もっとも、私の電書購入が加速度的に増えたのは、ごく最近で、今年に入ってからのこと。

9月に入ってラインアップも新たに開催中のこのフェアは、ちくま学芸文庫・中公文庫・角川ソフィア文庫・河出文庫・講談社学術文庫・平凡社ライブラリーの学術系文庫6レーベルから各社の編集長が計300冊を選んだもの(「チチカカコヘ」は各レーベルの頭文字をつなげたもので、南米にあるチチカカ湖に掛けている)。期間中はクーポンを入手すれば30%引きで購入できる。学術系の文庫は、普通の文庫とくらべると割高の本も多いので、これはありがたい。前回は9冊買いこんだが、現在開催中の同フェアもまた知的好奇心をくすぐられるラインアップで目移りしてしまう。
というわけで、この記事では、私の気になる本を各レーベルの選書の傾向などとあわせて紹介してみたい。なお、クーポンが使えるのは明日、24日いっぱいなのでご購入される方はお早めに!
背伸びしたいあなたにちくま学芸文庫
、ちくま学芸文庫の創刊は1992年と、私が背伸びしたい盛りの高校時代だっただけにいまだに鮮烈な記憶が残る。今回のフェアで選ばれた岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』と吉本隆明『悲劇の解読』は、まさに創刊時のラインアップに入っていたものだ。
創刊20周年の際に作成されたマッピングを見てもあきらかなように、ちくま学芸文庫ではこれまで、思想・哲学に関する本が初心者向けから上級者向けまで幅広く刊行されてきた。その傾向は、今回の選書にも反映されている。たとえば、入不二基義『相対主義の極北』という本は、「足の裏のところの地面には影があるのか?」という著者の息子の問いに答える形で書き出されていて、いきなり心を鷲づかみにされてしまう。

あるいは動物学者の日高敏隆の『人間とはどういう動物か』という本も、哲学の大本にあるのがずばり「人間とは何か?」という問いだと考えれば、非常に気になるところだ。
昭和史物ならまかせろ、中公文庫
檀一雄『檀流クッキング』、辰巳浜子『料理歳時記』、それからこの春から夏にかけて放送されたドラマ「天皇の料理番」のモデル・秋山徳蔵の『味 天皇の料理番が語る昭和』など、料理本の名著が並ぶ中公文庫のラインアップ。
それ以上に際立っているのは、昭和史物の充実ぶりだ。
理数系もきっちりおさえる角川ソフィア文庫
『ビギナーズ・クラシック 中国の古典』シリーズをはじめ、南直哉『自分をみつめる禅問答』などの仏教本、世阿弥『風姿花伝・三道』や渋沢永一『論語と算盤』など古典の現代語訳と、入門書的な本を取りそろえたラインアップである。
今回のフェア全体を通して理系の本が意外と少ないなか、角川ソフィア文庫からは今回、数学の入門書を中心にかなりの点数の理数系の本が選ばれていることにも注目したい。ためしに木村俊一『数学の魔術師』を立ち読みしてみたところ、まえがきでいきなり「数学の出来る人は頭の回転が速い、という迷信がある」と断言されていて、数学に弱い自分にもがぜん興味が湧いた。
『世界の歴史』全巻大人買いはいかが? 河出文庫
河出文庫のラインアップでまず気になるのは、『世界の歴史』全24巻。この機会に全巻そろえて大人買いしてしまうか、それとも気になる巻だけとりあえず買うか悩むところだ。ちなみに第22巻の『ロシア革命』の著者は、『育児の百科』などの著作で知られる小児科医の松田道雄であるといったぐあいに、著者の選定もかなりユニーク。シリーズの刊行は1960年代とかなり古いが、それをいまだに出し続けているところに版元の自信がうかがえる。

全集物でいえば、古典の現代語訳シリーズからも何点か入っている。とくに福永武彦『現代語訳 古事記』は、ちょうど福永の息子・池澤夏樹が個人編集の「日本文学全集」で『古事記』を現代語訳しているので、読みくらべてみるのも面白そうだ。
このほか、ミシェル・フーコー『知の考古学』、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの『千のプラトー』『アンチ・オイディプス』と、フランス現代思想の大著も気になる。紙版の場合、文庫でもかなりの分厚さだが、電子書籍なら端末さえあればいつでもどこでも手軽に読むことができる。案外、移動中などちょっとした空き時間を見つけては、チビチビ読んでいくほうがこういった本にはふさわしいのかも。
常識をちょっと疑ってみせる講談社学術文庫
講談社学術文庫にかぎらず講談社の電子書籍は、全点あるいは文庫などを対象に割引がわりとちょこちょこ行なわれているので、そのたびについ買いこんでしまう。今回のフェアで選ばれたなかにもすでに買ったものもちらほらある。それもたいていは、一気に読むのではなく、やはり思い出してはチビチビ読むことが多い。西田正規『人類史のなかの定住革命』はその一冊。これは、人類はなぜ、本来の遊動生活から色々と不都合も多い定住生活へと移行していったのかという壮大な謎を追究したものだが、毎回ページを開くたびに発見がある。
講談社学術文庫の特色としては、常識をちょっと疑ってみるというか、べつの視点からとらえ直すような本が全体的に多いような気がする。たとえば、「無能無策」な江戸幕府が黒船の「軍事圧力」に屈して不平等条約を強いられたという「日本史の常識」を検証する加藤祐三『幕府外交と開国』は、まさにこれに当てはまる。
あなたの知らない世界へ誘う
学術系の文庫で一番クセが強いのでは? と思わせるのが、平凡社ライブラリーだ。マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』『共産主義者宣言』(日本では従来、『共産党宣言』と訳されてきた同書だが、なぜこのような改題になったのかは本書を参照)をはじめ重量級の本があるかと思えば、『細野晴臣 インタビュー THE ENDLESS TALKING』(細野晴臣・北中正和)があったり、はたまたルイス・キャロル『少女への手紙』、佐伯順子『美少年尽くし』といった本までラインアップに入っている。
こちらはまだ電子書籍されていないが、平凡社ライブラリーからは最近、『新装版 レズビアン短編小説集』と『古典BL小説集』なんて2冊が同時に刊行されていたりする。このレーベルをもしキャラ化するなら、いろんな意味で怪しい/妖しい世界を教えてくれるクラスメイトとでもなるだろうか。
このように、学術系文庫にも各社それぞれカラーがあることがわかるのも、出版社の垣根を超えたフェアならではだろう。欲をいえば、今後はこの6レーベル以外にも、岩波現代文庫や文春学藝ライブラリーあたりが参加してくれるとうれしいのだが。
(近藤正高)