ビヨンセ『ルネッサンス』は何を「再生」させたのか。黒人クィア...の画像はこちら >>



Text by 辰巳JUNK
Text by 後藤美波



新型コロナウイルス危機が襲った2020年代に文化芸術のルネッサンス(再生、復興)が起こるという見立ては、珍しくもなかった。これまでも、14世紀におけるペストなど、痛ましきパンデミックを経て創造性の変革が起きてきたからだ。



しかし、ロックダウンなどの規制が緩和された2022年のアメリカで、こんなかたちのルネッサンスが到来するとは、思いもよらなかったかもしれない。同国が誇るスーパースター、ビヨンセが『RENAISSANCE』と題したダンスアルバムをリリースしたのだ。大衆はすぐさま熱狂した。その証拠として、リードシングル“BREAK MY SOUL”は、ソロ楽曲としては14年ぶりの「Billboard Hot 100」チャート1位を彼女に授けている。



『RENAISSANCE』は、孤立と不公平に満ちたパンデミック危機を経て、ふたたび人々が笑いあい愛しあうルネッサンスのためのアルバムになると予告されていた。そのため、ポジティブな現実逃避路線と思われたわけだが、いざリリースされると「反LGBTQ+法案が勢いを増す社会における希望」といった反応もあがった。

というのも「ブラッククィアカルチャーへのラブレター」と評されるほどに、セクシャルマイノリティーの人々を祝福するアルバムだったのだ。



たとえば“COZY”では、「深すぎる愛のような黒」「世界をプッシーピンクに染めて」などさまざまな色にまつわるリリックがつらなる。これらのカラーが揃って完成するものは、トランスジェンダー、有色人種、HIV / AIDSとともに生きる人々を包括したプログレス・プライドフラッグだ。

「文化の起源となった、すべてのパイオニアに感謝を。あまりにも長く、功績が認められてこなかった堕天使たち。これは、あなたがたへの祝福です」
- (ビヨンセ、『RENAISSANCE』に寄せたステートメントより、*1)

100名以上のソングライターがクレジットされた大作『RENAISSANCE』は「マスタークラスのダンスミュージック入門盤」として薦められている。

ドナ・サマーなどの名音源がふんだんにサンプリングされながら、ディスコからバウンス、ゴスペルまで、さまざまなサウンドがシームレスに行き交う大作であるためだ。



なかでも、注目を集めたのはハウスミュージックとボールルームカルチャー、そして、これらを生みだした「堕天使たち」の存在であった。

<怒りを解き放て 心を解き放て 仕事を解き放て 時間を解き放て 取引を解き放て ストレスを解き放て 愛を解き放て すべて忘れよう>
- (“BREAK MY SOUL”)

現在まで人気を誇るダンスミュージックの一ジャンルであるハウスのルーツは、ブラックやブラウンのクィアコミュニティーにある。1977年、シカゴにオープンした有色人種のゲイ男性中心のナイトクラブ「ウェアハウス」こそ、発祥の地とされているのだ。



当時、教会からも排斥されやすかったブラッククィアの人々にとって、ハウスのダンスフロアは神聖なる礼拝堂だとも例えられていた。「私の魂は誰にも壊されない」と歌われる“BREAK MY SOUL”にてビッグ・フリーディアが「解き放て(release)」と連呼するように、ハウスミュージックとは、抑圧からの解放を祝福する音楽なのだ。

「このアルバムはボールルームだ。ビヨンセは全身ドラァグで、神々しきビートを刻み、押しの強いビートに乗ってフロアを闊歩したかと思えば、次の瞬間には司会者として采配を振る」
「ディスコにダンスホール、ディープハウス (中略)、尻を振れるものならなんでも、混ぜ合わせる」
- (レスター・ファビアン・ブラスウェイト、「Entertainment Weekly (EW)」、*2)

そんなハウスと結びつきが強いのが、1960年以降のニューヨークを中心として、有色人種のトランスジェンダーや同性愛者の人々が発展させた現行ボールルームカルチャーだ。“ALIEN SUPERSTAR”にてビヨンセが「カテゴリー、バッドビッチ」と宣告するように、女性性や男性性を誇張するようなテーマを決めて着飾りウォーキングで競うスタイルで知られている。



DJミックスのようだと例えられる『RENAISSANCE』だが、上述の「EW」で指摘されるように、かなりボールルーム的なアルバムともいえるだろう。Moi Reneeなどのクィアアイコンの楽曲をサンプリングした“PURE/HONEY”にも、スリリングで魅惑的なボールルームを現出させるかような演出がほどこされている。



1990年代に入ると、ボールルーム発祥のダンス、ヴォーギングがマドンナ“Vogue”によって広められ、“BREAK MY SOUL”にてサンプリングされたロビンS“Show Me Love”がヒットするなど、米国に大規模なハウスブームが到来する。

しかし、HIV / AIDSの脅威、そして音楽シーンの移り変わりもあり、同ジャンルのブラッククィアなルーツは忘れられてゆく。音楽企業が同性愛のイメージを避けて売り出していったこと、ヨーロッパのDaft Punkらの台頭もあり、ハウスは白人中心ジャンルのイメージに塗り替えられていったとされる。



この「ホワイトウォッシュ」問題を踏まえれば、ビヨンセのルネッサンスが何を再興しようとしているのか、浮かび上がってくる。それは、今日のダンスミュージック、ひいては大衆文化の構築に大きく寄与したブラッククィアのクリエイティビティーにほかならない。この大作は、歴史の波を浴びせるかのように「あまりにも長く、功績が認められてこなかった」パイオニアたちの存在、その魅力と才能を啓示するのである。



このルネッサンスの大役を担ったのがビヨンセであったことは、理にかなっている。

さまざまなサウンドを網羅してまとめるプロダクション、パフォーマンスの能力はもちろん、ビヨンセというスーパースターそのものが、ブラッククィアカルチャーなくして生まれていなかったからだ。



『RENAISSANCE』は、ゲイの伯父、ジョニーに捧げられている。ビヨンセにとって、彼は名づけ親であり、ダンスミュージックの魅力を教えてくれた恩師であり、抑圧に抗い自分らしさを貫いたロールモデルだった。そして、パフォーマーとしてのビヨンセといえば、女性らしさを誇張するような、ゴージャスで堂々としたイメージだろう。それがドラァグ、ボールカルチャーに影響されたものだということは、2006年の時点で本人の口から語られている(*3)。つまり、このアルバムは、膨大な数のクリエイターを包括するビッグプロジェクトでありながら、恩返しとも言うべきパーソナルな作品とも言えるのだ。

「ボールって何なの?」
「世間で歓迎されない者の集まりよ 価値がないと見なされてる人生を祝う」
- (ドラマ『POSE/ポーズ』より)

これまでも、大衆文化フィールドで黒人性、ブラックネスを表象する革命を行なってきたビヨンセ(参考記事:ビヨンセ『HOMECOMING』に見る、歴史を継ぐ者の意志とレプリゼンテーション)。『RENAISSANCE』は、「自身がクィアカルチャーに大きな影響を受けた人間であること」を大々的に示したアルバムとも評されている。トランスジェンダーのドラァグクイーン、ケリー・コルビーは、本作に向けて、感謝を示した。「とにかく、ありがとう。ビヨンセは、正式に、私がずっと夢見ていた有色人種のゲイアイコンになってくれた」。



さらにはその偉業が、ブラックカルチャーそのもののルネッサンスと受け止められていることも注目に値するだろう。



アルバムリリース後に発表されたリミックス曲“BREAK MY SOUL (THE QUEENS REMIX)”にて「マザーオブハウス」を名乗るように、ビヨンセは、ボールルームにおける「ハウス」に敬意を表している。この「ハウス」とは、チームであり、行き場を失ったクィアの人々が共生する代替家族コミュニティーだ。



カリフォルニア大学でブラックスタディーズを研究するオミシケ・ナターシャ・ティンスレー博士は『RENAISSANCE』を「黒人文化の愛と包括力を思い出させるもの」と論じている(*4)。一般的に、アメリカのアフリカ系コミュニティーやその文化は、同性愛差別などのシスヘテロ主義的な傾向の問題を語られやすい。そのようななかで、ビヨンセは「遺伝子的なつながりがなくても、社会が要請する型にははまれていなくても、互いを愛しあう」というブラックカルチャーの絆が、クィアピープルを包括する広範なものだと示したのだ。



『RENAISSANCE』が、いまを生きる黒人でクィアのクリエイターに道を切り拓いていることも重要だ。ハニー・ディジョンとTsマディソンの二人が、参加曲“COZY”によって、「Billboard HOT 100」チャート史上初めてトップ40に入ったトランスジェンダー黒人女性になったといわれているのだ(*5)。自己受容を歌うこの曲は、まるでディジョンやマディソンに捧げられたかのように、女性の生き様を讃えている。

<彼女は神で、彼女は英雄 彼女は、人生に降りかかるものすべてを生き抜いてきた>
- (“COZY“)