今夜(12月28日)9時からTBS系でスペシャルドラマ「赤めだか」が放映される。落語家・立川談春が師匠の立川談志とのかかわりをつづった同名のエッセイを原作とするこのドラマでは、若き日の談春に二宮和也(嵐)が、談志にビートたけしが扮する。


たけしと談志は、もとは談志門下だったダンカン(今回のドラマでは柄本時生が演じる)がたけし軍団に移籍したり、たけし本人が落語立川流に入門して「立川錦之助」の名を与えられたりするなど、かなり近しい関係にあった。今回のドラマのなかでも、ダンカンがたけしのところに行きたいと言い出して、談志が「ビートたけしか?」と聞き返すシーンが出てくるとか。それを台本で読んだたけしは、まさか自分自身も出てくるのではないかと心配したと、二宮和也との対談(ドラマ公式サイトに掲載)で語っている。

最近、伊東四朗があるラジオ番組で、近い時代の人物を演じるのは、なまじ映像などが残っているので演じにくいといった意味の発言をしていた。伊東いわく、NHKドラマでの元首相・吉田茂役こそ引き受けたものの、劇作家・演出家の菊田一夫の役を依頼されたときにはさすがに本人を知っているだけに断ったらしい。

今回のたけしも、よく知る談志を演じるにはそれなりの苦労があったのではないか。
とはいえ、これまでたけしはドラマや映画で実在の人物をかなりの数演じてきた。そこで扮したのは談志に負けず劣らない、いやそれを上回るであろうクセモノぞろい。いずれもたけしだからこその配役であることは間違いない。この記事ではそれら作品を振り返ってみたい。
立川談志、連続殺人犯、イエスの方舟、東条英機……ビートたけしが演じた実在人物
『池端俊策 ベスト・シナリオ セレクションII』三一書房。当記事で紹介した「昭和四十六年、大久保清の犯罪」「イエスの方舟」のシナリオを収録。巻末には池端とTBSの八木康夫プロデューサーとの対談もあり)

善悪両方のイメージを持つために犯罪者役に


漫才コンビ「ツービート」の片割れとして1980年のマンザイブームで頭角を現したたけしは、翌81年放送開始のラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」とテレビバラエティ「オレたちひょうきん族」に単独で出演、カリスマ的な人気を集めることになる。

俳優としても81年公開の映画「マノン」(東陽一監督)、82年放送の連続ドラマ「刑事ヨロシク」(TBS系)などに出演しているが、エポックとなったのはやはり83年公開の大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」だろう。同作での好演は俳優・ビートたけしを広く印象づけるに十分だった。
しかし、当のたけしは、劇場に足を運んだ際、自分が出てくる場面で大爆笑が起こったのにショックを受ける。そこで善悪両方のイメージを持つために、悪い役をやらなきゃいけないと思ったという(「東京新聞」2014年1月18日付)。

TBSのドラマ「昭和四十六年、大久保清の犯罪 ~戦後最大の連続女性誘拐殺人事件~」(1983年)で、たけしが実在の殺人犯・大久保清の役に起用されたのはちょうどそんな時期だった。

1971年に起きた事件自体は本当に陰惨でひどい事件である。大久保はベレー帽にルパシカという出で立ちで芸術家を装い、次々と女性に声をかけては自分の車に誘い込んで、そのうち8人を殺害した。ドラマはこの事件のルポルタージュである筑波昭の『昭和四十六年、群馬の春 大久保清の犯罪』(1982年)を原作している。


たけしの起用は、当時TBSのディレクターだった八木康夫が決めたという。八木は当時30代ながら本作でプロデューサーとなり、気鋭の脚本家だった池端俊策に脚本を依頼した。

池端は事件を単なる猟奇事件として描くことはせず、事件の背景として大久保と母親の関係に注目する。母親から過保護に育てられた大久保は、ひ弱な分だけ他人に対して攻撃的な人間になってしまったのではないかと考えたのだ。逮捕後も頑なに自供を拒んできた大久保だが、母親との面会後、ようやく真相を刑事に話し始める。このとき親子のあいだでどんな会話がなされたかは不明だが、池端はそこを想像をふくらませ、物語のクライマックスとしている。


たけし、宗教団体の代表を演じる


「大久保清の犯罪」が視聴率35パーセントという思いがけない数字をとったため、続けて八木と池端がたけし主演でドラマをつくることになった。そこで池端が題材として提案したのが「イエスの方舟」という宗教団体だった。教団の代表である千石剛賢(劇中では京極武吉)をたけしが演じたドラマは1985年、TBSで「イエスの方舟 ~イエスと呼ばれた男と19人の女たち~」というタイトルで放送されている(現在、TBSオンデマンドで有料配信中)。

イエスの方舟は信者と共同生活を送りながら、聖書を読むという会だった。しかし入信したなかには、両親らとの不和から家出した女性も多かった。そのため、1970年代半ばには娘を取り返そうとする家族とのあいだで軋轢が生じるようになり、やがて千石は信者を連れて各地を転々とするようになる。この間、マスコミを通じてイエスの方舟へのバッシングが高まり、社会問題にまで発展した。


相談してくる人を誰でも受け入れてきた千石は、いろんなものを背負いこむうちにやがて心身ともに限界に達する。劇中でいえば、小林聡美演じる信者の家出少女に一緒に死のうと言われた千石(京極)が、睡眠薬をむりやりウイスキーで飲むというシーンは象徴的だ。背負いきれないものを背負っているところが、多くの弟子を抱え、彼らの面倒を見る現実のたけしともどこかオーバーラップする。

なお、このドラマでとりあげられた宗教と家族というテーマはその後、1993年放送のたけし主演のドラマ「説得――エホバの証人輸血拒否事件」(TBS、山元清多脚本)でまた違った形で描かれることになる。

ゴッドファーザーの役にも挑戦


1989年6月に亡くなった戦後歌謡界の女王の生涯を描き、同年12月に放送されたスペシャルドラマ「美空ひばり物語」(TBS系)でたけしは、少女時代のひばりの興行を仕切っていた山口組三代目組長の田岡一雄に扮する。これは、ひばり役の岸本加世子に頼まれての出演だった。山口組といえば神戸を拠点とする日本最大の暴力団だけに、たけしは制作に際し「(依頼を受けた当初)下手に演じて関西方面に行けなくなっても困るって断ったんだけどね」と冗談めかしてコメントしている。


自ら熱望した役を演じる


フジテレビの「実録犯罪史シリーズ」の第1弾として放送された。原作は本田靖春のノンフィクション『私戦』。脚本を「夢千代日記」「花へんろ」などの代表作があるベテラン・早坂暁が手がけた。

主人公の金嬉老(キム・ヒロ)は、1968年、借金をめぐるいざこざから静岡県清水のクラブで暴力団員2人を殺害後、同県内の寸又峡の旅館に立て籠もった在日朝鮮人である。旅館では経営者家族と宿泊客を人質にとりながら、マスコミを集めて、在日朝鮮人に対する差別の現実を訴えた。メディアを利用したという点で、のちにいう「劇場型犯罪」の走りともいわれる。

じつは前出の「イエスの方舟」の制作前、TBSの八木がたけしから金嬉老をやりたいと言われたというから、彼にとっても以前から思い入れのある題材であったようだ。放送時の告知記事でも「この役は、ほかの俳優より自分が演じたほうがいい」と並々ならぬ熱の入れようを見せている。

冒頭の殺害シーンのほか、自分に差別的な罵詈雑言を浴びせた刑事(森本レオが演じている)に強い怒りをぶつける金だが、一方で、人質にはけっして手を出さず、旅館経営者の子供に小遣いをやったり、相手の事情を聞いて解放したりする気遣いも見せる。その落差にこそ、たけしは関心を抱いたのかもしれない。

原作者の本田によれば、放送後、幅広い層から差別について考えさせられたとの手紙が寄せられたという。現実の金嬉老は、1975年に無期懲役の実刑判決が下り、ドラマ放送時には服役中だった。その後1999年に仮釈放され、韓国に帰国するのだが、その際空港でたけしに宛てて「演じてくれてありがとう」との手紙を書き送っている。

幻に終わった企画――「田中角栄」「小野田寛郎」


2000年12月にフジテレビで放送された「三億円事件――20世紀最後の謎」では、迷宮入りとなった1968年の東京・府中市での三億円強奪事件を3人の男の共謀として描き、その主犯格をたけしが演じた(このドラマについては以前べつの記事で触れている)。

フジテレビの栗林美和子プロデューサーはこのときたけしを起用したのを機に、さらに彼を主演に新たなドラマの企画を練る。それが津本陽の長編小説『異形の将軍 田中角栄の生涯』のドラマ化だった。2003年末には翌春放送予定で制作が発表され、元首相にしてロッキード事件の被告だった田中角栄を演じるとあってたけしは「今度は総理大臣と思ったら、やっぱり捕まった人だった」とジョークを飛ばしている。しかし、その後、田中の遺族から承諾を得られなかったとの理由で制作は中止された。これについて公人をドラマにするのに承諾は必要なのか議論も呼んだ。

たけしの主演が決まりながら幻に終わった企画はこれが最初ではない。1994年には、戦後もフィリピンで戦い続けた元陸軍少尉・小野田寛郎をドラマで演じる企画があり、小野田本人からも直接話を聞くなど準備を進めていたものの、直後にたけしがバイク事故を起こして中止になったという(「東京新聞」2014年1月18日付)。このほか、画家の岡本太郎のドラマのオファーもあったと、いつだったかたけし自身がテレビで話していた記憶がある。田中角栄のドラマも含め、いずれも実現しなかったのが惜しい。

たけし・八木・池端トリオの集大成


田中角栄を演じることはかなわなかったが、2008年には同じく元首相で日米開戦を決定した東条英機の役にたけしが抜擢されている。この年12月にTBS系で放送された「あの戦争は何だったのか 東条英機と日米開戦」がそれだ。原作は評論家の保坂正康の『あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書』(2008年)。

本作では主演のたけしに加え八木康夫プロデューサー、脚本の池端俊策が再結集した。首相という役柄、国の命運の分岐点を扱ったそのテーマといい、TBSのというか、彼ら3人による実録ドラマの集大成といった趣きがある。さらに演出は鴨下信一と、TBSで数々の名作ドラマを手がけてきた大御所ディレクターが起用された。

鴨下は、主役が実在の人物に似せるということが最近のドラマでは無視されがちななか、たけしが東条英機にそっくりだったこと、またその漫才で鍛えられた声を絶賛している(「調査情報」2009年1・2月号)。

オンタイムで視聴した際、たけし演じる東条首相が、開戦1週間前、1941年12月1日の御前会議で開戦決定を報告、会議の終わりに昭和天皇の前で泣きながら言葉を述べた場面が印象に残った。原作者の保阪の著書によれば、実際に東条が泣いたのは、その夜、首相官邸に戻って一人になってから(家族がその姿を目撃している)だというのだが(『東條英機と天皇の時代(上)』)。

前出の鴨下によれば、池端の脚本は事実を重ねつつ、ところどころで大胆な歴史解釈を加えているという。いまのところソフト化されておらず、再見がかなわないのが残念だ。

ここまで30年あまりにわたるたけしの出演作品を振り返ってみた。これら多くの作品で宗教、差別、戦争責任など、テレビでは忌避されがちなテーマが扱われていることにあらためて驚かされる。

たけしの実在人物のハマり方は、いわゆるモノマネ的なそれではない。容貌や声の似ていないものも結構あるが、演じるどれもこれも説得力に満ちているのはどうしたわけか。それは単なる役づくりを越えて、芸人として彼が培ってきた何かと言うしかなさそうだ。

先述の田中角栄のドラマの制作発表で、彼は「真似しないように気をつけ、いつのまにか似てくるのがベストだね」と語っている。今回の「赤めだか」も予告編を見るかぎり、たけし演じる談志はまるで本人に似ていない。しかし全体を通して見ればきっと「似ている」のではないか。きょうの放送を座して待ちたい。
(近藤正高)