2010年3月、地質学や堆積学、古生物学、惑星科学、地球化学、地球物理学など幅広い分野の41人の研究者が合同で「恐竜絶滅の原因は小惑星衝突である」と書いた論文が「サイエンス」誌に掲載された。恐竜絶滅の理由に関する過去数十年の論争の歴史、1000に及ぶ論文を精査した内容だった。


恐竜ってなんで絶滅したのか。巨大隕石が落ちてその粉塵で世界中が暗くなって植物が消えて食物連鎖が途絶え…という「隕石衝突説」が有名だと思うけど、僕は「諸説あってまだよく分かってない」という感じなのだと思ってた。

強い興味がないと、恐竜の絶滅について調べる機会も少ない。「花を咲かせるタイプの植物が出て来て昆虫とかとうまくやり始めたから大型のシダ植物とかが減って恐竜が絶滅した」みたいな話を小さい頃から色々どこかで見たり聞いたりしていると、結局「色々考える人がいるんだろうな」と思って終わってしまう。知識も無いと「でかすぎて自滅したんじゃないの」とかも思えてしまう。

実際、そうやって滅んだ種類もあるかもしれない。
だけど学者が論じている「絶滅」は、白亜紀の最後に、恐竜が1種類も残さず全ていなくなる「大量絶滅」の瞬間の話だ。

『決着!恐竜絶滅論争』という本は、上記論文の書き手の一人でもある地質学者、後藤和久が書いた、恐竜絶滅研究の歴史に関するものだ。その内容があまりに「学問的にピュアじゃない」ことに驚いた。

まず、僕のような専門外の一般人が恐竜絶滅の理由について諸説戦っているように思ってるのは、「衝突派以外」の少数派がこれまで「マスコミ対策」を頑張って来たから、というのも大きな理由なんだと書かれている。

学者は専門雑誌に研究結果をまとめて論文を出す。「ネイチャー」や「サイエンス」は漫画雑誌で言えばジャンプやマガジンみたいに有名で色んな人が読む可能性のある雑誌だ。
そういうトップ雑誌に載らなければ、なかなか研究成果が新聞やニュースになることはない。だから学者は雑誌に論文を投稿する作業とは別に、会社が新商品情報を出すように「プレスリリース」をする。

さてそこで、衝突派が「今まで信憑性が高かった衝突説に、さらなる証拠が見つかった」という情報を新聞に提供するのと、少数派が「衝突説を覆す証拠が見つかった」と出すのと、どっちがセンセーショナルだろうか。やはり定説が覆る方が面白いと思ってしまう。権威のある雑誌に載らなくてもプレスリリースをうまくやれば、一般社会に影響力を持ててしまうのだ。

簡単に恐竜絶滅研究の歴史を書くと、「衝突説」は1980年に登場した。
書いたのはノーベル物理学賞の受賞者とその息子の地質学者だった。その後賛否両論の大論争を巻き起こしたが、1991年にメキシコのユカタン半島で隕石の落ちた跡、「チチュルブ・クレーター」が見つかったのが決定的だった。どれも結構最近の話なのが意外ですよね。その後も次々と衝突説を支持する証拠が見つかり、精度の高い分析も行われるようになって、学界では衝突説が定説になっていった。

そんな学界の状態とは関係なく、一般社会には様々な異論が発表され、人々の認知もそれに影響を受けてしまっている。そういう状況を受けて、冒頭の41人による論文が発表されたのだった。
一般の人にも認知してもらおうと、プレスリリースもちゃんとやった。

本書は「プレスリリース問題」のような科学と社会との関係や、もちろん恐竜絶滅研究の歴史についての記述が中心と言えるだろう。さらに、衝突説の登場から30年間、「火山で絶滅説」などの少数派学者がどうやって絶滅せずに生き残ってきたか、という話も面白い。彼らが出す異論は科学にとって重要ではあるが、科学である以上、誤りであってはいけない。だから新しい証拠が見つかるたびに自説を大胆に変えたり、クレーターが見つかると一部衝突説を認めつつ反論したり、様々な工夫をして生き延びる。中にはどうにもうまくいかず、最先端から退く学者もいたり、対応が様々なのも興味深い。


地球にぶつかった隕石も、「秒速」20キロで落ち、エネルギーは広島型原爆の10億倍、付近はマグニチュード11の地震に襲われ、起きた津波は高さ300メートル…など、研究で導き出された各種データも、見ているだけで驚くものばかり。

中高生でも理解できるような内容で「研究の実際」や「科学のありかた」にまで想像が及ぶ良書だと思いました。興味のある方は是非!
(香山哲)