実際にメディアでも、医師・看護師不足や医療過誤訴訟の増加、最新医療の発達に対応しきれていない医療制度の弊害などがしばしば報じられ、「医療現場を取り巻く環境はますます厳しくなっている」(医療関係者)との声も聞こえる。
そんな医療現場の要となる医師であるが、晴れて一人前の医師になるまでには、6年間の大学医学部での勉強、そして国家試験合格後に約2年間続く研修医時代を経なければならない。特に研修医は、長時間労働などその過酷な生活が知られているが、その実態を現役外科医師が赤裸々に描いた著書『東大病院研修医』(中公新書ラクレ)が今、話題を呼んでいる。
今回は本書の著者・安川佳美氏に
「過酷といわれる研修医の実態とはどのようなものなのか?」
「知られざる医療現場、そして病院の裏側とは?」
「どのように一人前の医者は“つくられる”のか?」
などについて聞いた。
--今回、本書を書こうと思ったのはなぜですか?
安川佳美氏(以下、安川) 私自身が研修医になってみて、「研修医は何者か?」ということが、あまり世間の人々に知られていないんじゃないかな、と思ったからです。「大学病院で受診する際に医師の後ろで見学している若い人たち」というくらいの認識はあるのでしょうが、たまに「研修医って医師免許のない見習いでしょ」などと言われることがあります。
--医学部卒業後は2年間、いろんな診療科を回るのでしょうか?
安川 初期研修といって、2~3カ月ずつ次から次へと科を流浪します。あれこれ見てから自分が専門とする科を決めるシステムですが、かつて多かった「専門外の患者は診ない」という医師を減らすためでもあります。その2年間が終わったら、自分が選んだ科で専門研修に入ります。
--いくつもの科を経験して、一番インパクトがあった科はどちらですか?
安川 どこが一番とも言いがたいのですが、産婦人科は「無事に産まれて当然」というプレッシャーとの戦いでしたね。でも、実際には赤ちゃんが亡くなって産まれる死産もあるわけです。研修先で最初の当直だった夜、入院していた妊婦さんが死産でした。外見も内部も未熟なままの胎児が産まれ、お母さんは「よくがんばったね、ありがとう」と声をかけていました。下っ端の私は、病室のすみのほうでなんとも言えない雰囲気を味わいました。
--精神科の研修も壮絶なようですね。
安川 私はもともと精神科に進もうかな、と思っていましたが、研修を経験してみて「自分には一番向いていない」と思いましたね。病気なので仕方がないのでしょうけれど、「正論の通じない人」と日々接するのが仕事です。独特のこだわりがあって、こっちの話に聞く耳を持たない、などというのはザラですね。統合失調症を患っているある女性からは、「胃が痛いから痛み止めをくれ」と繰り返し訴えられました。でも、胃痛に対しての胃薬はちゃんと飲んでいて、それ以上は処方できないわけです。
--医師で、なおかつ女性であることでの不条理ですね。
安川 そうですね。現場では、患者さんだけじゃなく、看護師たちの対応も男性医師と違うなぁと感じることもありますよ。なんというか、男性医師より許容される範囲が狭いのですね。
--医師同士の人間関係はいかがですか?
安川 これは東大病院と、それ以外でけっこう違いを感じますね。
--最終的に一般外科を選ばれたようですが、何が魅力的だったのでしょう?
安川 人として「いいことをしている感」が得られるんですよ。たとえば消化器外科は、胃がんや大腸がんの手術をしますが、割と再発しないで治ることのあるがんです。手術をして、ちゃんとご飯を食べられるようになって退院していく患者さんの姿は、単純に「よかった」と思います。今だから言えますが、最初は「外科医はキレやすい」というイメージがありました(笑)。でも、ありがたいことに私の周りの先生方はそんなこともなく、助かっています。これから先はどうなるかわかりませんが、とりあえず今は外科医として経験を積むことに専念したいと思います。
(構成=編集部)
●安川佳美(やすかわ・よしみ)
1987年北海道稚内市に生まれる。幼少期から小学校にかけて、自衛官である父の転勤に伴い、6度の転居を経験する。99年桜蔭中学校入学、2005年桜蔭高等学校卒業。同年東京大学理科3類入学。11年3月東京大学医学部医学科卒業。同年4月より医師臨床研修開始。2年間の臨床研修を修了し、13年7月より、多摩総合医療センター外科に赴任。駆け出し外科医として、日々研鑽を積んでいる。