毎年3月にアメリカで開催される世界最大級のゲーム開発者会議、ゲームディベロッパーズカンファレンス(GDC)。このハイライトがゲーム開発者の投票をベースに選出されるゲームディベロッパーズチョイスアワード(GDCA)と、インディペンデントゲームフェスティバル(IGF)です。


GDCAは家庭用ゲーム向けで、IGFはインディゲームと呼ばれる独立系ディベロッパー向けの賞。んでもって、ここ数年GDCAが大人しいのに対して、IGFの注目度がうなぎ登り。『マインクラフト』のように全世界で3400万本も売れるインディゲームが登場してきたからです。今年も興味深い受賞作となりました。

まずGDCAで大賞に輝いたのは、PS3で発売されたアクションアドベンチャーの『The Last of Us』。寄生菌の大流行で荒廃したアメリカを舞台に、中年男のジョエルとローティーンの少女エリーが旅を続けるサバイバルホラーです。
製作費はざっとウン十億円で、最新技術がてんこ盛り。ハリウッドでの映画化も決定し、『死霊のはらわた』『スパイダーマン』で知られるサム・ライミが製作陣に名を連ねました。

一方でIGFの大賞に輝いたのが、PCゲームの『Papers,Please』です。架空の共産国家アルストツカの入国管理官となり、国境に押し寄せる旅行者の入国審査を行うアドベンチャーゲーム。長い長い行列にはテロリストやスパイなどの危険分子が紛れ込んでおり、さまざまな書類をチェックしながら、時間内にできるだけ多くの旅行者を裁いていきます。困難で時に退屈な仕事です。
そして、いつ危険が起きるか分からないのです。

でもって、この両者をつなぐ糸がゲーム開発者会社のノーティドックです。古くは『クラッシュ・バンディクー』シリーズ。そして『The Last of Us』を作り出した、世界で最もおもしろいゲームを作る会社の一つでしょう。そして『Papers,Please』を作り出したルーカス・ポープさんもまた、同社の元プログラマー。アクションアドベンチャーの名作『アンチャーテッド』シリーズの開発に参加していたんですね。


ちなみにポープさんが開発に参加した『黄金刀と消えた船団』もまた、GDC2010でGDCAの大賞に輝いています。しかし、アップデートやダウンロードコンテンツの制作が続く毎日に、次第に嫌気がさしていくことに。そんな頃、結婚や出産といった人生のビッグイベントが重なり、妻方の実家がある埼玉県に移り住むことに。インディゲームデベロッパーとして、自分の好きなゲーム作りに没頭する生活がスタートしました。

『Papers,Please』も『マインクラフト』と同じように、一人でコツコツと作り続けた「怪作」です。だって共産圏の入国審査官になるゲームって、普通の会社じゃ企画会議を通らないですよ。
グラフィックも今時の3Dグラフィックではなく、味のありすぎるドット絵スタイル。サウンドも重々しく、旧共産圏の圧迫感がよく出ています。マーケティング主導ではおよそ出てこないタイトルです。

ゲームプレイもユニークで、審査が次第に厳しくなり、X線検査で武器をチェックしたり、指紋調査まで行うことに。一方でノルマも厳しく、制限時間以内に効率良く裁いていかなければ、思うような収入が得られません。そのうち家族が病気になったり、死亡したり、でも食い扶持が減って生活が一時的に持ち直したりと、ダウナーな気分になること、このうえなし。
かなーり風刺の効いた内容になっています。

こんなふうに、まさに一人だから作れた、一人じゃなければ作れなかったゲームだといえるでしょう。日本語版がネットでダウンロード販売されているので、最近のゲームに食傷気味なら、ぜひ遊んでみてください。あ、デフォルトでは英語モードになっているので、設定画面で言語を日本語にするのを、お忘れなく。

ただ、このゲームを遊んでいると、ちょっとおもしろいことに気づくんですよ。ゲームの内容はイベント駆動で進むフラグ管理型のアドベンチャーゲームで、次に起きることが、ほぼ決定されている。
セーブとロードを繰り返しながら、全エンディングを体験していくクラシックなスタイルです。そしてドット絵スタイルの特徴的なグラフィックに、ぴりりと風刺のきいたゲーム体験。こんなゲーム、激しく既視感。それは・・・

そう、2009年にWiiウェアで配信され、「Wiiで最も気持ち悪いゲーム」と評された『ディシプリン*帝国の誕生』です。主人公は病気の妹の手術代を稼ぐために、謎の収容施設の被験者になった青年。他の被験者と会話したり、牢屋内のギミックを動かしたりしながらストーリーを進めつつ、ディシプリンの謎に迫っていきます。本作もまた、パッケージゲームでは作れない、デジタル配信ならではのゲームと注目を集めました。

ゲームデザイナーは『アクアノートの休日』『巨人のドシン』など、これまた尖ったゲームを作り続ける飯田和敏氏。「好きなゲームを作る」という意味で、日本的インディゲームの先駆けとなったクリエイターです。両者が似ているのは、ただの偶然なんですけどね。つまり『Papers,Please』が飛び抜けて斬新だったわけではない、という点です。

むしろ注目すべきは、ゲームならではの「ストーリー体験(ナラティブ)」でしょう。もともと海外のインディゲームはフロッピーディスクの通販や、パソコン通信のシェアウェア販売などから始まりました。クオリティも「推して知るべし」だったんです。しかしゲームエンジンの成熟や、デジタル配信の整備などで、ここ数年で非常に質の高いゲームがリリースされるまでになっています。その頂点ともいえるのが、2011年に大旋風を起こし、今もなお売れ続ける『マインクラフト』です。

しかし、ここ数年でトレンドが変わりつつあります。今さらインディゲームで『マインクラフト』のようなゲームを作っても勝てるわけがない。一方でカジュアルゲームの『アングリーバード』のようなゲームを作っても、市場で埋没してしまいます。

むしろ3Dゲームの全盛時代だからこそ、2Dゲームなら少人数でもユニークなビジュアルのゲームが作れます。また、ゲームならではのストーリー体験(ナラティブ)は、コストをかけずにゲームを差別化する上で効果的。まあ、ここまで単純ではありませんが、ナラティブはインディゲーム界でキーワードの一つになっています。

もちろん、ただ昔のような「一本道ゲーム」を作れば良いというわけではなくて、そこは様々な進化が見られます。でも、ゲームが成熟する過程で、ストーリー要素が加わり、作家性が強まる・・・この道はいつか来た道・・・そんな風に思えちゃうんですよね。ちなみに歴史が繰り返すなら、インディゲームも大作化が進み、イノベーションが減っていきます。でもダイジョーブ! 技術進化が続く限り、新しい種と仕掛けが登場して、新たなムーブメントが・・・というところでしょう。

今も昔も「おもしろいゲーム」はヒットしますが、「おもしろさ」の意味や捉え方が、時代の移り変わりや技術の進化で、どんどん変わっていきます。おそらく『Papers,Please』も、今だからこそ受け入れられたゲームです。自分が一人で好きなゲームを作ったら偶然、時代とマッチした、非常に幸運な例でしょう。

しかし、蒔かない種は生えません。そして、それを可能にするのがインディゲームであり、デジタル配信です。そこで挑戦するか否かはゲームクリエイターの生き方の問題。そして、もし挑戦するなら、非常にカッティングエッジなゲームでなければ、市場で埋没してしまいます。全世界の尖った才能に、これからも期待したいところです。
(小野憲史)