『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』などを担当した編集者、加藤貞顕。ダイヤモンド社から独立し、新ウェブサービス「cakes」を立ち上げた。

「cakes」の企画趣旨を聞くための打ち合わせで、加藤さんとはじめて会ったとき、思った。
「このひとと一緒にやっていくことはできるのだろうか」
編集者としての、ものすごいオーラを目の当たりにしたおれは、すっかり気圧されてしまった。恐る恐る、以前から温めていた企画の話をする。
「プロデューサーって名前はよく目にするけど、いったいどんな仕事をしているか、パッとわからないんですよ。様々な業界の、プロデューサーと呼ばれる方たちに話をきいてみたいんです」
「いいね! それ、面白そう。タイトルは『このPに訊け!』ですかね」
いままで、誰に話してもピンと来てもらえなかった企画を、面白いと言ってくれた加藤さん。
企画はどんどんと進行していき、cakesでの新連載が決まった。
9月11日、おれの誕生日でもあるこの日、いよいよcakesが始動する。

そもそもcakesとはどんなサービスなのか、雑誌と電子書籍の関係性は、これからの出版業界はどうなる?
cakesオープンに合わせて、加藤さんと、電子書籍に詳しく「電書カプセル」を立ち上げる米光一成さんの対談を決行した。


単行本をウェブに連載したっていい

米光 加藤さんは出版社を辞めて、cakesを立ち上げたわけですけど、これって、出版社に所属したままやるわけにはいかなかったんですか?
加藤 うーん、そうですね、いまの出版社のミッションって、基本的に紙の本をつくることなんですよね。
米光 根本から変わっちゃうから出版社にいてはやりにくい?
加藤 この間、編集者が集まる飲み会に行ったときに気付いたのが、けっこう誤解されているんですよね。極端な話、紙の本を、出版社を、敵にまわすようなビジネスをはじめると思われている。
まったくそうではないんですよね。あたらしいコンテンツの出し先が増えるだけ、というか。ただ、競争相手ではありますよね。雑誌と電子書籍では、ターゲットも微妙に違っているし、読み物としての長さも違う。
米光 そっかそっか。紙を滅ぼそうとしているわけじゃなくて、紙の出版、収益構造を変えるということも含めて、紙の本も生き延びていくということですか。

――紙で読むことを前提としてつくっているから、電子書籍で同じものを読んだときに読みにくくなっているときはありますよね。
加藤 これはゲームも一緒なんですよ。ゲームボーイに合うゲームと、PS3に合うゲームってまったく違うじゃないですか。紙の本は紙のデバイスに合った量だし、内容なんですよ。ぼくは雑誌の編集をしていたこともあるのですが、すごくもったいないと思ったんです。一所懸命つくっても、すぐに書店からなくなってしまう。
それをちゃんとウェブ上に載せる、市場としての仕組みがほしいなと思うんですよ。もっと言うと、単行本をウェブに連載したっていいと思う。お互い持ちつ持たれつという使い方が可能ですよ。
米光 アニメがそうですよね。テレビ放映することが宣伝になっていて、儲けはDVDやグッズで、みたいな構造に変わった。雑誌も書店で売られるだけではなく、たとえばcakesでもう一度掲載してもいい。
そういうことを含めて出版業界が回っていくように変わっていけばいい。


分配率を自分たちで選ぶことができる

エキレビ!をはじめ、ほとんどのウェブサービスは広告収入で成り立っている。cakesを見ると、不安なくらいガランとしている。バナーなんてひとつもない、真っ白だ。

加藤 バナー広告のようなものを入れることはいまのところ考えていません。もし、企画としてやるんだったら、結果的に広告になっていた、というコンテンツとして面白いものとしてやりたいです。

米光 cakesは定額制なんですよね。
加藤 購読料は、週150円。コンテンツごとにお金を払うのではなく、ユーザーになればcakesのコンテンツをいくらでも読むことができます。そして、その購読料の60%をクリエイターに還元するシステムになっていて、ページビューに応じて、分配していきます。
米光 じゃあ、たとえばひとつの連載で、ページビューが100%だったら、全部その著者にいく。
加藤 そうです。本って、チームでつくることが多いですよね。著者と編集者、カメラマンがいることもある。その分配率を、自分たちで選ぶことができる。(PCを操作して)この画面を見ていただくとわかるんですけど、たとえば、レイズナさんの連載だったら……。
――(管理者画面を見て)あれ、僕、0%になってるじゃないですか! 編集者100%。ただ働き!
加藤 ま、これはテストの段階ですから。ここから、レイズナさんが90%、編集者が10%といった分け方もできるわけです。
米光 いいなー、いいですよ。それ真似たい。だって僕、カメラマンがいくらもらってるとか知らないですよ。クリアになるっていいですよね。僕がレイズナくんと新しい連載やりたいーってときに、僕95%、レイズナくん5%とかできる。
――やめてくださいよ!


「この記事のために1週間150円払おう。そのあと購読停止しよう」もあり

米光 cakesはチャレンジブルですよね。たとえば、「ブロマガ」だと人。GACKTがいるから、デヴィ夫人がいるから、菊地成孔がいるから、そのためにお金を落とそうと思う。僕がいま準備している「電書カプセル」は、テーマ性の強いもので書いてもらって、カプセル単位で販売することを考えています。cakesは、たくさんの連載陣がいて、カスタマイズされているので、課金して読むまでの強烈な動機が見えにくくなってないですか?
加藤 有料メルマガはその点よくできてますよね。ファンクラブ的に、コアなファンを集めやすい。ただ、だからこそ、仕事として回していける人は限られるんじゃないかなとも思うんですよ。たぶん、Maxでも100人くらいじゃないですかね。だからそれとは別に、雑誌みたいに、まとめて読める場があったらいいんじゃないかなと思うんですよ。たとえば雑誌だったら、3つくらい読みたい記事があったら買いませんか?
米光 買う!
加藤 その感覚が一番近いかもしれないです。cakesは立ち読み的に読むこともできますし、「この記事のために1週間150円払おう。そのあと退会しよう」という使い方でもかまいません。むしろ、それをやりやすいように週150円にしているところもある。システムとして考えると、月600円にしたほうがはるかにラクですから。
米光 読みたい記事が何個かあって、読んでみたらほかにも面白いコンテンツがいっぱいあった、みたいな。
加藤 そう。あまり「こういうものだよ」という押し付けをできるだけしたくないと思っています。あくまでもプラットホームなので、場として使って欲しいですね。

part2へ続く

※エキレビ!ライターの近藤正高さんもcakesに参加しています。こちらもあわせてどうぞ!

(加藤レイズナ)