マーベル史上初の黒人ヒーロー、ブラックパンサー
ブラックパンサーはマーベルコミックスにおける、アフリカ系初のスーパーヒーローである。コミックへの初登場は1966年。当初は『ファンタスティック・フォー』誌に登場した。アメリカにおいて人種差別を禁じた公民権法が成立したのが1964年。その後も黒人による反差別運動は過熱し、ベトナム戦争が終結する1970年代半ばまで続くことになる。その渦中にアフリカ系ヒーローを誕生させたわけだから、当時のマーベルはなかなか世情に敏感だったと言えるだろう。
また1960年代はアメリカン・コミックスにおいて"シルバーエイジ"と呼ばれる黄金期のひとつにあたる。
シルバーエイジのヒーローは人間的なもろさや多様性を持っているのが特徴で、例えばスパイダーマンで言えば「普通の高校生」である部分を押し出した作劇などにそれが見て取れる。アフリカ系ヒーローでありアフリカ大陸に存在する王国を統べる王という、ちょっと変わったスーパーヒーローであるブラックパンサーが成立した理由には、こうした土壌もあった。
怒涛のごときブラックカルチャー全部乗せ
『ブラックパンサー』はアフリカにある小国、ワカンダから始まる。ワカンダには先史時代に落ちた隕石から採れるヴィブラニウムという超金属の巨大な鉱床があり、その力で他国よりも数世代進んだ文明を築いていた。が、ヴィブラニウムを乱用されることを恐れ、外向けには貧乏な農業国という体面を保ち、半ば鎖国するようにして国家を維持している。
"ブラックパンサー"とは、代々ワカンダ国王がその名を継ぐクロヒョウの仮面をかぶった戦士だ。
父である先王ティ・チャカが死亡したことで、新たなワカンダの王として即位することになった王子ティ・チャラ。儀式を無事終わらせ、国王兼ブラックパンサーとなった彼の初仕事が、大英博物館に展示されていたヴィブラニウム製の斧を持ち出した武器商人ユリシーズ・クロウへの対処であった。クロウの取引を阻止しワカンダの秘密を守るべく、ヴィブラニウムの受け渡し場所である韓国に向かったブラックパンサー。だが、それはワカンダを狙う陰謀への入り口だった。
まずこのワカンダという国の設定がブラックカルチャーと密接に関わっている。元を辿れば奴隷として新大陸に連れてこられたアフリカ系アメリカ人は「自分たちには故郷がない」という思いがひときわ強い人々だ。彼らは自分たちのルーツであるアフリカに対して思い入れがあると同時に、宇宙開発時代になってからは抜け落ちたルーツに「宇宙」やSF的な要素を代入し、精神的支柱とする動きが一部で起こった。これをアフロ・フューチャリズムという。わかりやすいところで言えば、やたらとハデで宇宙的な要素が強いアース・ウインド&ザ・ファイアーのミュージックビデオはモロにそれだ。
それに照らし合わせると、ワカンダという国は「自分たちの故郷アフリカに宇宙から来た物質によって超文明が築かれているが、世界的には知られていない」という点でアフロ・フューチャリズムの強い影響下にある。
さらにティ・チャラ=ブラックパンサーを演じるチャドウィック・ボーズマンは『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男」でブラックミュージック最強のスーパースターであるジェームス・ブラウンを演じた男である。チャドウィックのちょっとハスキーな声はジェームス・ブラウンにかなり似ており、ほぼ「JBと同じ声帯を持つ男」と言っても過言ではない。
そのティ・チャラは王に即位する儀式の中でボクシングに近い動きから総合格闘技的な関節技に持ち込むが、ここからはアントニオ猪木と史上初の異種格闘技戦を戦ったモハメド・アリへのリスペクトが感じられる。かつてチャドウィックが演じたジェームス・ブラウンは、アリがジョージ・フォアマンに勝利したザイールでの有名なタイトルマッチの前座としてパフォーマンスをしていることを考えると、あながち穿ち過ぎとも思えない。最新技術を誇るアフリカの超文明国家の王がJBと同一人物……かっこよすぎる……!
というような感じで、とにかく『ブラックパンサー』はブラックカルチャーへの重層的な目配せがパンパンに詰まっている。
また、それ以前のマーベルスタジオ製スーパーヒーロー映画との関連が薄いため『ブラックパンサー』だけを単独で見てもそこまで辛くなさそうなのも嬉しい。「これ一本でも戦える内容にしたるで!」という製作陣の気合が感じられる。
新たなる王のカリスマに酔え!
ティ・チャラは先王の死によっていきなり王になっちゃった人である。
生まれながらの王ではないが王の器ではあるという役柄を、チャドウィック・ボーズマンは繊細に演じる。堂々たる体格と王座に座った時の威風は文句なくかっこいい。だが、ティ・チャラは元カノとしゃべるときはなんだかギクシャクしてしまうような、普通の兄ちゃんでもあるのだ。
そんな彼が悪戦苦闘しつつ試練に立ち向かい、やがては本物の王となる。死や先祖の霊、彼らが信仰する神々も介在するそのプロセスは古典的な英雄譚の趣があり、さながらアフリカの神話や伝説。そう、我々は神話を目撃してしまったのだ……。
映画を見に来たと思ったら神話を見せられてしまうので、終わった後しみじみと「おれも王に仕えてえ……!」という気持ちが湧いてくる。やっぱり自らの道を見極めつつ成長する若きカリスマの姿は魅力的。特に、ティ・チャラが最後にくだすある決断は「陛下すげえ……」という感動が。もう威風堂々たるワカンダ王の前に、我々はひれ伏すしかない……。「アフリカにある秘密の国の王様」というファンタジックな存在をここまで説得力をもって描いたという手腕には降参。見終わった後には「ワカンダ・フォーエバー!!」と叫ぶしかないのだ。ALL HAIL THE KING!
(しげる)
【作品データ】
「ブラックパンサー」公式サイト
監督 ライアン・クーグラー
出演 チャドウィック・ボーズマン マイケル・B・ジョーダン ルピタ・ニョンゴ レティーシャ・ライト ダナイ・グリラ ほか
3月1日より全国ロードショー
STORY
アフリカの小国ワカンダ。その実態はヴィブラニウムによって超文明を築いた国家であった。先王の死によってワカンダの王座を就いだティ・チャラは、武器商人ユリシーズ・クロウによって盗まれたヴィブラニウムを取り戻すべく行動を開始する