映画『この世界の片隅に』が今月6日、フランスでも封切られた。
同作は戦時中の広島を舞台に、実家の広島市内江波から軍港の町・呉の家に嫁いだ架空の主人公すずの日常を描いた物語である。
すでに同作は、フランスでは今年6月に行われたアヌシー国際アニメーション映画祭の長編部門で審査員賞を受賞しているが、今回の一般公開後、再び現地ではどのように捉えられたのだろうか。
軒並み高評価をつけた仏メディア
ル・モンド紙は「日本アニメの大きな力強さの1つは、架空の端役に至るまで現実味を帯させる方法にある」と前置きし「片渕監督は、広島の街中、家庭の中、取り巻く景観といった時代のうわべだけでなく、とりわけ日常の気持ちや主題について、綿密に復元作業をした」と、その精緻な作り込みを評価した。
パリジャン紙は「哀愁と高揚の間にあるとても独創的なシナリオ、心ひかれる登場人物が魅了する。とりわけ画のタッチには眼を見張るものがある。すずが描いたスケッチが、画面と混ざり合い、重なり合う。素晴らしい」と、同作の優しい画面描写を絶賛した。
テレラマ誌は「絵で描かれた登場人物に、生身の人間と同じくらい愛着を覚えるだろうか? すずと出会った後は、それを信じたくなる」と、すずへ親しみを寄せる。そして「小さな物語が、大きなことの中でゆらめく。手描きされたすずが、柔らかに色付けされ、満ちてふんわりとした風景の中に溶け込む」と、その世界観を好評した。
同作のメガホンを取った片渕監督も「フランス各メディアの好意的な批評もあり、実際にまだ作品を見ていないのにもかかわらず、上映したいと言ってくれている映画館もある」と、一般公開翌日にパリ市内の映画館「ステュディオ・デ・ウルスリーヌ」にて行われたマスタークラス(講演会)にて、その手応えを語った。
劇場で涙を流す高齢者も
片渕監督によれば、日本において『この世界の片隅に』は、アニメ映画であるにもかかわらず70代以上の戦中の日本を知る観客が多く訪れ、かつ共感も得ているという。
公開初日、実際に映画館へ足を運んでみると、フランスでもパリ市内の映画館では年配の観客も来ていた。もしかしたら、それら年配者たちは映画が見放題になるパスを契約していて、なんとなく『この世界の片隅に』を選んだのかもしれない。しかし、そうだとしても、そのとき居合わせた観客は飽きて途中退出することはなく、特に1人の高齢男性は、物語に合わせて声を押し殺しつつ泣いていた。国単位での歴史の大きな流れではなく、その中にある名もなき人々の生活を視点とし描くことにより、場所や状況は違っても共通して心に訴えるものがあったのだろう。
『この世界の片隅に』の制作スタッフ、そして日本のファンは、主人公のすずに対し親しみを込めて「すずさん」と呼ぶという。日本同様に、今後フランスでも「すずさん」は観客の心をつかみ伸びていくのか。船出は良好そうだ。
(加藤亨延)