韓国・ヒョンデに続き2023年1月、中国の電気自動車メーカー「BYD」が日本上陸を果たしました。第1弾のSUV「ATTO3」に続き、早くも第2弾の「ドルフィン」が登場。
EVだけでなくバッテリーも世界シェアトップクラスのBYD
「Build Your Dream」の略であるBYDは、1995年に中国・深センでバッテリーメーカーとして誕生しました。2000年代初頭に大手携帯電話メーカーのバッテリーに採用されたことを契機に業績を伸ばし、現在はリチウムイオン電池の製造で世界第3位。世界にある携帯電話の10台に2台の割合でBYDのITエレクトロニクス技術が使われているのだそうです。
2003年、中国国営自動車メーカーを買収したことをきっかけに自動車事業に参入。2008年にPHEV車、2009年にBEV車、2010年にEVバスをラインオフ。2022年には約180万台の電気自動車を生産し、世界一の電気自動車メーカーへと成長しました。
BYDの強みは言うまでもなくバッテリー技術でしょう。同社が採用する「リン酸鉄リチウムイオン電池」では希少金属を使用していないため、コストが抑えられているのがポイント。また、一般的にバッテリーはモジュール化してパックに詰め込むですが、BYDはモジュール構造を排除。刃(ブレード)のような薄型のバッテリーセルを直接パックに組み込むセルトゥパックという方法を用いています。
これによりスペースの有効活用とエネルギー密度の向上、部品点数の削減によるコストカットを実現したのだそう。となると安全性はどうなの? と思いますが、「釘を刺しても熱暴走が起きない」という堅牢さと、8年15万kmという保証を付帯するなど自信があるようです。
◆長距離を走れるロングレンジモデルも用意



ドルフィンは、同社がコンパクトEVと位置付けるモデル。大きさは全長4290×全幅1770×全高1550mmと、トヨタのヤリスや日産のノート、HondaのFITから少し全長を伸ばしたようなサイズ。

驚きは価格。44.9kWhのバッテリーを搭載して400kmの走行が可能なベースモデルは363万円、58.56kWhのバッテリーを搭載して476kmの走行が可能なロングレンジは407万円。同サイズの国産EVが500万円前後ですので、はるかにロープライス。さらに国から65万円の支給が受けられるほか、自治体によってはさらなる補助金が交付されるため、200万円台で普通車サイズのEVが手に入るというわけです。

ベースモデルとロングレンジモデルは、バッテリー容量だけでなく、モーター出力も異なります。その差は大きく、ベースモデルは70kW(95PS)、ロングレンジが150kW(204PS)と倍以上! さらにリアのサスペンション構造もベースモデルがトーションビーム、ロングレンジがマルチリンクと異なるとのこと。ボンネットを開けるとモーターなどが見えるのですが、かなり低い場所にマウントされていたのが印象的。ちなみに前輪駆動で、四駆モデルは用意されていません。



2021年8月に中国で発売開始したドルフィン。その名のとおり、随所に海やイルカを想起させる造形を採用。「オーシャンエステティックデザイン」と呼ぶそうで、今後日本導入が予定されている上位セダン「SEAL」にも採用されているとのこと。親しみやすさだけでなく、遊びゴコロも覚えます。ちなみにベースモデルとロングレンジの違いは、モノトーンかツートーンかで見分けられます。
◆樹脂パーツが多いインテリアだが安っぽくないデザイン



樹脂パーツが支配的になるのは仕方ないところ。ですが、うまく演出しているところに感心した次第で、いわゆる「安っぽさ」は希薄です。それどころか「ひょっとしたら、他社のコンパクトカーよりも質感が高いかも」と思わせるところがありました。



驚いたのはシフトセレクターで、エアコンなどのスイッチ類が並ぶ場所に配置。センターコンソールまわりを低くして、閉塞感を減らしているところに感心しつつも、初めて操作した時にはちょっとイラっとしたのも事実。きっと慣れれば平気でしょう。





シート表皮はビーガンレザーで、なんと運転席は電動式。




12.8インチのセンタースクリーンは、なんと縦横にスイッチひとつで回転するというから驚き! 日本語ローカライズも問題はありません。さながらiPad Proを操作しているような気分で、この感覚、テスラのモデル3そのもの、と言ったら大げさでしょうか。
使っていると、ADASやらACCやらアクティブレーンキープまわりのメニューを発見。さらにステアリング操作やペダル操作、時刻からドライバーの疲労度を診断して、注意喚起を促すとか、誤発進抑制システムなど、この価格の電気自動車にここまで載せる大盤振る舞いに、驚きよりも脅威を覚えました。
◆ハンドル周りのスイッチ類は慣れが必要





メーターパネルは小さく、表示も小さいことから、ちょっと老眼には辛い……。ハンドルはD型で、丸いエアコン送風口と相まって、ちょっぴりスポーティームード。ステアリングリモコンは右手側にマルチメディア系、左手側がクルーズコントロール系と輸入車ではよく見る配置。ですがウインカーは右手でワイパーが左とJIS規格に準拠。なかなかに複雑です。
ちなみに、エアコンはかなり強力で、フルパワーにすると真夏でもあっという間に車内は北極圏へ。




内装面におけるベースモデルとロングレンジの違いは、ワイヤレス充電のQiやサングラスホルダー、そして天面グラスルーフの有無といったところ。USBはType-AとType-Cの両方を用意。驚いたことに、USB Type-CはPD60W出力に対応しており、ノートパソコンの充電もしっかりできます。


センターコンソールは2階建てで、下段に小物を入れることはできます。が、ちょっと入れづらいかも。スマホトレイにはフタがあり、その下には小物入れがありました。







後席は全長が長いこともあって、国産Bセグメントよりも広い印象。さらに人や動物を載せたままロックをすると、外部に警報音を発報するだけでなく、エアコンをオンにする機能がついているとのこと。クラクションを鳴らせるクルマは見たことがありますが、エアコンまで動かすのは筆者的には初めて。そんな幼児置き去り検知システムを搭載するあたり、BYDはこのクルマを求めるユーザー層をしっかり把握しているように思います。
日本代理店の広報担当者にターゲットユーザーを聞くと「色々な人に電動車をお求めやすい価格でお届けできれば」とお話をされましたが、設計者は子持ちの若い家庭に、比較的低価格で使い勝手のよいクルマを提供したい、という意思もあるのでしょう。




荷室も、このサイズとしては広々の345L。もちろん後席の背もたれを倒してのフラット化にも対応し、その場合は1310Lにまで拡大します。荷室のフロアーボードの下にも収納スペースが用意されています。
充電ポートを開けると、ACとCHAdeMOの2種類が用意されています。もちろんクルマに蓄えられている電力を専用の機器に介せば、家の電気にも使えるV2Hにも対応しています。さらに、BYDからは簡単にクルマの電力で家電を動かすためのV2Lアダプター(AC100V、1500W)もオプションで用意。しかも値段は4万4000円。これはマストバイのアイテムといえるでしょう。
◆上り坂は苦手だが回生ブレーキのデキは良い

試乗はベースモデルを中心に実施しました。ベースモデルは他社のBセグメントのエントリーモデルに似て、パワー感がそれなりといったところ。トルクは太く、音はほぼしないものの、上は伸びない雰囲気。上り坂ではわずかにパワー不足を覚えることも。

足は柔らかめ、と書きましたが、細かい振動をちょっと拾いがちの印象。これはクルマの足が……というより、ブリヂストンのエコピアだから? と想像します。ボディーに適度なしなり感を感じさせる乗り味で、どこか日本車的。BYDはかなり日本車を研究してクルマを作っている、と思わせました。
ロングレンジは、一言でいえば「ホットハッチ」。とにかくパワーがすごい! さらにリアの足回りも落ち着いて、それでいてしなやか。かっ飛ばさなくても、街乗りでの乗り心地の面でも、ロングレンジに軍配が上がります。バッテリーが床面にあるためか、重心の低さも印象的で、ガンガン曲がるという印象。ベースモデルとの価格差が約40万円ですが、選ぶなら絶対にコッチじゃないか! というのが正直なところです。
◆回転するモニターが便利なインフォテイメント
インフォテインメントなどの面をチェックすると、回転する大型スクリーンは確かに便利! スマホナビに慣れた身からすると、この縦の大画面は最高の一言。動作も結構サクサク。「この画面がついてきて400万円で、実質200万円台とかホントですか?」と驚きっぱなしです。
試乗車ゆえか、インフォテインメント系が完璧ではなかった部分や、シフトセレクターをはじめとしてユーザーインターフェースに独りよがりの部分もあったりします。何よりクルマそのものに粗削りな部分がないわけではありません。ですが、補助金を使えば実質200万円台で手に入る価格と、「2030年までに純ガソリン車販売禁止」をはじめとする政治家の発言。そして国産メーカーのEV車ラインアップの少なさと相まって、一部のマスコミが「EV後進国の日本、このままで大丈夫か?」と言いたくなる気持ちは理解できます。
それ以上に感心というより、脅威を覚えるのはBYDの手練れ感です。これはコストカットの話ではなく、このクルマを求めるであろうユーザー層をきちんと理解しているという意味で、とても自動車が専業ではないメーカーが造ったクルマとは思えませんでした。多くの人は徹底的にコストを削減しただけのクルマに思えるでしょうが、ドルフィンはそういうクルマではありません。金をかけるところ、かけないところのコントラストがハッキリしたクルマなのです。

今回は短い時間でしたが、販売が始まりしばらくしてから、もう一度しっかり乗って見定めたい、という気持ちになったことを申し上げます。「Build Your Dream」、なるほどね。
■関連サイト