言うまでもありませんが、新型コロナウイルスによるパンデミックは、世界経済に深刻な悪影響を及ぼしています。
特に、日本経済は、そうでなくても、昨年10~12月の実質GDPが年換算でマイナス7.1%という深刻な事態に陥っていました。
昨年10月に、デフレ中かつ景気後退の局面で、消費増税を行ったのですから、そうならない方がおかしい。
https://facta.co.jp/article/202002024.html
そこに、新型コロナウイルスに襲われたわけですから、泣き面に蜂どころではない。これはもはや、経済危機と言ってよいでしょう。
政府は、新型コロナウイルス対策だけではなく、経済対策をも行わなければなりません。
しかも、その両方に関して、かなり大規模な財政支出を行う必要があるでしょう。
新型コロナウイルスが人命にかかわることは言うまでもありませんが、大不況もまた、失業や貧困をもたらし、人命を奪うことすらあります。
ですから、ここで財政支出を惜しむようなことは、あってはなりません。
実際、このタイミングでの財政出動に反対する声は、ほとんど聞かれません。すでに、自由民主党若手議員45名が、30兆円の補正予算や消費税率を当分0%にすることを提言するという動きも出ています。
https://nihonm.jp/post_article/20200311
しかし、私は、ここでやっぱり、昨年のMMT(現代貨幣理論)に対して向けられた批判のことを、どうしても思い出さずにはいられません。
例えば、昨年七月にご紹介しましたが、『2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)をお書きになった法政大学の小黒一正先生は、MMTをこう批判していました。
「(MMTは)財政赤字が害をもたらすとわかれば、その時点で適切な水準に財政赤字を縮小すればよいという発想だが、民主主義の下で政府支出の削減や増税を迅速かつ容易に行うのは極めて難しい」
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10413
財政赤字が害をもたらすというのは、要するに、高インフレになるということです。
MMTは、自国通貨を発行する政府は、変動相場制の下では、財政破綻をすることはあり得ないのであり、また、財政赤字が大き過ぎることによる弊害は高インフレだと主張します。
日本政府は、自国通貨を発行しているし、日本経済は高インフレどころか、およそ二十年もの間、デフレです。なので、日本の財政赤字はもっと拡大できるどころか、少なすぎるということになります。
日本は、財政支出の削減も増税もする必要はないし、すべきでもない。
これが、MMTの考え方です。
■「インフレが止まらなくなる」などという戯言に付き合っている余裕は、日本にはないこれに対して、小黒先生は「民主主義の下で政府支出の削減や増税を迅速かつ容易に行うのは極めて難しい」から、財政支出を拡大してはならないと主張したのです。
つまり、「財政支出の拡大を許したら、インフレが止まらなくなる」というのです。
ということは、小黒先生のお考えでは、新型コロナウイルス対策や経済危機対策のための財政支出の拡大についても、インフレが止まらなくなるから、すべきではないということになるのでしょうか。
いや、そうではなく、「今は緊急事態だから、財政支出の拡大もやむを得ないが、財政赤字の拡大を防ぐために、他の政府支出の削減や増税が必要だ」というご意見なのかもしれません。
でも、それはないでしょう。なぜなら、小黒先生は「民主主義の下で政府支出の削減や増税を迅速かつ容易に行うのは極めて難しい」と言っていたのだから。
もちろん、小黒先生も、さすがに今は、「インフレが止まらなくなるから、財政出動するな」などという主張は自粛するだろうと思います。
他のMMT批判者も、今は、いっせいに自粛しているようですね。
しかし、財政健全化は、すでに大きな被害をもたらしているのです。
NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏によると、国立感染症研究所の研究者は、2013年の312人から現在は294人に減らされています。
アメリカと比較すると、人員は42分の1、予算は1077分の1しかないのだそうです。
さらに、保健所は、1992年には全国に852カ所あったのに、2019年には472カ所と、実に45%も減っています。https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200227-00164904/
また、大妻女子大学の小谷敏教授によると、過去17年間で、国家公務員や地方公務員の数は大きく減らされてきました。公務員の非正規化も進められてきました。
日本政府は、人口1000人当たりの公務員の数が主要先進国の中でも少ない「小さな政府」だったにも関わらず、削減され続けてきたのです。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71045
新型コロナウイルスの対応については、厚生労働省が色々批判されています。しかし、そもそも、日本の行政がこんな脆弱な体制になってしまったのは、財政健全化のためと称して、歳出抑制やら行政改革やらが進められてきたからなのです。
例えば、熱心な財政健全化論者である土居丈朗先生は、昨年十二月、日本の医療費を抑制するために、病床数を減らすべしと説いていました。
https://mobile.twitter.com/takero_doi/status/1205637996759810048
もし、過去二十年間、日本の財政がMMTに基づいて運営されていたら、感染症対策のための体制も、もっと充実させることができていたでしょう。
ついでに言えば、デフレにもならなかったはずです。
というわけで、この新型コロナウイルスがもたらした危機を契機に、是非、経済や財政の正しい知識を身に付けていただきたいと切に願います。
もうこれ以上「インフレが止まらなくなる」などという戯言に付き合っている余裕は、日本にはないのです。