7月1日のスタート早々、大きくつまずいてしまった「7pay(セブンペイ)」。コンビニ界のガリバーであるセブン-イレブンが満を持して参入したスマホ決済アプリだったが、サービス開始早々に不正アクセスを受け、わずか3日で約3900万円もの被害金額を出してしまった(2019年7月31日時点)。
ダメージを受けたのは、アカウントを乗っ取られた808人だけではない。10月に迫った消費増税を前に決済事業者が盛り上げようとしていたキャッシュレスの機運に、冷や水を浴びせてしまったのだ。セブンペイの事件を受けて、「やっぱりスマホ決済って危ないよね」というイメージを抱いた人は少なくないはずだ。キャッシュレス比率を4割まで高めたいと目論む経済産業省も、陰では頭を抱えているのではないだろうか。
むろん、悪いのはセブンペイのうっかりミスを突いた犯罪集団で、スマホ決済自体が悪というわけではない。ただし、スマホ決済を使うか使わないかの判断は、我々一人ひとりが自分ですることだ。その助けになるよう、消費者目線での解説をしていきたい。
ひと口にキャッシュレス決済といってもさまざまで、これまではクレジットカード、電子マネー、デビットカードが、その役を担っていた。さらに、おサイフケータイなどの機能を介して電子マネーのモバイル版が次々と生まれ、手元に物理的カードがなくてもスマホがあれば支払いができるようにもなった。そして、モバイル決済の次世代スターとしてフォーカスされたのが、コード(QRコード)決済アプリである。
使ったことがある人はおわかりだろうが、コード決済は支払いが飛び抜けて簡単というわけではない。
よく言われるコード決済のメリットには、(1)店舗側の導入コストが安い、(2)割引クーポンなどの配布がしやすい、(3)高還元率キャンペーンが打ちやすい、などがある。
これを見てもおわかりのように、コード決済は消費者側ではなく店舗側のインセンティブが大きいのだ。店は専用端末を揃えなくても客が提示するバーコードを読み取るか、店が提示するQRコードを客のスマホで読み取ってもらうことで決済に進める。また、スマホにクーポンを送ることで客に来店を促すことができるし、高還元率キャンペーンも同様だ。
多くの決済アプリは、還元されたポイントやボーナスは自前のアプリの残高になるだけなので、それを使ってまた買い物をしてもらえばいい。ひと言で言えば、決済アプリのサービスは「定期的に来店して」「たくさん買ってくれて」「自社が発行するクレジットカードとも紐づけてくれる」“太客”を優遇しているということだ。これを簡単に言えば「客の囲い込み」となる。
高還元率のキャンペーンは、消費者のためではなく加盟店へのサービスとも言える。たとえば、キャンペーンの期間内で、家電量販店、ドラッグストア、コンビニ――と対象を変えていく手法が取られる。
10月からのキャッシュレス決済に対するポイント還元は、我々の負担軽減ではなく、増税で落ち込んだ消費を喚起する政策だということは、間違えないでおくべきだ。
政府のポイント還元策は不発に?乱立する決済アプリの大盤振る舞いは止まらない。必ず、どこかが10%、20%還元のキャンペーンを行っている。9月までに自社のアプリをダウンロードして使ってもらい、ポイントを付与して、それを原資に10月以降も買い物してほしいからだ。逆に言えば、10月以降のキャンペーンの様子が見えない。釣った魚に、どこまで餌をやる気なのだろうか。
さらに言えば、10月からの政府のキャンペーンはショボいものになりそうだ。20%還元という数字に見慣れた我々が、最大5%、しかもデパートや家電量販店は対象ではなく、中小規模事業者店舗での買い物での還元と言われて、魅力を感じるだろうか。賢いユーザーなら10月が来る前にめぼしい買い物を済ませているのでは、と思わなくもない。しかも、夏休みやボーナス商戦も終わった後だ。
各種決済アプリの20%近い還元キャンペーンは、9月いっぱいまでは定期的に行われるだろう。それを当て込んで買い物をするなら、計画的に買うべきものを洗い出そう。今日は家電、明日はコンビニ……では、事業者側の思うつぼだ。買うつもりがなかったものを高還元率をちらつかせて買わせるのが狙いなのだから、トクしたと喜んでばかりではいけない。
同時に、自分が使いやすい決済アプリをなるべく絞り込むことが大切だ。多種多様なアプリをダウンロードしてキャンペーンごとに“浮気”して使用すると、還元されたポイントが別々に付与されることになる。その小銭のようなポイントを使い切るために、また買い物をし、そして細々としたポイントが付与されて、またそれを使うために――以下、繰り返しの無限ループになるからだ。では、使いやすい決済アプリをどう選ぶかについてだが、それについては次回に詳述したい。
先に書いたように、目玉のひとつだったコンビニアプリのセブンペイがつまずいてしまい、前向きになれない消費者もいるだろう。筆者は無邪気なキャッシュレス礼賛派ではないので、「使ってもいいし、使わなくてもいい」と思う。なぜなら、何度も述べたように、これは消費喚起ツールだからだ。
スマホ決済アプリは、消費することが大好きな人に向いている。多額の買い物をする人には大きなポイントバックがあり、1円でも安く買いたい人には小さいバックしかない。20%還元よりも5%値引きで安く買えたほうがうれしい人にとっては、スマホ決済アプリは使うメリットが少ないと言っておこう。
(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)
●松崎のり子(まつざき・のりこ)
消費経済ジャーナリスト。生活情報誌等の雑誌編集者として20年以上、マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析した経験から、貯蓄成功のポイントは貯め方よりお金の使い方にあるとの視点で、貯蓄・節約アドバイスを行う。また、節約愛好家「激★やす子」のペンネームでも活躍中。著書に『お金の常識が変わる 貯まる技術』(総合法令出版)。Facebookページ「消費経済リサーチルーム」