キャッシュレス化が進んでいます。交通系ICカードを中心とした電子マネーの発行枚数は2018年度で3.6億枚にもなり、国民1人あたり3枚ものカードを所有していることになります。
キャッシュレスとは、現金を使わない決済のことで、先ほど述べた電子マネーだけではなく、クレジットカード、デビットカードなども含めた決済方法です。最近、「PayPay」「LINE Pay」などのスマートフォン(スマホ)とQRコードを使った決済が話題になっていますが、その方式は多岐にわたります。今では運営事業者も多く、決済方式、チャージ方式、決済媒体などもかなり複雑で、まさにカオス状態となっています。
決済の媒体としては、スマホ、カードを使うものがあり、スマホを使うものの代表格として「おサイフケータイ」があります。これは、スマホにソニーが開発したFeliCaチップを搭載したものです。アプリをダウンロードしたり、起動させたりしなくても決済ができる点が特徴です。
次に、カードを使うものがあります。これはFeliCaチップが埋め込んであるICカードとクレジットカードに分類されます。前者は楽天Edyが1.2億程度の発行枚数で、Suicaを代表とする交通系ICカード全体の合計1.5億枚と2大勢力となっています。
つまり、大別すると、スマホ型とカード型に分類されるのです。さらにスマホ型は、先ほどの「おサイフケータイ」のFeliCaチップタイプと、最近登場してきた「QRコードを読み取らせる、PayPay、LINE Pay」などに分類されるのです。
スイッチングコストさて、これらの2つの方式をマーケティングの視点で見ていきます。マーケティング分析にはさまざまな視点がありますが、ここでは、スイッチングコストという視点で見ていきたいと思います。今使っている現金を電子マネーに変える誘因(価値とコストのバランス)という視点で考えていきます。
まず、現状を分析してみます。カード型電子マネーは、全国の交通機関のみならずコンビニエンスストアでも使えるようになりました。交通系ICカードは、2007年にSuicaがスタートしてからわずか10年足らずで、利用店舗数は約55万店にまでなりました。楽天Edyと合わせると、少額の買い物の多くは、これらのカードで済ませる人も多いのではないでしょうか。
次に、おサイフケータイを中心としたスマホを使った決済について見ていきます。日本銀行が2016年に行った調査によると、スマホなどのモバイル機器を使った決済を利用したことがある人は、6%しかいないという調査結果が出ています。
つまり、決済手段としてみた場合、電子マネー、クレジットカード、デビットカードも加えたカード決済が圧倒的に多いことになります。既述の日本銀行の調べでは、個人消費(民間最終消費支出)の約2割がこれらの手段で決済されているとのことです。
カード決済型の電子マネーが普及してきた背景には、その利便性の高さが挙げられます。面倒なセッティングをしなくてもカードを出すだけで使用でき、万一、紛失した場合にもカード残高だけの被害で済みます。これに対して、現金決済の場合、お財布から現金を出して、消費税も加味した1円単位の計算と貨幣の準備をして、お釣りも1円単位でもらうという不便さが、消費者のカード決済へのスイッチングコストを下げることになったと考えられます。
この流れだと、カード型電子マネーでキャッシュレス化は決まりと思いがちですが、一つ、障壁となりそうなのが、利用できる店舗数がすでに限界にきている可能性があるということです。交通系ICカードの利用店舗数は既述の通り約55万店ですが、総務省統計局の経済センサスによると、全国には小売店と飲食店を合わせて170万店弱の店舗があり、そのうち、小規模な店舗が100万店といわれています。
こういった小規模店舗は、規模が小さくなるにつれて、ICカードの決済端末を利用した際に支払う3~5%といわれる手数料が払えない可能性が高くなるのです。東京商工リサーチのデータベースによると、売上高5億円未満の小売店における売上高営業利益率はマイナス0.85%、黒字企業だけに絞っても1.8%というデータが出ています。一方、飲食店についても、売上高営業利益率が1.5%しかないというデータが出ています。
つまり、カード決済の手数料を払うと赤字になってしまうということです。
そこで期待できそうなのが、PayPay、LINE PayなどのスマホとQRコードを使った新しい決済方式です。これは、中国などですでに先行して使われている技術で、アプリをダウンロードすることでスマホを決済端末に変身させることができます。この方式は、QRコードの印刷で済むため、端末の導入コストも安価なものとなります。また、運営事業者がこの先1-2年は手数料を無料としている点なども考えると、小規模事業者の普及拡大につながる可能性を秘めているのです。
消費者が本当に便利だと感じるかどうかこうなると、消費者のスイッチングコストとして最後に残るのは決済時の使い勝手です。しかしながら、この点においていくつかの問題が残ります。
この方式は、店舗側は簡単な作業で済む半面、消費者側がアプリを起動して、QRコードを読み取らなければならないというデメリットがあります。従って、現金でやり取りをする手続きに比べて決定的に便利になるかどうかは、各消費者のスマホに対する習熟度合いに依存することになるからです。
しかも、おサイフケータイの事例で述べましたセキュリティ・紛失などの安全性に対する不安は、残り続けることになります。
このように、今後のキャッシュレス化の加速は、この新しい方式のほうが現金で決済するよりも便利だと消費者が感じるかどうか(スイッチングコストが下がるかどうか)にかかっているといっても過言ではありません。街の商店街レベルでも使えるような利用店舗数の拡大により利便性が拡大し、かつ、利用者が機器の利用も含めて十分に便利だと思えるかどうか。7pay(セブンペイ)の不正アクセス事件の記憶が消費者に残るなか、新しいスマホ決済の行方はどうなっていくのでしょうか。
(文=高杉康成/コンセプト・シナジー代表取締役、経営学修士(MBA)、中小企業診断士)