NHK BSプレミアムで「洞窟おじさん」としてドラマ化した本『洞窟オジさん』が、文庫化された。13歳で家出、足尾銅山の洞窟で暮らしはじめてから43年もの間サバイバル生活を続けた男性の記録だ。

43年間サバイバル生活「洞窟おじさん」注目すべき意外なポイント
『洞窟オジさん』加村一馬著/小学館


→ドラマ完全版レビュー

なぜ洞窟に!?


著者・加村さんは、1946年、終戦直後の群馬県にうまれた。貧しい日々を送る中、親からの暴力に耐えられなくなって家出を決意した。8人兄弟のうち、自分だけがひどく殴られ、棒で突かれ、墓石に縛り付けられて放置されていたという。

マッチや調味料、スコップなど、独立して生きるための道具を家から持ち出し、「ここまで来たら見つからないぞ」と思えた場所は、その頃すでに廃墟に近づいていた足尾銅山だった。

数々のスーパーレア体験


野山に潜伏し、ヘビをさばき、イノシシに追いかけられるような日々が続く。多種多様なサバイバル術で生き延びていくさまは、感心しっぱなしだ。後から加村さんを追いかけてきたという愛犬シロとの信頼関係には感動もある。

だが、加村さんの体験記を最高にスペシャルなものにしているのは、43年という長いサバイバル生活の期間が、そのまま「戦後復興から高度成長」という日本社会の大変化時期と重なっていて、国内で文明に接していたことだ。
戦争が終わったことに気付かずにジャングルにずっと潜伏していた日本兵とは大きく異なる。

大変化していく社会


山中での生活を何年も続ける加村さんは、ある日、山にどんどん造られていく道路に、休憩所のような建物がぽつぽつ出現していく様子に気付く。ドライブインだ。

字も読めないから何円札を自分が持っているかも分からない。おそるおそる紙幣を出し、渡したお金よりたくさんの数のお金を返されること(おつり)におびえながら、見たこともないカレーライスや、当時日本に普及しだしたバナナに衝撃を受ける。

好奇心はかなりあるようで、こういう「最先端文明にちょっと触れる」ことを繰り返す。時々山から出てきては「人間社会は、今こうなってるのか…」と薄々知ることになるのだ。
しかし、彼は決して人間社会には戻らなかった。

経済発展を見つめる目


そうした「海底在住、たまに浜辺に出てくる浦島太郎」という状態が、何十年も続く。空腹のあまり道に倒れ、おまわりさんのお世話になった時も、焼肉弁当をごちそうになって助けられる。1976年に創業された「ほっかほっか亭」系のテイクアウト弁当だ。

便利な物やおいしい食べ物の良さは素直に認めたり、「こんなものはいらないな」と思ったり、色々思い悩んで樹海で自殺未遂してみたり、最終的には社会復帰もした洞窟おじさん。紆余曲折し、「自分はどう生きたらいいのか」を考えて取捨選択していく。


戦後復興、東京オリンピック、新幹線、あさま山荘事件、ディスコブーム。洞窟おじさん・加村さんは遠く離れた場所からそれらをずっと感じていた。本の中では年代ごとに、日本でどんな事件や流行があったかも随時解説されていて、とても臨場感がある。

復興から一直線ストレートに経済発展してきた日本社会とは対照的な彼からの視点が、日本の辿ってきた道を振り返る意味でも、とても楽しめる一冊だ。
(香山哲)