平成の天皇即位の礼はいまからちょうど25年前、1990年に東京で行なわれました。30代以上の世代には、天皇・皇后両陛下がオープンカーで都心をパレードされたことを覚えている方も多いでしょう。
しかし、その前の昭和天皇の即位大礼が行なわれたのは東京ではなく、かつての都である京都でした。

さらにさかのぼれば、大正天皇の即位大礼もやはり京都で行なわれています。ようするに天皇の即位式は、平成になって初めて東京で挙行されたのです。この事実からすれば、じつは日本の首都が真の意味で京都から東京に移ったのは明治維新より120年以上も経った平成になってからと言うこともできるのではないか……と、ふと考えたのですが、さすがに無理がありますかね。

宮中の理不尽なしきたりに戸惑う篤蔵


さて、TBSの日曜劇場「天皇の料理番」第9話(6月21日放送)は、パリでの修業から帰国した篤蔵(佐藤健)がいよいよ題名どおり天皇の料理番=宮内省の大膳寮の厨司長となり、大正天皇の即位大礼の大饗で供する料理づくりという大仕事を任されることになります。
2000人分の食用ザリガニはなぜ逃げたのか「天皇の料理番」今夜10話
ドラマ「天皇の料理番」(TBS系・毎週日曜よる9時〜)第10話では、篤蔵と俊子がふたたび結ばれ家庭を築き10年の時が経つ

しかしいざ厨房に入ったものの、リンゴなどの果物を切ってお上(天皇)にお出しするのは、「腹を切る」に通じるとの理由でご法度と教えられるなど、篤蔵は宮中の理不尽なしきたりに戸惑うばかり。しかも篤蔵から何を言ってものれんに腕押しで張り合いがない。
彼が陰でこっそり「売られたケンカは買えやー!」と叫ぶのもわかります。

このとき篤蔵は弱冠26歳(ちょうどいまの佐藤健の実年齢と同じです)。大膳寮には、洋食部の主厨で最古参の宮前(木場勝己)をはじめ年長者がたくさんいるのが厄介です。即位大礼の大饗の献立は篤蔵に一任されていたにもかかわらず、宮前が自分で考えた献立を持ってきたりするのがまたイヤーな感じ。若僧が自分より年上の料理人たちを取り仕切ろうと苦心する描写は、21世紀の日本の各職場で年功序列が崩れつつあることを思えば、非常にいまっぽくもある。

一方で大膳頭の福羽(浅野和之)のように、篤蔵をさりげなくサポートしてくれる人もいるのが心強い。
篤蔵があれこれと考えた末、献立にザリガニを入れることを決めたときも、宮内省内では反対の声が上がるなか、ひとり前向きに応じてくれたのが福羽でした。福羽は、北海道・旭川の師団(つまり軍隊)に協力を要請して、大饗に招待された2000人分の食用ザリガニを無事に調達してきます。

ザリガニを出すというアイデアはもちろん、パリで恋仲になったフランソワーズ(サフィラ・ヴァン・ドーン)との馴れ初めがザリガニの大食い競争だったことから思いついたものでした。それにしても帰国した篤蔵は、かつて世話になった食堂・バンザイ軒の女将・梅(高岡早紀)からまたぞろ口説かれるわ、元妻の俊子(黒木華)となぜか東京で再会して同じ屋根の下で暮らすことになるわ(そもそもザリガニを晩餐会のメニューに入れることに決めたのは俊子の一言がきっかけでした)、何だかますますモテ度が上がっているようです。

生けすから大量のザリガニが逃亡!


即位大礼が迫るなかで、大膳寮の料理人のジャガイモの皮の剥き方を見かねた篤蔵は、思い切って厳しい条件をつけます。料理人たちは意外にもそれに奮起し、かえって厨房にはいいムードが生まれます。ただ一人、宮前だけはそんな篤蔵のやり方に不服の様子。


そんなふうに波瀾を予感させながらも即位大礼を迎えます。京都の二条離宮(二条城)の仮設厨房に運ばれたザリガニは、調理するまで一晩のあいだ流水を絶やさないよう生けすに入れられていました。が、翌朝、篤蔵たちが出勤すると、生けすが空っぽになっています。水道の蛇口にはいつのまにか布がかぶせられており、どうやらザリガニたちはそれを伝って逃げ出してしまったようです。

いったい蛇口に布をかぶせたのは誰なのか、そしてその意図は何だったのか? 最終的に“犯人”は宮前だと判明するも、それはけっして篤蔵にいやがらせをするためではなかったことがあきらかにされます。今話の前半で、篤蔵が宮前から天皇の耳障りとならぬよう厨房では静かにすることを口酸っぱく言われていたのが、ここへ来てしっかり伏線の効果を発揮していたことにも感心しました。


宮前を演じる木場勝己を見て、「3年B組金八先生」のシリーズ末期に桜中学に赴任してきた傲岸不遜な校長役を思い出した人も多いのではないでしょうか。今回の宮前もいかにも腹に一物持っていそうな役柄で、ドラマに緊張感をもたらしていました。

第9話ではこのほか、篤蔵の応援のため華族会館時代の師匠である宇佐美(小林薫)以下、先輩だった奥村(坪倉由幸)に辰吉(柄本佑)と昔なじみも勢ぞろい。終盤では、郷里で床に臥せていた兄・周太郎(鈴木亮平)が、篤蔵が見事に大任を果たしたことを知って息を引き取ります(それにしても、鈴木亮平のやせっぷりは本当に病人のようで鬼気迫るものがありましたね)。さらに篤蔵と俊子もよりを戻し、まさに大団円といった趣きがありました。

……いやいや、ドラマはまだ終わりじゃありません! 今夜放送の第10話では、貞明皇后(昭和天皇の母親!)らしきやんごとなき女性が登場したり、さらには関東大震災も起こるようです。

2000人分の食用ザリガニはなぜ逃げたのか「天皇の料理番」今夜10話
第10話より。大震災に見舞われた東京で篤蔵はどんなことに遭遇するのか

そういえば俊子役の黒木華は、NHKの朝ドラ『花子とアン』ではいいなずけを関東大震災で喪っていましたっけ。脚本の森下佳子が関東大震災を描くのも朝ドラ「ごちそうさん」以来のことで、今回はどんなふうに描いてみせるのか、おおいに気になるところです。

おまけの豆知識


即位大礼の大饗の場面に出てきたデザートの一つ「富士山のアイスクリーム」は「グラス・フジヤマ」と呼ばれ、長らく宮中晩餐会のメニューには欠かせない存在でした。戦後も、来日したイギリスのエリザベス女王やフランスのミッテラン大統領などに供されています。高さは20センチほど、抹茶のアイスクリームで山裾の緑が、生クリームで雪が表されているとか。
(参考文献/渡辺誠『もしも宮中晩餐会に招かれたら』、講談社編『日録20世紀スペシャル4 天皇家の1世紀』

(近藤正高)
エキレビ!天皇の料理番のあらすじ・レビューまとめ