭でいろいろな本をざーっと見ている人には中身がよく伝わらないかもしれないと思い、細谷さんに改題を提案。無事了承をいただくことができ、最終的に決まったのがこのタイトルです。“話がかみ合わない”という言葉は細谷さんのご提案なのですが、私自身も日頃よく感じることがあり(笑)、『これはいいですね』ということになりました」と教えていただいた。

最後に、本書を読むにあたり特に読者に伝えたいポイントについて、中村さんに伺ってみた。


――自戒をこめて、なのですが……いくら話し合っても相手の考えが変わらず、議論が平行線のままだったり、いくら説明しても相手が理解してくれなかったりすると、「この人、頭が悪いんじゃないか」、「そもそもこの人は人種が違うから何を言ってもムダだ」などと思って、コミュニケーションそのものをあきらめてしまうことがよくあります。
でも本書を読むと、それは勘違いで、頭がいい悪いの問題ではなく「思考回路」が違うからなんだと気づく。そうすると、不思議と少し気持ちがラクになりますし、コミュニケーションのとり方も変わります。私自身もそういう経験が何度もありました。
もう一つは、会議などで話がかみ合わない人同士の議論を聞いていて、彼らの話がかみ合わない理由が非常によく理解できるようになるということです(P68あたりを参照ください)。まさに「読む前と読んだあとで、世の中の見え方が一変する」と言っても大げさではなく、ぜひ皆さんにもこの快感を味わっていただければと思います。

「なぜ、あの人は私の言いたいことを理解してくれないのか!」と嘆いたり怒ったりする前に、まずはコミュニケーションギャップが生まれるメカニズムを理解し、相手が本当に理解してくれているのか、お互いがどこを見ているのかを知ろうとすることから始めてみてはどうだろうか。
(平野芙美/boox)