連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『まんぷく』(NHK)が今週、最終回を迎える。

 物語は、インスタントラーメンを生み出した日清食品(現・日清食品ホールディングス)創業者の安藤百福とその妻・仁子の半生をモデルとした、戦中・戦後を生き延びた夫婦の話だ。

ドラマ内で安藤百福にあたる立花萬平を演じたのは長谷川博己、妻の仁子にあたる福子を演じたのが安藤サクラ

 是枝裕和監督の映画『万引き家族』(ギャガ)を筆頭にさまざまな映画・ドラマに出演し、すごみのある演技が評価されてきた安藤は、30代の女優の中ではダントツの存在感を見せている。そんな安藤が朝ドラに出演するのなら、すさまじいヒロインになるのではないかと期待した。

 脚本は福田靖。代表作は、木村拓哉が検事を演じたドラマ『HERO』(フジテレビ系)や、大河ドラマ『龍馬伝』(NHK)。近年は、医療ドラマ『DOCTORS~最強の名医~』(テレビ朝日系)や学園ドラマ『先に生まれただけの僕』(日本テレビ系)といった経営の観点から物語を手がける、社会派テイストのコメディを得意とする脚本家だ。そんな福田が朝ドラで、安藤サクラという怪物をどう見せるのか? 期待していた。

●『まんぷく』の斬新な試み

 昭和13年(1938年)、ホテルで電話交換室の仕事をしていた今井福子は発明家の萬平と出会い、姉の咲(内田有紀)の結婚式で萬平が発明した幻灯機を借りたことをきっかけに交際をスタートする。人々の生活に役立つものをつくりたいという萬平を支えながら、福子は戦前・戦中・戦後を駆け抜けていく。

 萬平は新しい商品を発明して、事業を起こしてはさまざまな障壁にぶつかる。物語前半は、そんな萬平と福子の受難が次々と描かれる。そして物語後半、ついにインスタントラーメンの開発に着手するのだが、ラーメンづくりにおける失敗と成功の過程を延々と見せていくという展開には驚かされた。


 毎話々々、スープの成分や麺の硬さに関する試行錯誤を延々と見せられていると、ドラマというよりは料理バラエティを見ているような気分になるのだが、ものづくりの試行錯誤の過程そのものを見せる思い切りの良さは、朝ドラとしても連続ドラマとしても、とても斬新な試みだったといえよう。

 劇中でラーメン開発が描かれた2月頃、日清のチキンラーメンが全国で売り切れたという。気持ちはとてもわかる。本作を見ていると、ラーメンが食べたくなる。

ゲゲゲの女房』を筆頭に、偉業を成し遂げた夫を支えた妻を主人公にするという展開は、朝ドラにおけるひとつの成功パターンとなっている。『まんぷく』もそのパターンをなぞった朝ドラで、ラーメン開発をめぐる物語は楽しめた。しかし、福子の物語は最後まで薄味に思えた。

 朝ドラのおもしろさは“ヒロイン”をどう描くかにかかっている。ひとりの女性の生き様を丁寧に描き、その姿が魅力的であることが朝ドラの成功条件だ。

 かつて、朝ドラは古臭いドラマの代名詞で、ヒロインは良妻賢母の保守的な優等生として描かれていたが、80年代にトレンディドラマが社会で自由に生きる働く女性を描くようになると、時代に置き去りにされ、朝ドラヒロインという言葉は揶揄の対象となった。

 しかし、2010年代の朝ドラは、朝ドラヒロインの欺瞞を自己批判することで現代的な存在へと更新していった。北川悦吏子脚本の『
に関するニュース">半分、青い。』はその到達点といえるような作品で、ヒロインに関しては、これ以上の冒険はしばらくできないだろうと思っていた。

 とはいえ、安藤サクラが朝ドラヒロインを演じるのなら何か新しい試みがあるのではないかと期待したのだが、福子の物語は盛り上がりに欠け、残念ながら彼女の魅力は引き出せていなかった。

●絶妙だった長谷川博己の萬平

 対して、夫の萬平はとても魅力的だった。萬平は発明家兼経営者として能力も人望もあるのだが、理想主義者ゆえに視野狭窄に陥りやすく、すぐに周りが見えなくなってしまい暴走する、愛すべき困ったちゃんだ。萬平のような強さと弱さを兼ね備えたアンバランスな人間を演じさせると、長谷川博己はチャーミングである。

『まんぷく』は、萬平の発明や会社など経営面での確執を物語の中心に据えており、福子が結婚して子どもを産み、母として成長していく姿や家族とのやりとりはコミカルに処理される。つくり手の関心が会社パートにあるのは明確だ。その意味で、『プロジェクトX』(NHK)を朝ドラという枠組みの中でやりきった作品だといえる。

 理想を語っては周囲に迷惑をかけるが、基本的に愛されている萬平は劇中で「甘い」と批判される。そんな姿を見ていると、萬平こそが『まんぷく』の“朝ドラヒロイン”だったのだろう。

 20年度上半期の朝ドラ『エール』の主演は窪田正孝だと発表されている。
今まで少数だった男性主人公だが、『まんぷく』の萬平を見ていると、朝ドラヒロインを男性が演じることは、今後、当たり前になっていくのではないかと思う。つまり、萬平という男性を朝ドラヒロインとして描いたことこそが、『まんぷく』の発明だったのだ。
(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)