米光 あ、僕は今から10巻を読むので、皆さんでどうぞ話進めて。

小沢 斬新だよねぇ。
インタビュー中にその作家の作品を読むって。普通、追い出されるよ(笑)。


ゲーム業界を舞台にしたものづくりに賭ける大人たちの群像劇として人気を集め、2012年のマンガ大賞で2位にも輝いた『大東京トイボックス』。7月末に連載が終了し、最終巻が9月末に発売された以降も、10月5日からテレビ東京系ドラマとして「東京トイボックス」がオンエアされ、ますます絶好調。この勢いを受け、本日10月30日発売の雑誌『月刊コミックバーズ』で、早くもスピンオフ作品『東京トイボックス0』の短期連載がスタートする。さらにこの作品は、amazonが新たに始めるプロジェクト「Kindle連載」でも配信されることが決定し、またまた話題を集めている。
そこでエキレビでは、作者うめ(小沢高広・妹尾朝子)の二人と、『トイボ』連載開始当初から取材対象の一人であったゲームデザイナー・米光一成を交え、スピンオフのこと、ドラマ化のことなど、『トイボ』最新情報を聞きました。


《太陽と仙水の学生時代も見れる『東京トイボックス0』》

─── えーと、米光さんは一旦置いておいて、今月からコミックバーズで始まる『東京トイボックス』のスピンオフ作品『東京トイボックス0』。どんなエピソードでしょうか?

小沢 ソリダス時代の太陽と仙水の話です。年表にも書いてあるんですけど、太陽は大学生時代からソリダスでデバッカーのバイトをしているんです。そこに、仙水がどう絡んでくるか、という話ですね。最近、『大トイボ』が大きい話になりすぎていたので、比較的小さなゲームの話になって、割と楽しいです。


─── 学生時代の話なんですね?

妹尾 アルバイトとしてソリダスに潜り込んで、でもそろそろ就職活動しなきゃねー、という頃の二人です。

小沢 今、描いているのが、1994、95年くらいかな。当時の就活の空気が、今の時代と全然違うんですよ。バブルは弾けちゃったけど、景気は今よりも全然いい。その時代の就活の話は、もしかすると今の就活しか知らない人には「ぬるい」って言われるかもしれない。

─── 今とは違うのに、リアルに描くとリアルじゃない。
面白いですね。

小沢 「Windows95ってのがあってね」という話ですから(笑)。今、「スティーブ・ジョブズ1995 ~失われたインタビュー~」という映画が公開されているんですが、そのパンフレットで、『スティーブズ1995』という、4ページの短いマンガを描かせてもらいました。最近、何かとこの時代に縁があります。

─── 連載終了とドラマ化もあって、各媒体でインタビューを受けたりイベントに登壇したりで、『トイボ』については語り尽くしているかもしれませんが、まだどこにも話していないことはありますか?

小沢 なんだろう? モーニング時代の打ち切りの話はもう飽きたしなあ(笑)。

妹尾 先日の「完結記念イベント」で、細かいどうでもいい裏設定の質問をされる、ということで、かなり掘り下げたエピソードを用意していたんですが、紹介しきれませんでした。
それならありますよ。

─── ぜひお願いします。

妹尾 7巻・1話目のサブタイトルは、「逢魔が刻」という中2病みたいなタイトルなんです(笑)。なんであのタイトルをつけたかというとですね、連載時はカラーだったんですね。せっかくカラーなんだから、絵柄が綺麗な絵を描きたいじゃないですか。

─── ビル群とかそういうのじゃなく。


妹尾 そうそう。それで、「お墓で夕暮れだったら絵になるだろう」ということでシーンが決まったんです。でもそのカラーのおかげで、夕方から始まって、一度その日の朝に戻って、そこからまた夕方に流れていくという、変わった時間軸になっちゃったんですね。

─── 冒頭が、夕景のお墓にたたずむ仙水、という絵柄ですね。

妹尾 でも、出来あがったものを自分で読み返したら、夕日を描いたのに、夜明けに見えちゃったんです。その結果、仙水が“早朝からずーっとお墓で待ち伏せをしている”という気持ち悪い人になっちゃった。
じゃあどうする? となって、カラスに「カァカァ」と鳴かせる案もあったんですけど、なんかカッコ悪いから嫌で。星をひとつ入れてみても明けの明星に見えちゃうし。そのまま入稿日が来てしまって、どうする?どうする?と困っていた時に、「あ、サブタイトルで説明しよう」と。

小沢 サブタイトルが「逢魔が刻」なら夕日に見えるだろうと。

妹尾 最初、そのタイトルを「ヤダ、そんな中2病みたいなタイトル」と小沢に却下されたんですけど、「でも、タイトルをこうするだけで描き直さなくていいんだよ」と言ったら、「あ、じゃあそれで」と(笑)。

小沢 あと最終10巻で、「デスハイ」(作中の登場するゲーム「デスパレード☆ハイスクール」)をディスるtweetがあるんですけど、あのアカウントは、わざわざこのために作ったんですよ。

─── おぉ。ちょっと待ってください…………あ、ホントだ。ある! 「ステアか」(@gcwm45u)、プロフィール:根拠のないdisり。

小沢 これ、誰か気づくだろうと思って、未だに誰にも気づいてもらえないので、もう公開します(笑)。



《太陽と月山はいずれ別れさせます》

米光 読み終わった!

小沢 終わった? っていうか、ホントに読んでたんだ? 作者の前で。普通なら怒られますよ(笑)。

米光 グッと来た! 泣きそうになった。

小沢 いや、泣いてよ(笑)。

妹尾 米光さんに一番最初にお聞きした「エンドロールの隠しスタッフ」のエピソードを最終巻ラストで使わせていただきました。

米光 だからグッと来た、そこで…(米光、鼻をかむ)。

小沢 どこが良かったですか? 読みたてほやほやの感想を!

米光 とにかく良かった!

小沢 何が良かったかっていうの具体化するのがレビュアーでしょ!?

妹尾 『大』の連載が始まった当初、月山と太陽が付き合ってることを匂わせる描写があって「なんだよ、この月9みたいな展開はよ!」と米光さんに言われたんです。覚えてます? だからその時、「大丈夫です! 太陽と月山はいずれ別れさせますから」って言っちゃったんですよ。

米光 アレ? そうだっけ?

小沢 言った言った。

妹尾 でもやっていくうちに、「色恋でくっついたり離れたりするほうが月9っぽくない? むしろそこ、どーでもいいよね」と、結局、別れませんでした。

小沢 『大』1巻の1話目のあのシーンは、そう言いたくなるのもわかるんです。でも、あのシーンを描いたことで恋愛を一切描かなくて済んだんですよ。もちろん、ちょいちょいそれ絡みの話は出てくるんですけど、そういう「好き嫌い、くっついた離れる」っていうのを描かないで済む一コマになったなというのは、後からすごく思います。まあ、そんなに月9、憎まなくてもいいんだけどね。

米光 でも『トイボ』って、月9感というかメジャー感はあるよね。それはずっと前から思っていて、6巻の頃に一度エキレビでレビューを書こうと思って、実際書いたんです。でも、「このレビュー、ゲーム開発経験者じゃないとわからないな」と思って掲載は取りやめたんです。

妹尾 ちなみに、どんな内容を?

米光 太陽は少年マンガのような主人公で、バンバン周りを振りまわし、トラブルを生み出すタイプ。そこで生じたトラブルを太陽の天才性で解決していく。それこそが少年マンガ的でメジャー感に通じる部分なんだけど、開発の現場にいた人間からすると、そこが信じられない。もちろん、天才肌のゲームデザイナーもいると思うけど、そっちタイプは天才ゆえの理解しがたがあるから周りからあんなふうにストレートに信用はされない。

妹尾 あぁ。なるほど。

米光 でも、後から思ったのは、鈴木裕先生みたいな天才肌の人は、太陽みたいなスタイルだったのかもしれないなーと。僕と違うだけだな、というのが6巻以降で感じ始めたことで。6巻以降で色んなことが盛り込まれていって、ますますメジャー感が強まっていくんだよね。

《スタジオG3ってちょっと敵の現場》

妹尾 「太陽の天才性」に関しては私も、2008年か2009年くらいまで、ずーっと悩んでいました。取材をしても、アクワイア代表の遠藤(琢磨)さんも、「侍」のディレクターだった中西(晃史)さんもそういうタイプの人じゃなかったし。やっぱりみんなでぶつかって、あがってきたものを形にしていく、という作り方だったから。ディレクターという役割の人は、太陽みたいに「俺が俺が」というタイプの人ではなかったんですよね。

米光 自分の現場感からすると、スタジオG3ってちょっと敵の現場なんです。もっとコミュケーションしろよ、って思っちゃう。だからどうしても最初はそこが気になっちゃった。やり方が違うというか、一人のディレクターの天才性で、物事は基本解決しない。

小沢 うん。しない。

妹尾 だから私自身、「主人公が間違ってる?」という気持ちが描いていてずーっとあって、でも開き直って描いていたんです。けど、『スティーブズ』(※Apple創設者たちの若き日をモデルにした漫画。電子書籍サイト「パブー」で公開)を描き始めてみたら、ジョブズが完全に太陽……いや、太陽よりもヒドい! 

米光 うんうん。

妹尾 Macintoshを作った人間も全員、「二度と一緒にやりたくないけど、楽しかった」と言っているんです。ジョブズもそれはわかっていて「僕と一緒に仕事をした人間は、二度と一緒に仕事をしたくないと思っているでしょう。でも、こんな経験は二度と出来ないでしょう」とも言っていて、そこでようやく「あ、いるんだ、こんな人!」と思えたんですよね。それからだいぶ吹っ切れて、描けるようになりましたね。

小沢 例えば、本腰を入れてリアルな制作現場の話を描くという方法論もあると思うんです。それは出来なくはないし、やると安心する。でも、じゃあ野球漫画がリアルな野球選手の苦悩を描くべきか否か、というのと同じで、架空のものを描いている以上、どこかに理想とか夢とか希望っていうのを入れていかなくちゃいけない、とは常に思っています。

米光 確かに、野球漫画で魔球を描くとプロ野球の選手は読めないのか、というとそんなことはないもんね。

小沢 作品のテーマとして王道なのは、野球、警察、病院ものあたりかな? この辺の人たちは描かれ慣れしているかもしれないですけど、正直、ゲーム業界の人は描かれ慣れしてないっていうのはあるかもしれません。

妹尾 ちょっと不安なのは、『トイボ』を読んで、こういう現場が普通だったり、太陽みたいなディレクターが当たり前と勘違いする人が出てきやしないか。悪影響をゲーム業界に与えはしないかと。

小沢 でも、『キャプテン翼』を見てサッカー選手になった人間は、Jリーグにも、それこそヨーロッパでも山のようにいる。そして、翼君みたいに魔球が蹴れなくても優秀な選手はいっぱい出ているんだから、そこはそんなに危惧しなくても大丈夫だよ。
(オグマナオト)

後編へ続く