今この国の最大の問題は「急激な人口減少」による、あらゆる業界の職種職場の「人手不足」であることは論を俟たない。介護現場に関わる人たち、医療業務に関わる人たち、そして学校現場に関わっている教師たちが働く環境や条件の劣悪さは改善されたのか? 断じて否。
衆議院議員第二議員会館で、インボイス制度の中止を求める税理士の決起集会が開かれた(2023年3月30日)。インボイスは声優や俳優、演出家、個人事業主、フリーランスなどから反対の声が挙がっている。国会でも野党議員を中心にインボイス制度を検討する超党派議連が結成された。
インボイスとは、売り手が買い手に交付する請求書のことだ。開始される10月以降は、「仕入れ税額控除」を受けるために税務署へ登録が必要となる。これまでは売り上げ1000万円以下の事業者は消費税の納税は免税されていたが、登録をすると消費税を納めないといけない。しかも登録しないと、商品などを仕入れた時に支払った分を差し引くことができる「仕入れ税額控除」が受けられなくなる。
登録事業者にならなくても事業者との取り引きは可能だ。しかし非登録の事業者が収める消費税は取り引き先が負担することになる。そうなると多くの企業で、インボイス非対応の事業者との取り引きを見直すかもしれない。実際に取引先から登録を強要された問題が起きている。力の弱い業者やフリーランスは取り引き先の減少か消費納税を迫れているのが現状だ。
どちらになってもフリーランスや小規模事業者にとって死活問題。彼らのために約550人の税理士が「インボイス制度の中止を求める税理士の会」を結成し、インボイスに反対を表明しているのだ。
■消費税を払っているのは消費者ではない
インボイスと聞くと「消費税は俺たちが納めた税金を支払うのは当然」「預り金なのだからネコババなんてとんでもない」といった声が聞こえてくる。しかし消費税を納付しているのは消費者ではない。
実は消費税の支払い義務が課されているのは事業主だ。その理由は消費税法である。条文には、納税者は事業者と記載されている。
それでも「消費者が導入されたときに消費者が支払うと行政が言っていた」という反論がくるかもしれない。ところが平成2年に出た東京地裁の判決では、消費税は対価の一部だと判断している。事業者が消費者から受け取る消費税相当額は物品やサービス対価の一部で預かり税ではないと認めたのだ。
さらに今年の2月10日に行われた衆議院内閣委員会の質疑で「消費税は預り税ではない」と財務省自身が認めたのだ。れいわ新選組のたがや議員が「消費税は事業者が納める直接税ではないか」と質問をした。すると金子財務大臣政務官は「消費税は預り金的な性格の税であり、預かり税ではない、というのが財務省の見解。預り金ではないという認識で結構」と答弁したのだ。
この答弁は政府の公式見解だと言っていい。インボイス制度検討する超党派議連の公開ヒアリングでも財務省の官僚は預り金ではないと暗に認めている。そして2月15日に開かれた衆議院予算委員会でも、岸田総理は、れいわ新選組のたがや議員との質疑で「消費税は第二事業税という認識が広がっていない」と答弁した。
かいつまんで言うと、消費税は事業者が納付をするために消費者へ価格転嫁をしていただけである。ところが個人商店やフリーランスは取引先へ価格転嫁ができない。消費税分を自己負担することになる。そうなると収入が大幅に下がってしまい、廃業する事態に陥る。それでも「フリーランスは可愛そうだだけど、自分たちは関係ない」という人が出てくるだろう。
しかし残念なことに、サラリーマンや公務員などの雇われる人たちにも影響を及ぼすのがインボイスだ。
■インボイスがスタートすると増税になる理由
読者の中には、自宅に届く電気料金の領収書に「再エネ賦課金」と記載されているのを知っているかもしれない。再エネ賦課金とは、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(太陽光発電など)の一部費用を、電気料金の一部を利用者(国民)が負担するようになっている制度だ。実は再エネ賦課金もインボイスの対象になっている。つまりインボイスが始まると、再エネ賦課金から消費税分を利用者が支払うのだ。これは資源エネルギー庁が決定し通達済である。
電気料金にインボイスによる負担増は、事実上の増税といってもいいだろう。
ただでさえ物価高によって苦しんでい状況なのに、インボイスのせいで電気代がさらにアップする。インボイスは個人事業主だけの問題ではないことがはっきりしている。
■税の専門家から見てもインボイスはダメな制度
議員会館に集まった税理士は、2020年から専門家の観点からインボイス導入を反対する活動を行っている。彼らは現場で「そもそも制度が複雑でよく分からない」「コロナで先行き不透明の中、制度を理解する余裕もない」といった声を聞いているそうだ。この状況下で実施すれば、中小事業者にとっては悪影響となり混乱の元になると断じている。
「インボイス制度はすごく筋の悪い税制。この穴を今塞がないと、将来失われた30年が40年、50年になっていくのではないかと思っている」と消費税の不備を突く発言が出た。他にも、「税金の不知による多数の無申告者が誕生して、その結果が、大量の滞納者を生むかもしれません」といった危惧が出ている。
「滞納と聞くと納税者が悪いという声もありますが、そうではなくて、制度が破綻しているということを意味することだとも思います」
「インボイス制度が始まると、これまで貯金すらできていなかった事業者に、さらに追い打ちをかけるようになってしまう」
インボイスは弱者いじめになるのはないか。インボイスのせいで夢をあきらめる人が出てくる可能性もある、そうなった場合は職業選択の自由を侵害することになるのではないか。そう述べる税理士もいるほどだ。
そして税理士自身も、インボイスによる書類と手続きのために業務の負担が増大する。彼らは負担分をクライアントへ価格転嫁はできない。クライアント自身もインボイスの手続きで事務負担が増大するからだ。日本商工会議所、全国商工団体連合会、全国青色申告会総連合、全国中小企業団体中央会などもインボイス制度の見直しや廃止と表明している。その理由は誰も得をしない制度だからだ。
それでも政府は導入を止めようとしない。理由は「複数税率が導入されないと正確な消費税計算ができないからだ」と答えるのみ。
しかし消費税が複数税率になっても2年6ヶ月以上適正な消費税申告が行われている。最早インボイスを導入する理由は破綻していると言っていい。
■インボイス制度はもはや止められないのか?
「インボイス制度の中止を求める税理士の会」は、2023年度の税制大綱、同じ年度の予算案が決まる前に中止するのを目標としてきた。残念ながら止められず、インボイス導入は正式に決まってしまった。
しかも4月14日に東京商工リサーチが発表したデータによると、3月末まで伸び悩んでいた個人事業主の3月末登録率は43.2%、課税事業者(110万件)に基づく登録率は77.8%に一気に増えたという。
もはやインボイス制度の中止は不可能なのだろうか。今回の集会にも参加したどんぶり勘定事務所の神田知宜税理士から提案されたのが、「インボイス制度ボイコット大作戦」だ。実はインボイスは一度登録をしても取り消しができる。国税庁のHPに掲載されているQ&Aにも「取り消し可能」と記載されている。インボイス発行事業者は、「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(「登録取消届出書」といいます)を提出するだけで抹消可能なのだ。その用紙も国税庁のHPに掲載されている。
「止める手立ては登録事業者が減ることしかない」と神田税理士は語るが、そのためにもインボイスの中身が誰も得しない制度であることを一人でも多くの人に周知させていくのが大事だろう。制度の中止・延期を求める声がこれからもっともっと高まっていくことが望まれる。諦めるのはまだ早い。
文:篁五郎