車検が切れた車がどの程度日本の公道を走っているか、ご存じだろうか。
国土交通省が、平成26年度から2年かけて全国11カ所の公道で定点調査を実施したところ、0.27%の車が無車検であったという。
そもそも車検切れ車両の公道走行は一発免停もありうる重大違反。そのため、この状況を改善するために、車検切れ車両対策として国交省が導入するのが「可搬式ナンバー自動読取装置」(以下、「新装置」)である。全国で行う街頭検査に2017年より試験的に導入されてきたが、2018年の9月から本格的に採用されたという代物だ。
走行車両のナンバーを道路脇などに設置したカメラで読み取り、ナンバーが登録されたデータベースと即座に照合、情報を確認することができるというこの装置。走行する車検切れ車両を把握し、直接ドライバーに指導・警告することを目的として、今後は全国で運用されていくそうだ。また、この新装置は持ち運びが容易であることから、どこで街頭検査が行われるかわからないため、車検切れのまま車を運行することへの抑止効果も期待できるかもしれない。
ちなみに新装置導入以前は、1台ずつ車両を止めて車検証確認を行うという街頭検査を行っていたそうなので、作業効率が飛躍的に上がっただろうことは想像に難くない。
●実は警察がすでに持っているシステムでも充分検査は可能
しかし、国交省と警察の連携が必要となるなどさまざまな課題もあり、“新装置を導入すれば万事解決”とはすんなりいかないようなのだ。そこで、『交通取締りに「NO」と言える本』シリーズ(恒友出版)などの著書を持つ交通ジャーナリストの今井亮一氏に、同装置導入について解説してもらった。
「まず、国交省が街頭検査で取り締まる際は警察と連携することになります。
『警告書を渡すだけなんて生ぬるい』『すぐに取り締まればいいのに』と思われるでしょうが、無車検車両の運行には過失犯の処罰規定がないのです。つまり、ドライバーが『あっ、車検切れてたの気がつかなかった』と言ってしまえば処罰できません。そのため、まずは警告するということになります。一度警告した事実があれば、さすがに次は『気づかなかった』では通りませんから、取り締まることができるようになるわけです」(今井氏)
だが、実は新装置に類似する機能を有するシステムを、警察はすでに持っているというのだ。
「国交省が持っている膨大なデータとナンバーを照合すれば、すぐに車検切れの違反車を特定できます。とはいえ警察も、自動ナンバー読み取り装置『Nシステム』などによって、すでに大量のナンバーを読み取れるし、データも持っています。ですから国交省の新装置がなくても、国交省が車検切れ車両のデータとナンバー照合のためのソフトを警察に貸与すれば、実は警察だけでも街頭検査は行えるはず。
要するに、国交省が警察に頼むのが一番手っ取り早く効率的なんです。しかしそれをしないのは、その行為が国交省の仕事を警察に与えることになる、つまり予算を警察に渡すことにもなるからだと、私は推察しています。
●新装置導入も、違反に対する直接的な抑止力にはならない?
では、新装置の導入は人々にどのような影響をおよぼすのだろうか。
「私はこれまで8000件以上の裁判を傍聴しており、無車検・無保険の事件も数多く傍聴してきました。そうした裁判を見ていると、車検切れで車を運転している人は、貧困で車上生活をされている方や、フリーで建設現場の職人をされている方が目立ちます。そして『今度お金が入ったら車検を取ろうと思っていた』『まあいいだろうと思っていた』などと証言することが多いんです。そういう人たちが、国交省が新装置を使い始めたと知ったからといって、『車検切れは危険だからやめよう』とは、ならないと思います。ですからこの装置を運用したとしても、それによって車検切れに対する抑止力が働き、車検を取る人が増えるという直接的な効果は薄いだろうと感じています」(同)
では、新装置にはほとんど効果なしということなのだろうか。
「新装置を導入して、国交省と警察が一緒に取り締まりをするということがニュースや新聞などで全国報道されれば、すべてのドライバーに対する“車検を受けましょう”という啓発活動の一つにはなるはずです。いくつものメディアで全国報道されれば、費用換算すれば数億円以上の宣伝効果となるでしょう。また、街頭検査によって停止を命じられ警告を受けた人は、その後、高確率で車検を取るでしょうから、後手ではありますがそういう意味での効果は見込めます。ですが、国交省と警察の人員を投入しなくてはいけない街頭検査を、どれだけの規模で実施していけるのかについては、まだ未知数と言わざるを得ません」(同)
最後に、一般ドライバーにとっての影響を聞いた。
「当然ですが、車検切れではないきちんと整備された車両に乗っている大多数のドライバーには、基本的には関係がない話です。仮に車検切れ車両を運転してしまっている人がいたとしても、偶然街頭検査に遭遇する確率は低いと思います。
とはいえ、車検が切れていて整備が行き届いていない危険な車が、今も約20万台も公道を走っているというのは事実であり、その数が減っていくことは、ひいては一般ドライバーが危険な事故に巻き込まれる可能性が減っていくということでもあるでしょう」(同)
車検切れの危険車両が減っていくことにつながるのであれば、街頭検査の実施は積極的に行ってもらいたい。だが、国交省が警察に全面的に依頼すれば人員コストが大幅に削減できる街頭検査に、わざわざ国交省の担当者が現場に出るということには、“非効率的なお役所仕事”感が否めないのも事実である。
(文・取材=後藤拓也/A4studio)