こんにちは。江端智一です。

 当サイト前回記事『性同一性障害の「絶望的な苦しみ」 同性愛や精神疾患と無関係、本人の努力で治癒できず』では、性同一性障害の苦しみと、発生プロセスについてお話ししました。

 今回は、性同一性障害を、(1)自己意識、(2)施術の内容、(3)法律の3つの観点から分類し、その全体像を把握したいと思います。

(1)自己意識

現時点において、用語の定義は諸説あるようですので、とりあえずこの場では以下のような3種類に分類してみました。

性同一性障害、「性を変える」具体的プロセスとリスク ホルモン療法、手術、法律…

「(A)プライベートな時間・場所で別の性別を生きる」具体例としては、自室やクラブなどで女装や男装をして、一時的に心と体の安息を得るなどの方法を取ります。性の不一致に苦しみながらも、そのような生き方をしなければならない人(社会的な地位のある人、子どもの保護者等)が当てはまります。

これに対して、「社会的生活を別の性別で生きる」人は、「(B)身体はそのままで生きる」「(C)身体を施術で変えて生きる」の2種類に分かれます。

また、(B)には、服装などを異なる性のものとすれば十分という人から、完全に性の異なる人間として社会生活を生きる人まで含まれます。

(2)施術の内容

 次に、(C)をさらに、「日本精神神経学会によるガイドライン(第4版)」に沿って、施術の内容で分類してみます。

性同一性障害、「性を変える」具体的プロセスとリスク ホルモン療法、手術、法律…

【Step.1:精神療法】

 まず、選択した性での実際の社会生活を試みます。

 別の性の服装を身に着けたり化粧を施すなどして、実際の社会生活が可能であるかどうかのトライアル、シミュレーションを行います。期間は1年以上で、精神医科・カウンセラーのアシストを受けながら、メリット・デメリットを本人と医師等が判断します。

 就職先の会社や、取引相手、そして家族の反応なども含めて、性を変えることが本当に本人のメリットになるか否かを考えるものです。

当然、この段階で終了という場合もあります。

 選択した性でも、社会的・心理的に持続的・安定的であると判断されたら、次のステップに進むことになります。

【Step.2:ホルモン療法】

 注射によるものと、内服によるものがあります。Step.1を経た上で、専門家によるホルモン投与の副作用などのアドバイスを受けながら実施します。

 この療法により、以下の効果が得られます。

・セックスが女性で、ジェンダーを男性に変えたい人(Female to Male/FTM)の場合

 月経が停止し、声変わりが起こります。

あごひげ、体毛、陰毛の増加し、陰核(クリトリス)が増大化(ペニス化)します。体格が男性化し、筋肉量も増加し、ハゲにもなります。

・セックスが男性で、ジェンダーを女性に変えたい人(Male to Female/MTF)の場合

 精子が生成されなくなり、性欲も低下し、体格が女性化します。皮膚、毛髪が女性化し、乳房、乳首が発達し、乳がんの可能性も出てきます。

 こちらも社会的・心理的に持続的・安定的であると判断されたら次のステップに進むことになりますが、ここまで(ホルモン療法)で十分だと考える人も結構いるようです。

【Step.3:手術療法】

 条件は、概ねStep.2と同じですが、さらに慎重な判断がなされます。

「この段階を経たら、元の性に戻ることはできない」という決定的な違いがあるからです。

 以下の表にまとめてみました。

性同一性障害、「性を変える」具体的プロセスとリスク ホルモン療法、手術、法律…

 このような手術を行っても、Step.2のホルモン治療も併せて、継続的に実施する必要があります。

 なお、FTMの効果に「立ち小便」が出てきますが、これは下品な意味ではなく、どの書籍でも 必ず登場するFTMのシンボル的な目標となっているようです。「立ち小便ができたことで、ようやく心の平安が得られた」という話が、たくさん登場します。

 驚いたことに、形成されたペニスや膣で「性交ができ、性感が得られる」ことが示唆されています。

 しかし、手術療法の目的は、異なるジェンダーの体型を手に入れることであり、異なるジェンダーとしての生殖能力を獲得することはできません。手術ではセックスとしての性を越えることはできないからです。

 また、ガイドライン第4版において、性ホルモンの投与の年齢が条件付きで18歳から15歳に引き下げられることになりました。例えば、FTMの場合、月経の開始、乳房の発育が本格的に開始する前にホルモン治療を施せば、その後の手術療法の苦しみも小さくできるためです。

(3)法律

 では、最後に、このような性同一性障害を、現在の法律がどのように取り扱っているかについて説明します。現行法では一定の条件下で、性同一性障害による戸籍内容の性別の変更を認めています。

 まず、簡単な経緯から説明します(立命館大学法学部教授・二宮周平氏のレポート『性別の取扱いを変更した人の婚姻と嫡出推定』より)。

 欧米諸国の多くでは、出生登録書における性別記載の訂正というかたちで、立法的に、あるいは行政手続き的にすでに認められていました。日本と同様の戸籍制度のある台湾、韓国でも認められていました。

 一方、法律が制定される前の日本においては、司法による判断しか方法がなく、司法が戸籍の変更を認めたのは数件のみで、大部分は変更申請を棄却する判決となっていました。

 しかし裁判所も、性同一性障害者が社会生活を行う上で、さまざまな問題を抱えている状況を理解しており、「これ以上は、法解釈だけでは対応できない」という状態にあったのです。

 そんな中、2004年7月16日に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行され、その結果04~10年の7年間で2375件の申し立てがあり、審理の済んだ2318件中2238件(97%)の性別変更が認められています。

 同法における性同一性障害の定義(第2条)を、乱暴にまとめてみました。

(1)性染色体による性が明らかである
(2)自分が、上記(1)の性とは別の性別であると確信し続けている
(3)自分が、上記(1)の性とは別の性別に適合させて生きていきたいと思っている
(4)2人以上の医師の診断が一致している

 生物学的観点と、主観的観点(2つ)があり、さらに客観的観点の主体を「医師」と限定しているなど、法上の定義としては、かなり珍しいものだと思います。立法側の、性同一性障害を定義する難しさを垣間見た思いでした。

 次に、戸籍の変更を申請することができる条件(第3条)ですが、以下のようになっております。

(1)第2条に定義する性同一性障害であること
(2)二十歳以上であること
(3)現に婚姻をしていないこと
(4)現に未成年の子がいないこと
(5)生殖腺がないこと又は 生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
(6)性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

 (2)では、性同一障害で苦しんでいる20歳未満の少年少女を、法律的(戸籍)には救済できないので、かわいそうな気もします。立法側は、法律の手続きを行う主体を、民法の一般原則の「成人」に限定したのでしょう。

 (3)(4)については、例えば「お父さんが2人目のお母さんになること」を、民法の結婚の規定からも、認容することができなかったのだろうと思います。もっとも、実生活において「2人目のお母さん」が存在しても、法律上は問題ありません。

 また、(4)の「未成年の子」は2008年改正までは、ただの「子」でしたが、改正法では、子どもが成人したあかつきには、お父さんは晴れて「女」になれます。この場合、戸籍上の性別が「女」になっても、子どもの戸籍における身分は「父」のままです。「男の娘(おとこのこ)」ならぬ、「男の母」あるいは「女の父」が、法律上担保されることになります。

 興味深いのが(5)です。生殖腺とは「卵巣」または「精巣」のことですから、これを除去しているか、使えない状態にしていることが条件になっています。例えば、戸籍の性別を女から男に変更した後、その人が赤ちゃんの出生届を提出したら、役所が混乱することは想像に難くありません。

 しかし、上記の「女の父」が認めているのであれば、「お父さんの出産」というパラダイムを認めないことは、バランスが悪いようにも思えます。また、『「母=女」「父=男」の既成の概念を守るためなら、優生思想を許してもよい』とも読めて、ちょっと怖い気がしました。

 さらに興味深いのが(6)です。これは「大衆浴場に入った時に、周囲が驚かないように乳房やペニスに見えるようなものを手術で削除、または付加するように」と、「法律」が命じているのです。私はこんなにも世間の日常生活に配慮した人間くさい法律を読んだことがないので、思わず深々とうなずいてしまいました。

 しかし、その一方で、すべての性同一性障害の人が、手術療法を選択するわけではないし、また、必ず銭湯に行かなければならないわけでもないです。一律に手術を強要するというのは、ちょっと横暴じゃないかな、とも思いました。

 ちょっと横道にそれますが、先ほどの「立ち小便」と同様に、この「入浴」も性同一性障害を理解する一つのキーワードとなっているようです。

 次回は、学校におけるプールやトイレ、体育の授業の時の着替え、修学旅行における入浴の問題などの、本人や現場での対応などについてもお話したいと思っております。

 今、私はこの原稿を執筆しながら、「そもそも『性』とはなんだろう。なんのためにあるのだろう」という、ゲシュタルト崩壊の状態になってきております。さらに、「そもそも、男湯と女湯を分けている理由とはなんだろう?」と、真剣に考え込む日々が続いております。ちょっと頭を冷やしみたいと思います。

 では今回の内容をまとめます。

1.性同一性障害を全体的に理解するために、(1)自己意識、(2)施術の内容、(3)法律の3つの観点から、定義、分類または解釈を試みました。

2.上記(1)の自己意識については、異なる性を認識した上で、特に何も行わない人から、身体を施術で変える人まで大きく3パターンに分類できるようです。

3.上記(2)の施術の内容からは、(a)精神療法、(b)ホルモン療法、(c)手術療法のそれぞれを必要とする人の3パターンに分類できるようです。

4.戸籍の性別を変更することは可能ですが、生殖腺の除去や、手術療法が義務づけられているなど、大変厳しい条件が課せられているようです。

今回で、性同一性障害に関する一般知識については終了し、次回以降は、性同一性障害と共に生きている人の日常(生活から裁判に至るまで)に着目していきたいと思っております。
(文=江端智一)

※なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/07/post_5404.html)から、ご覧いただけます。
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