介護福祉士の資格を持つお笑い芸人・安藤なつさん(メイプル超合金)と医師・繁田雅弘さんの共著『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』から一部抜粋。
■同居だからこそあえて第三者を介入させる
安藤さん:先生、同居で親を支えている方は、本当に一生懸命です。しかも、近くにいるからこその苦労は計り知れないと感じます。お互いのために、あえて第三者を介入させることが、実はとても大切に思えるのですが。
繁田さん:その通りです。真面目な方ほど何から何まで完璧にこなそうと根を詰めてしまいます。しかし、家族が頑張りすぎると、介護のつらさが倍増してしまうケースが多々あるのです。同居しているからこそ、意識的にプロの手を借りる勇気を持ってください。
安藤さん:共倒れを防ぐために大事なことですね。ところで、あらためて確認したいのですが、介護保険サービスというのは、単に身の回りのお世話を受けるというより、その人が最期まで自分らしく生きるための「自立支援」が目的ですよね?
繁田さん:その認識で間違いありません。プロのスタッフという「家族以外の他人」が生活に介入することで、人間関係も広がり、本人にも良い意味での緊張感が生まれます。日々の生活にメリハリを与えてくれる、という大きな利点もあるのです。
安藤さん:自宅に来てもらう訪問介護、施設に通うデイサービスやリハビリ重視のデイケア、さらに看護師さんが健康を管理してくれる訪問看護など、在宅での介護中にも活用できる選択肢はたくさんありますよね。数日から1週間程度、介護施設に泊まってサービスを受けるショートステイも、家族の事情に合わせて利用できると聞きます。
繁田さん:そうです。こうしたサービスを組み合わせることで、家族が四六時中つきっきりにならなくても、親の生活の質をしっかり維持できます。デイサービスなどの通所サービスの多くは、本人のためだけでなく、実は「家族を支えること」も担っている役割のひとつです。家族が自分の時間を持ってしっかりと休むことは、決して手抜きではありません。介護を続けていくための立派な一部なんですよ。
■社会との接点が脳の伸びしろに
安藤さん:そうはいっても、実際にお願いするとなるとどこまでお任せしていいのか、最初は悩むと言われてます。
繁田さん:相手は介護のプロですから、下手な遠慮は不要です。たとえば、本人が自宅では入浴を拒むようならば、家族が無理に頑張らなくてもデイサービスにお任せしてしまえばいいんです。スタッフは、本人の負担にならない促し方のコツをよく知っていますから、そこで体を動かして汗を流せば、その流れで自然と入浴や着替えまで進むことがよくあります。たとえ帰宅時に、また汚れた服を着て帰ってきたとしても、「一度は清潔な服に着替えられたからいいか」と、大らかな気持ちで受け止めてあげてください。
安藤さん:家族がいつもいつも「お風呂に入って!」「着替えをして!」と正論をぶつけ続けるのは、ただ疲弊するだけで、ちっともいいことはありませんものね。専門知識を持ったプロの手を借りれば、必要なケアをさりげなく行き届かせることができます。
繁田さん:だからこそ、症状が軽いうちからサービスを利用して、「他人が家に入る」「他人の力を借りる」ことに家族みんなが慣れておくといいのです。そうすれば、将来、必要な介護の度合いが高まったとき、本人も家族もスムーズにサポートを受け入れられますから。
安藤さん:早期の支援利用を推奨されるのは、そういった意味もあるんですね。
繁田さん:以前、わたしが担当したある息子さんは、お母さんが電車で遠方まで行って帰ってこられなくなることへの対応に、心身ともに限界を迎えそうになっていました。そんな彼に、わたしは「警察に保護されても、すぐ駆けつけなくていい。仕事が終わるまで待たせても大丈夫ですよ」と助言したのです。
安藤さん:それは、ご子息も相当驚かれたでしょうね。
繁田さん:ええ。でもそれを何度か繰り返すうちに、彼は「母はこうして社会全体に支えてもらっているんだ」という実感を抱くようになりました。「迷惑をかけて申し訳ない」という罪悪感が、次第に「第三者に助けてもらっている」という感謝に変わったのですね。
安藤さん:全てを抱え込まず、社会に預ける勇気を持つのですね。認知症の場合、第三者を介入させるメリットは他にもありますか?
繁田さん:大いにあります。初期のデイサービスなどは、社会とのつながりを絶やさないための重要なインフラです。認知症の人にとって、家族以外の他人と挨拶を交わしたり、世間話をしたりすることは、脳にとって何よりの刺激になるのです。
安藤さん:「今日は誰が来るかな」と想像するだけでも、脳の運動になりそうです。
繁田さん:その通りです。家族だけという閉ざされた人間関係の中に引きこもるよりも、多様な人と接するほうが、脳に与えられる刺激の量は圧倒的に多くなります。いろいろな種類の記憶も呼び起こされます。それが、脳の「伸びしろ」を刺激することに役立ちます。
■観客の視点で親を見つめ直す
安藤さん:なるほど! 脳の「伸びしろ」! 一方で、デイサービスなどの利用を検討し始めると、家族から「周りに迷惑をかけてしまわないか」「うまく馴染めるだろうか」、ハラハラしてしまうという声もよく耳にします。
繁田さん:その不安も分かりますが、それこそ思い切ってプロに任せましょう。施設やサービスとの相性は、利用してみなければ分からない部分もあります。
安藤さん:一度決めたら変更できない、と考えがちですが、そこは臨機応変に考えていいのですね。
繁田さん:そして、ひとつご提案したいのが、介護に対して不安を抱えている家族こそ、ぜひ一度、デイサービスなどの現場を見学してみてほしいということです。
安藤さん:見学ですか……。施設入所の下見とは、また違う意味合いがあるのでしょうか?
繁田さん:ええ。ここでの見学の目的は、入所先選びではなく、プロと本人の距離感を客観的に観察することにあります。ですから、本人の視界から外れる場所で、ただそっと様子を見るだけでいいのです。
安藤さん:ただ見るだけ……ですか?
繁田さん:そうです。介護をする日常では、家族だからといって常に好ましい感情で親を見ているわけではありません。ふとした瞬間に嫌悪感や、ときには憎しみといった葛藤を抱いてしまうことは決して珍しくないことです。価値観の相違や過去の確執があるとなおさら、本人との関係を常に冷静かつ公平に保つことは、極めて困難なことなのです。
安藤さん:どんなに仲の良い親子でも、介護という現実の前ではきれいごとだけでは済みませんよね。
繁田さん:だからこそ、デイサービスなどの第三者が介在する場をうまく活用してほしいのです。家とは違う場所でプロのケアを受けて過ごしている本人の姿を、少し離れた場所から眺めてみてください。すると、不思議なことに、それまでの近すぎる距離では見えなかった本人の強みと弱みが見えてきます。激しい感情に飲み込まれて見失っていた親の姿を、一人の独立した人間として客観的に見つめ直すことができるのです。
安藤さん:なるほど。少し離れた観客のような視点に立つことで、冷静さを取り戻せるのかもしれませんね。
繁田さん:プロは家族とは違うフラットな距離感を保ちながら、本人を一人の大人として尊重して接します。家族が介入しない環境に身を置くことで、本人も甘えや監視されるストレスから解放され、家では見せないような、背筋の伸びたしっかりとした表情を見せることがあります。そんな意外な一面を知ることも、家族の救いになるはずですよ。
安藤さん:「外の世界ではこんなに穏やかに過ごしているんだ」といった発見があれば、家族の見方も変わっていきそうですね。
繁田さん:その発見こそが重要なのです。
安藤さん:その気づきは、介護を長く続ける上で、家族にとっての大きな救いになりますね。
繁田さん:在宅での介護生活を穏やかに続けるためには、家族が倒れないことが何より大切です。第三者に任せることは、手抜きでも冷たさでもありません。むしろ、本来の家族に戻るための前向きなステップなのです。
安藤さん:預ける勇気を持つことで、ようやく親を優しい目で見られるようになることもあるでしょうね。お互いの笑顔を守るための大切な秘訣だと思います。
■今回のチェックポイントは2つ
・初期の介入は、社会とつながるための重要なインフラ
・家族だからこそ客観視は困難。第三者を入れて関係を冷静に保つ
安藤 なつ(あんどう・なつ)プロフィール
1981年1月31日生まれ 東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。ツッコミ担当。2015年M-1グランプリ決勝進出後、バラエティを中心に女優としても活躍中。介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。ホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修課程修了)の資格を持つ。2023年に介護福祉士の国家資格を取得。
繁田 雅弘(しげた・まさひろ)プロフィール
栄樹庵診療所院長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。1983年 東京慈恵会医科大学卒業。1992年 スウェーデン・カロリンスカ研究所 研究員を経て、2003年東京都立保健科学大学精神医学教授、2005年首都大学東京 健康福祉学部学部長、2011年首都大学東京 副学長、2017年東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、東京都立大学 名誉教授。2024年東京慈恵会医科大学名誉教授。生家を改装し、『安心して認知症になれるまち』を育むことを目指す活動拠点の「SHIGETAハウスプロジェクト」代表。著書多数。
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