又吉直樹作、第153回芥川賞受賞作品「火花」3話。

スパークスが受けたオーディションに寝ている審査員がいた。

又吉直樹原作ドラマ「火花」芸人にとって夢のような彼女・真樹のモデルを考察
イラスト/小西りえこ

神谷、思ってたよりヤバい奴だった


ネタ見せ終了後、寝ている作家に対して徳永(林遣都)は相方の山下(井下好井・好井まさお)に愚痴をこぼした。しかし、神谷(波岡一喜)はネタの最中に真っ向からケンカを売った。「寝てはりますやん」その後もボケなのか本気なのか周りが判断できない言葉で作家を挑発。部屋を出ると、大きな声で「しょーもないオーディションやったな!」。さらには他の芸人におもろい顔やってみてと絡みだした。破天荒な芸人というイメージで見ていたが、まさかこれほどとは。思ってたより全然ヤバい奴だった。


色々な噂はあるが、神谷のモデルとなった人物について原作者・又吉直樹は「色々な先輩を混ぜた」とコメントを残している。確かに昔ながらの大阪芸人の格好良い部分を足して足して、さらにそれを誇張させた事によって浮世離れした人間になったのだろう。

テレビのオーディションで寝ている人がいるというのはあまり聞いたことがないが、大きな賞レースの予選で寝ている審査員は、まぁそれなりにいる。目の前でネタをやっている人達は、その数分間のために一年間頑張ってきた人達なんだという事を忘れないで上げてほしい。

夢のような女・真樹


その神谷の彼女と思しき人物・真樹(門脇麦)が今話で初登場した。真樹は神谷の悪ふざけに丁度良い温度で付き合う。ノリノリでも、イヤイヤでもない。


神谷がカーテンで日光の当たり具合を調整し、寝ている徳永の顔に日焼けでブラックジャックの火傷を再現しようすれば、「やめなよ」と止めながらも楽しそうに笑う。徳永が身を捩らせて日光を避ければ、神谷と一緒になって布団を持ち上げて回転させる。

急に見せる変顔もそうだ。いきなり変顔を見せられても、よほどクオリティが高くない限り面白いわけがない。しかし真樹は、タイミングの強弱としつこさで徳永を笑わす。芸人である徳永にとっては、中途半端に面白い事をやられるよりも、これぐらいぬるいのが丁度良い。


だが、真樹はただちょっと面白いだけの女ではない。ちゃんと考えている大人の女性だ。初詣の願掛けが長かったのは、おそらく二人の事も願ってくれていたからだ。

神谷が「今年はどんな年になんねやろな」とつぶやくと、「良い年になるよきっと」と返した。この言葉は優しい。「今年こそは絶対に売れるよ」などと具体的に返事をすれば、神谷のような破天荒な人間はともかく、普通の男なら余計なプレッシャーになってしまう。
本業で稼げていない男にとって、これほど優しい返しはない。

真樹のモデル


神谷にはモデルが複数いたが、真樹にモデルはいないような気がする。なぜなら、売れない芸人の彼女として理想的過ぎるからだ。おそらく、今話の徳永と神谷が居酒屋でしていた“手品師と怪力と他にどんなスペシャリストがいれば完全犯罪が出来るか論争”のように、又吉はまだ売れていない頃に売れていない芸人の誰かと“売れていない芸人の完璧な彼女論争”をした事があったのではないだろうか。

第4話の「火花」では、徳永が幼少期に憧れた夢路いとし・喜味こいしのいとし師匠の訃報を知る。原作では「子供の頃からテレビで見ていた大師匠」と書かれていたシーンだが、ドラマ版では一体どう描かれるのだろうか。


(沢野奈津夫)