ある漫画の主人公は「現実(リアル)なんてクソゲーだ!」と言い切りました。

では現実よりゲームの方が優れているなら、現実をゲームのような「幸せな世界」にできるのでしょうか? ゲームで人類を幸福にできるのでしょうか? 

本書『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の著者、ジェイン・マクゴニガルさんは「できる」と言い切ります。
それどころか「将来的にノーベル賞を受賞する人物がゲーマーから登場する」とも。な、なんだってー!

マクゴニガルさんは1977年、米フィラデルフィア生まれ。いわゆる「ファミっ子」(ニンテンドー・キッズ)世代です。カリフォルニア大学バークレー校でパフォーマンス・スタディーズの博士号を取得し、現在はシンクタンクInstitute for the Futureのディレクター。肩書き的にはゲームデザイナー兼ARG(代替現実ゲーム)研究者となっています。

ちなみにARG(Alternate Reality Game)とは、ウェブや広告、FAX、メール、印刷物など、複数のメディアを介して情報を入手し、謎解きやコミュニケーション、実際のアクションなどを行いながら、ストーリー体験を楽しむ参加型のエンタテインメントのこと。
日本でも「リアル脱出ゲーム」など、ARG的な要素を持つイベントが、静かなブームになりつつあります。

一方マクゴニガルさんは本書で、「ゲームとは何か」「ARGとは何か」「ARGはどのように現実を変えられるのか」というステップを踏みながら、ARGは単なる娯楽ではなく、現実世界を改善するための有益なツールであると説きます。なぜ、そのように言い切れるのか、サクッと論旨を整理してみましょう。

おもしろいゲームは現実より調和が取れていて、プレイヤーを引き込む力があり、遊ぶと幸せな気分にさせてくれる......この点について異論のある人は少ないでしょう。ギャルゲーでハーレム気分に浸るのも、世界を救う英雄になるのも、すべてプレイヤーの思うまま。だって、そういう風に創られてるんですから。


具体的にマクゴニガルさんは、優れたゲームは▽ゴール▽ルール▽フィードバックシステム▽自発的な参加--の4要因が明確である、と整理します。ゴールとは達成すべき目標のこと。ルールとはプレイヤーに課せられる障壁。フィードバックシステムは、プレイヤーがゴールにどこまで近づいているかを示す仕組みで、自発的な参加はプレイヤーが自分の意思でゲームに参加すること。裏を返すと、現実社会はゲームと違い、これらの要素が不明瞭なので「クソゲー」に感じられる、というわけです。

優れたARGも同じで、参加者が楽しめるように、最新の注意を払ってデザインされています(とりあえず「ARG=ゲーム開発技術をベースにデザインされた、現実世界で遊ぶ、コミュニケーション要素を含む娯楽」くらいに捉えておけば良いでしょう)。
体験して楽しいのはゲームもARGも同じ。でもARGは現実世界でプレイされるため、現実世界のクソゲー要因がゲームデザイナーによって、巧みに取り除かれています。これは裏返せば、ARGが現実世界を改善する要素を「少なくとも副次的には」含んでいる、というわけです。

つまりゲーム世界は、完全無欠な「実験室」で、現実はそれとは対局にある無法地帯。そしてARGはゲーム世界と現実世界を結ぶ中間領域というイメージでしょうか。いわばゲームが家庭で、現実が一般社会、そしてARGが学校というイメージ。
または人間を動物に例えるなら、ゲームが動物園で、現実が野生、そしてARGがサファリパーク。これくらいの認識で、当たらずとも遠からじ、だと思います。

でもって、ARGがゲームの技術を用いてデザインされた、「より人間が(いろんな意味で)幸福感を得られる世界」なら、世界をどんどんゲームっぽく、作り替えていけばいいわけですよ。この論旨の転換と発想の飛躍は、まさに西洋人的! 実際、人間はこれまでにも、さまざまな技術を用いて、自然を(人間にとって)より快適な空間になるように、作り替えてきました。本書でも一章に一つずつ、全14項目の「現実が不完全な理由」と、それに対する修復法が述べられています。

具体例として全27個のARGが紹介されています。
その一つが、開発中のスマートメーターを使ってプレイする電気消費量削減ゲーム「ロストジュールズ」。プレイヤーが互いに、自宅のエネルギー消費量に対して、バーチャル通貨を賭けあうサービスです。ここで得たバーチャル通貨は「ロストジュールズ」ポータル内にあるソーシャルゲームで、アイテムを購入するために使用できるようになる予定です。

Twitterで家庭の電力消費量削減を競い合う「電気メーター」は、日本でも節電に沸いた今夏に話題を集めました。現在は「iDenkiMeter」としてiPhoneアプリでリリースされています。本書ではこうしたゲームも、ARGの範疇に収められています。
これなどは、ARGがよりよい社会をもたらすという好例でしょう。

英「ガーディアン」紙が2010年から行っている、「地元選出議員の経費を調べよう」という活動は、イギリス国会議員の約50万枚の経費申請書や領収書をウェブ上で閲覧し、不正か否かを判断していくものです。ウェブ公開後の80時間で、2万人以上のプレイヤーが参加し、17万通以上の文書が解析され、少なくとも28人の議員が辞職するか、任期満了後に引退する意向を表明。総額112万ポンドの変換が命じられました。成功の秘訣は短期/長期の上位貢献者リストをはじめ、ウェブがソーシャルゲームのノウハウを取り入れてデザインされた点にあるとしています。

これらの中でも、もっとも社会的インパクトを与えたものが、世界銀行インスティチュートと共同開発された「イヴォーグ」です。対象ユーザーはアフリカの若者で、プラットフォームは携帯電話、ソーシャルゲームの形をとっています。ゲームの目的は、さまざまなクエストをこなしながら、食糧の確保、代替エネルギーへの転換、図書館の設立など、世界を変えるための事業アイディアを、10週間で立ち上げること。本作にはマクゴナガルさん自身も、共同ゲームデザイナーとしてクレジットされているんです。

……とはいうものの、「現実をゲームっぽくするなんて不謹慎」だと感じられる人が、まだまだ多いかもしれません。もっとも、ゲームデザインのノウハウを現実社会に応用する考え方や取り組みは、「ゲーミフィケーション」というキーワードで、昨年から全世界的な潮流となっています。本書でも位置情報とコミュニケーションサービスを連動させた「フォースクウェア」など、ゲーミフィケーションの実例と呼ばれるサービスについても、紹介と考察が行われています。

実は日本でも同じような取り組みが始まっているんですよ。スマートフォンを用いて、実際に福岡の街中を観光しながらストーリーを体験する観光アプリ「福ぶら」はその一つ。地域経済の活性化を目的としたARGで、福岡市が音頭を取って開発しました。他に福岡市ではバランスWiiボードを用いたリハビリゲーム「樹立の森リハビリウム」を開発中です。ちなみに、こうした取り組みを「シリアスゲーム」なんて呼んだりもしますが、(マグゴナガルさんの説く)ARGもゲーミフィケーションもシリアスゲームも、単に呼び方の問題にすぎませんまるっと「ゲームで社会を良くしていく取り組み」程度に捉えておけばいいと思います。

他に家電やウェブサービス、教育ソフトなどに、ゲームのユーザーインターフェースのノウハウを応用する「ゲームニクス理論」もその一つ。「脳トレ」をはじめとした商業知育ゲームの数々も記憶に新しいところです。バンダイナムコゲームスも今秋、ゲームのノウハウを応用して使いやすい製品やサービスを作る、企業向けの新サービス「ゲームメソッドコンサルティング」を開始するなど、徐々に盛り上がりを見せています。

その中でも興味深い違いとして、本書で扱われているARGが多人数参加型であること。ゲームが内包するソーシャル性が、現実社会を変える主要因の一つとして捉えられています。一方で日本で見られる取り組みは、デバイスの特性を生かす方向性からデザインされているものが多く、ソーシャル性はゲームの外側に付与されています。まあ、どちらが良いというわけではなく、両方が融合すればいいだけの話なんですけどね。興味深い違いのように感じられました。

このほか本書には「ワールドオブウォークラフト」「ヘイロー」「ファームビレ」などの紹介や考察も多数散りばめられています。そのため海外のヒットゲームやユーザーコミュニティの、最新事例集としても読み解けます。全542ページで、専門用語も多いため、ちょっと歯ごたえがあるのは確かなんですが、ゲームの可能性を感じている人なら、ぜひ挑戦していただきたいところです。

また本書の公式ウェブサイト「Reality is Broken」では、さらに最新事情がアップデートされていますので(英語)、こちらもチェックしてみてください。テド・カンファレンスでゲームの可能性について語る、マクゴナガルさんの映像もリンクされています。(小野憲史)