1986年の原発事故から40年。今も厳重な「立入禁止区域」に指定されているウクライナ・チョルノービリ(チェルノブイリ)は、人が住めない“死の土地”と思われがちです。


しかし、その廃墟となった街の奥深くには、故郷への愛を貫き、自給自足で静かに余生を送る「サマショール(自主帰還者)」と呼ばれる人々がいます。

旧ソ連全域を巡る写真家・星野藍氏の著書『旧ソビエト連邦を歩く』(辰巳出版)より一部抜粋・編集し、息を呑むような廃墟の絶望感から、福島出身である著者の葛藤、そしてその奥地で出会うお婆ちゃんとの心温まる交流まで。「死の気配」と「生の温もり」をたどる紀行文をお届けします。

■「死の土地」と呼ばれた街に、今も残る光景
ウクライナの首都・キーウ北方に位置するチョルノービリ。一般的にチョルノービリとは、1986年のチョルノービリ原子力発電所事故によって立入禁止とされている、原発から半径30km圏内を指す。

このゾーンとも呼ばれる区域で最も栄えていた街・プリピャチに残る16階建の高層ビルは、この死の土地で一番高いビルだ。

廃墟化した街には当然電気など通っていないので、階段を自分の足でひたすら上っていくしかない。

息が上がるも早まる気持ちは抑えられない、屋上への扉を抜け目の前に飛び込む黄金の秋。廃墟と化したプリピャチの街は、30年近く放置された天井知らずに成長し続けるポプラの木々に飲み込まれていく。

地平線の彼方まで出口のない深い森が続いている気がした。言い知れぬ不安と絶望が風と共に駆け抜けていく、何も終わってなどいないのだな、と。

■福島出身の筆者が抱いた葛藤。
「憧れの廃墟」としては撮れない
チョルノービリに初めて訪れた2013年秋と翌2014年夏との2回にわたる撮影の中で、“死の土地”という一言では決して言い切れない様々な側面を見る事となった。

2011年3月11日、東日本大震災。この日私は東京にいた。神社に一時避難していた時、津波や原発事故の事をアルジャジーラで知った。故郷福島市は福島第一原発から約60km離れた所にある。

当時南向きに吹いていた風が西北西の内陸部へと向きが変わった事により、福島市だけではなく福島県全域が汚染される事になった。

3月16日頃、実家付近でガイガーカウンターを用いて空間線量を測っていたある男性は、10マイクロシーベルトを超えたと言った。

もしかしたら自分の故郷は人が住めない死の土地となってしまうのではないだろうか、そんな不安が頭をよぎった。

廃墟化した街。真っ先に思い浮かんだのはチョルノービリだった。

■廃墟の奥にあった、自然の息吹と「自給自足の暮らし」
史上最悪の原子力発電所事故により放射能で汚染され人が住めなくなった街……それまでチョルノービリは遠い国で起きた過去の出来事でしかなく、そこに残るゴーストタウンも、廃墟を被写体とする自分からすればいつかは行きたい憧れの場所という認識だった。

失礼な言い方だが他人事だからこそ、そのように能天気に捉える事ができたのだろう。
しかしそれが自らの故郷の事となると、今まで抱いていた価値観のまま写真を撮る事ができなくなってしまった。

そんな己の葛藤に思い悩んでいた時、尊敬する写真家・中筋純さんよりチョルノービリ渡航の手引きをして頂ける事になった。

中筋さんは、出版社勤務後フリー写真家となり、日本の廃墟に関する写真集やムック本を数多く上梓している大先輩だ。2007年にチョルノービリの撮影を開始され、2011年4月新宿のニコンギャラリーで『黙示録チェルノブイリ 再生の春』を開催している時にお会いしたご縁で今に至る。

悩み続けるくらいなら実際に自分の目で見て五感で感じたほうが早い。チョルノービリは廃墟化した光景が広がるだけではなく、伸びやかに生き続ける動物たちの姿や手付かずになった自然があり、そして自主的にチョルノービリへ戻ってきた人々・サマショールの存在があった。

彼らの生活は自給自足で、電気は通っているがガスも水道もない、昔ながらの自然豊かなソビエトの村の暮らしを続けている。政府は本来禁止である滞在を黙認し、彼らの穏やかな余生を支援している。

■立入禁止の地で余生を送るお婆ちゃんの手料理と温もり
2022年2月ロシア軍による軍事侵攻が始まりチョルノービリ原発を占拠した時はどうなるかと思ったが、いまだに住み続けるサマショールもいる事をウクライナ人ストーカー(立入禁止区域に無断で侵入する人々)のSNSより確認した。

プリピャチを撮影した翌日、サマショールの一人に会いに行った。マトリョーシカのような可愛いお婆ちゃんが振る舞ってくれた鶏つくねは新鮮で、家の周りで採れたキノコも野生的な美味しさだった。正直口に入れる事を一瞬躊躇したが、目の前の彼女はこうして元気に生きている。


お婆ちゃんと別れ際にぎゅっと抱きしめ合った。優しい瞳の奥に何処か寂しさを抱いているように見えた。

2013年、全てが永遠の黄昏に染まる秋、2014年、青が立ち上がるような爽やかな夏。二度のチョルノービリ渡航を経て、私は廃墟や原発事故と向き合うだけではなく、旧ソ連、旧共産圏そのものに興味を持った。

日本にはない空気感や建築デザイン、人の在り方や目に飛び込むものの全て。他の国々のそれらもこの目で見たい、その好奇心が旧ソ連構成国全てを駆け巡る旅に掻き立てようとは、流石にこの時は思っていなかった。

この書籍の執筆者:星野藍 プロフィール
福島県出身。写真家・グラフィックデザイナー。軍艦島をきっかけに、廃墟を被写体として撮影を始める。旧共産圏や未承認国家に強く惹かれ、近年縦横無尽に巡っている。「APAアワード2024」金丸重嶺賞、「名取洋之助写真賞」奨励賞を受賞。著書に『旧ソビエト連邦を歩く』(辰巳出版)などがある。
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