【曇る大学入試の未来】インセンティブの獲得と大学の自主性は共...の画像はこちら >>



大学入試をめぐり、インセンティブについての議論が活発になっているきている。問題はそれ自体が目的となり、学校の主体性が揺らぐことである。

文科省が主宰する検討会議の提言を見ながらそのメリットやリスクについて考えたい。



■大学へのインセンティブ付与の目的は…

 ビジネスの世界においては金銭的なインセンティブは一般的だが、はたして教育の世界でも必要なのだろうか。そんなことを改めて考えさせられてしまうのが、文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」(以下、検討会議)の提言である。
「インセンティブ」という言葉は、やる気を起こさせるような外部からの刺激という意味だそうだ。この外部からの刺激として、ビジネスの世界では報奨金などが使われることが多い。「売上を伸ばせば基本給に上乗せする」といった具合だ。

このインセンティブで「やる気」にさせ、より積極的に働かせようというわけである。それで、熾烈な競争になることも珍しくない。



 検討会議は7月8日、計28回の審議の結果をもとに提言をとりまとめ、萩生田光一文科相に提出した。それが大きな話題になったのは、大学入学共通テストで英語民間試験の活用と国語・数学の記述式問題の導入を「困難」と結論づけたことだった。
 英語4技能(聞く、話す、書く、読む)の評価と、考えさせる問題の導入は大学入試改革の「目玉」として打ち出されたものだった。
 英語4技能も考えさせることも、新学習指導要領で文科省が重視していることである。

それを大学入試に反映させる狙いが、英語民間試験や記述式問題にはあった。



 しかし検討会議は、民間が実施する試験では実施回数や受験料の面で公平性の確保が困難との結論をだした。記述式問題にしても、採点で厳密性を確保できないとして見送りを決めた。
 大学入学共通テストが英語4技能や記述式問題で評価できない、という問題の指摘でもある。その意味では今後、学習指導要領と大学入学共通テストの関係も問題にされるかもしれない。



 だからといって英語4技能と記述式問題への取り組みを「完全」に中止すべきだ、と検討会議が結論づけたわけではない。

検討会議は、総合的な英語力評価や記述式問題の出題は重要だとしているのだ。しかし、大学入学共通テストでは無理というわけだ。



 では、どうするのか。検討会議は、大学が個別に行う入学試験で対応するように求めている。大学入学共通テストでは困難と結論づけたものを、各大学には実施を求めたことになる。
 それは簡単なことではない。

だからこそ、検討会議は積極的に取り組む大学についてはインセンティブを与えるということを提言している。実行する大学については、運営費交付金や私学助成を増やす方向を考えているらしい。





■大学の自主性とインセンティブの天秤

 しかし、予算が増えることを文科省は喜ばないだろうし、なにより財務省が首を縦に振るわけがない。
 そうなると、増やした分を減らすことも検討されていくに違いない。入学試験で英語4技能や記述式問題への取り組みに消極的とみなされた大学は、運営費交付や私学助成を減らされる可能性も否定できない。



 かつてビジネス界で「能力給」が注目されたことがあった。

仕事の実績によって、給与に差をつける。インセンティブによって仕事の実績を上げさせよう、というものだ。
 だからといって、企業が給与予算枠を引き上げたわけではない。実績の上がった社員の給与は増やすが、上がらなかった社員の給与は引き下げることによって、全体の枠は変わらないようにしていた。企業側としては負担を増やすことなく、効率的な働かせ方をするのが狙いだった。



 それと同じことが、検討会議の提案するインセンティブでも起きる可能性は少なくない。

インセンティブを受けられる大学と、そうでない大学には差が生まれる。大学間格差を広げることにもなりかねない。



 各大学は、英語4技能や記述式問題に積極的に取り組まざるをえなくなる。そうなれば高校、中学や小学校でも英語4技能や記述式を重視した指導を強めざるをえなくなるから、文科省の思惑どおりになる。ただ、どこも積極的になれば、どこにインセンティブを与えるかなど、文科省にしてみれば頭の痛い問題が出てくるだろう。
 なにより、大学の姿勢や入試の出題内容がインセンティブに左右されていいものか、という問題がある。



 英語4技能や記述式を否定する声は多くはないと思うが、それはインセンティブによってリードされるものなのだろうか。これらを必要として大学が入学試験に導入するのなら理解できなくもないが、文科省に言われたから、インセンティブが欲しいからとの理由で導入されるなら疑問がある。大学の自主性は、いったい、どこに行ってしまうのか。
 そして、インセンティブによって競わせることが、はたして教育の場にふさわしいものなのだろうか。
 大学だけでなく、進学(入試)指導に積極的で成果をあげた高校に特別の認定を与える制度など、様々な形でのインセンティブによって学校の方向性が決まる傾向が強まりつつある。それを、さらに強めていくことにつながる可能性もある。



 大学入学共通テストで困難なものを各大学の入試で実施することは可能なのか、インセンティブで無理やりな実施にならないのか、そもそも自主性は必要とされなくなっているのか、検討会議の提案はさまざまな疑問を投げかけている。