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「自称・運の良い人」の法則を考える

先日、コネタで「宝くじはどのくらい当たらないのか」という記事があったが、その惨憺たる確率の低さを知ってなお、「それでも、私は当たる気がする」と思う人はいる。お恥ずかしながら、私もそのクチだ。

懸賞などほとんど出さないのに、たまたま1枚だけ出したものがやたらと当たる。過去に当たった例を挙げると……。
オバQTシャツ/鶴瓶の麦茶ストラップ/なるトモ!「パート行かへん?」ストラップ/石原良純危機一発ゲーム/ヤンマガのドンジャラ/野球観戦のチケット/化粧品セット/須坂市動物園「ハッチくん」ぬいぐるみ
ハッチくんのぬいぐるみにいたっては、応募した記憶すらないから、不思議だ。

さらに、これまで3回財布を落としたが、3回とも親切な誰かに届けてもらっている。こんな良い人ばかりの世の中、信じられますか。
そんなわけで、自分では相当運が良いと思っているのだが、実はこれ、「自称・運が良い人」にありがちなパターンだとも言われる。

●「そもそも普通の人は3回も財布を落とさないから、運が良いというより、トボけてるだけ」と言うのは、うちの母親。確かに、ちゃんとした人は「落とす」こともないから、「見つかって嬉しい」こともない。
●「実は損をしたこと、嫌だったことを本人が忘れているだけ」とダンナも言う。
そういえば、かなりビンボウだった頃、仕事をした出版社が倒産して100万円以上も踏み倒されて瀕死の思いをした。そんな悲惨な出来事をきれいさっぱり忘れてるのに、釣瓶のストラップが当たったことは忘れない。

他にも、自分の周りで「自称・運が良い人」にはこんな特徴がある。
●当たりそうなもの、できそうなことしか挑戦しない。
●自分が目的達成のために費やしたカネや時間・苦労を、達成した瞬間にケロリと忘れる。
「私はすごく運が良い」と言って、近所の祭りで300円くじを10回以上ひいて、お目当てをゲットした友人がいる。3000円以上費やして得たものは、どう見ても500円程度のオモチャ。また、いろいろ抽選で当てるが、メガネなどの大切な物をちょくちょくなくす知人もいる。
●他人が見たらなんともないこと、悲惨なことも、「運が良い」と解釈する妙なポジティブさ。
「大勢いるなかで、自分にだけ鳥のフンが2発も当たった」と自慢する友人がいた。これ、どう考えても「不運」ですよね……。

また、懸賞で当たりまくりの友人は、こんなことを言っていた。
「みんな『良いねー』って羨ましがるけど、私は腱鞘炎になるほどハガキだしまくってますから。みんなは単に出さないだけですよ」

「神様は、幸と不幸の『数』は平等に与えるけど、その『大きさ』を忘れてしまう。だから、Aさんに大きな幸運をあげてBさんに小さな幸運をあげたのに、その大きさは忘れて、不幸のほうは、Aさんに小さいものを、Bさんに大きいものをあげたりする。それで、自分は運が良いとか悪いとか、感じるだけだ」――こんな話も聞いたことがあるけど……。

「自称・運の良い人」も、嫌なこと・辛いことは健やかに忘れ、妙なことを「幸運」と考える、根っから「おめでたい人」の可能性アリです。
(田幸和歌子)

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2007年12月27日のコネタ記事

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