おととい最終回を迎えたNHK総合の土曜ドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」(略称「やけ弁」。夜8時15分~)。
このドラマは、神木隆之介演じる新米弁護士がスクールロイヤーとして中学校に派遣され、さまざまな理不尽に対し奮戦する様子を描いてきた。

最終回前の第5話では、いじめが原因で自殺未遂をはかった女子生徒・山下美希(森七菜)に、スクールロイヤーの田口(神木)が加害者生徒と学校を訴えることを提案、物語は急展開を迎えた。
「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」最終回で神木隆之介がめざした「その先」の景色
イラスト/まつもとりえこ

タヌキ校長と飄々弁護士がついに対決へ


とはいえ、スクールロイヤーとして知り得た事実をもって学校を訴えるのは、弁護士職務基本規定に違反する。田口は弁護士の資格を失うリスクを負ってでも、学校を訴えるのか……と思ったら、被害生徒の代理人としてベテラン弁護士・小柴(井上順)を立て、田口はあくまで一スクールロイヤーとして訴訟に立ち会うことになる(小柴は、田口が第3話で非正規教員の処遇をめぐって学校を訴えようとしたときも、被告の代理人を頼まれていた)。前回のラストで彼が「戦い方は一つじゃない」と言っていたのはこういうことだったのか!

しかし、実質的に学校と争うのはやはり田口。裁判前の第1回の和解交渉で、校長の倉守(小堺一機)と学校側の代理人となった田口の上司・高城(南果歩)、教務主任の三浦(田辺誠一)らを相手に、小柴は田口の言ったことにうなずくばかりで、倉守を「腹話術みたい」とあきれさせる。だが、これに対し、いきなり机を叩いたかと思うと「私が腹話術の人形だとも!?」とすごむ小柴。倉守もタヌキだが、小柴も飄々として、なかなか手ごわい。結局、最初の和解交渉は決裂に終わる。

田口が裁判を起こした目的は、単に加害者を反省させるということだけではない。さらに「その先」、壊れかけた学校のあり方そのものを問おうとしていた。被害者の山下はそんな田口を信じてすべてを託す。

田口の訴えの「その先」には何もないのか?


最終回ではこのあとも、「その先」という言葉がキーワードのように何度も出てきた。第2回の和解交渉では、田口が高城から「あなたがこの訴えの先に見ている道は、行き止まりよ」と早くも告げられる。
それというのも、加害者生徒4人のうち3人は主犯格の生徒にいじめを強要されただけの付属的加害者だと判明したからだ。それがわかってもなお4人一律に同じ処罰(具体的には転校)を求めるのか? それは被害者が本当に望んでいることなのか? 高城から追及を受け、田口は黙りこむ。

このあと彼はいったん席を外すと、校舎の屋上で三浦を相手に「本当にこの先、行き止まりなのかな。突き進んだ先にないのかな、学校の新しい景色」と口にする。これに三浦も「私だって見てみたいですよ。もし学校の新しい景色があるのなら」と返す。これまで対立を続けてきた三浦だが、いつしか田口と理想を共有するようになっていた。

このあと交渉の席に戻った田口は、主犯格も従属的加害者も加害行為を行なったことに変わりはないと、これまでの主張どおり4人に転校を求めると伝える。これに小柴も同調したのを受け、高城も腹を決めた。「そうなると……校長先生、保護者と生徒を巻き込んでこの問題を徹底的に議論するしかありませんね」と言われ、事なかれで済ませたい倉守はため息をつく。

加害者の「その先」にいる傍観者たちへ


2週間後、学校の体育館に保護者と生徒が集められ、学校側がこれまでの経緯を説明することになる。しかしそこには田口の姿はなかった。どうやら倉守校長の差し金で、教育委員会に呼ばれてしぼられているらしい。


説明会の冒頭での倉守のあいさつにはびっくりするほど内容がない。続いて三浦が具体的対策の説明に立つも、自分には正直どうしたらいいのかわからないと正直な思いを打ち明け、今後どうすべきか皆で議論をしたいと呼びかけた。しかしこれに無責任だ、丸投げだと保護者から大ブーイングが起こる。

そこへ颯爽と田口が現れた。「なぜああしろこうしろ、そっちが悪いんだろ的なことを言ってるんですか。これはあなたたちの問題だ!」。なおも保護者から上がる怒号に、彼は「この学校で一人の生徒が命を絶とうとしたんだぞ!」と一喝する。

「それは(と保護者席の方々を指しながら)あなた、あなた、あなたの子供だったかもしれないんだ。そのことがどれほど大事なことかわかってないんですか。これはサインなんですよ。学校が壊れかけてるサイン。その壊れかけてる学校に子供たちを預けるんですよ。
不安じゃないんですか!?」


ここでもキーワードは「その先」だ。女子生徒が出したサインの「その先」には、学校が壊れかけているという危機的状況があった。また、法律では加害者と、やらされていた従属的加害者、そこまでは罪に問えるが、さらに考えるべきは「その先」にいる、いじめを面白がったり囃し立てたり、見て見ぬふりをする傍観者という名の間接的加害者だ。

だからこそ、今回のこの問題に生徒も保護者も傍観者になってはいけない、黙っていないで声を上げようと田口は訴えた(それに耳を傾ける生徒のなかには、第4話で不登校になっていた小嶋〈山下真人〉の姿もあった)。三浦もこれに呼応して、「君たちのためにも、未来を生きる子供たちのためにも。新しいルール、一緒につくっていきませんか」とあらためて呼びかける。二人の提案に保護者と生徒たちもすっかり考え込んでしまう。

場面は変わって夏。小柴は新聞で、今回の一件が和解となったことを確認する。だが、田口は結局スクールロイヤーも高城の法律事務所からも解任されていた。職員室で寂しがる新人教師の望月(岸井ゆきの)が、先輩の駒井(濱田マリ)に「まさか惚れた?」と訊かれ、あわてふためく。

田口と三浦は被害者の山下に面会に訪れ、加害者の女子生徒4人は別室登校指導という扱いで、学校が一丸となって指導することになったと報告する。
いつまで別室登校を続けるかは彼女たちしだい。徹底的に議論した末に導き出した答えだった。これを聞いて山下も「頑張って学校に戻ろうかな」と明るい表情を見せる。

このあと、田口はあいかわらず生意気な口ぶりで三浦を激励して別れる。次の派遣先はのどかな海沿いの学校。さっそく初日、さっそく揉め事に介入しながら、張り切って校舎に向かうのだった――。

「その先」の学園ドラマをめざした意欲作


思えば、このドラマ自体が、従来とは違う「その先」の学園ドラマをめざして企画されたものだった。一般にはまだなじみの薄いスクールロイヤーを、学校と社会をつなぐ役目に据えたことからも、学校も社会の一部だという制作側の意図がうかがえた。

疲弊する教育現場にあって、ときに青くさい論理を振りかざしながらも、真正面からぶつかっていく神木隆之介演じる若手弁護士は、まさにハマり役。そんな田口と対立しつつも最後は一緒に問題に立ち向かうことになる教務主任の三浦役の田辺誠一も、神木とはすでに共演経験があるせいか、息がぴったり合っていた。

私としては、小堺一機演じる倉守校長のヒールっぷりにずっと目が離せなかった。最終回では、最初の交渉の終了後、ファミレスで作業をしていた田口に倉守がこっそり会いに来て、謝るから訴えを取り下げてほしいと頭を下げたかと思えば、拒否されるや舌打ちしてさっさと帰ってしまう(このとき、忘れ物に気づいて席に一旦また戻る動きが、コメディのお手本のようだった)。さらには、いざ新しいルールができあがると、それをさも自分が提案したかのように著書でアピールする始末。
おそらく彼はいままでもこうやって世の中を渡って来たのだろう。

そんなどこまでも食えない校長を追い落とすことはできなかったものの(そもそもそんなことは端から目的にはしていなかったわけだが)、確実に学校を目覚めさせたのだから、新米の田口としてみれば大勝利だ。

小堺一機でスピンオフが見たい!


余談ながら小堺一機といえば、いまから30年ほど前に放送された「セーラー服通り」(1986年)という学園ドラマに出演していたのを思い出す。その劇中、小堺扮する美術教師は、主人公の女子高生3人組(共同ペンネームでこっそり少女マンガ誌に連載していたのがバレ、学校で問題化してしまう)のよき理解者だった。

「セーラー服通り」が放送されたTBSの金曜夜8時台は、1979年の「3年B組金八先生」の第1シリーズ以来、長渕剛が型破りな家庭教師を演じた「家族ゲーム」(のちに神木隆之介出演でリメイクもされた)や田村正和が子供たちに振り回される小学校教師を演じた「うちの子にかぎって…」など、ドラマ史に残る数々の意欲的な学園・教育ものが生まれた枠だ。それは校内暴力やいじめなど教育現場でさまざまな問題が頻発していた時代も背景にしていたのだろう。「セーラー服通り」はこの枠の最後を飾るドラマとなった。

ひょっとすると、「やけ弁」で小堺演じる校長は、あのときの美術教師ではなかったか。もちろん、役名はまったく違うし、そもそも二つのドラマに関係があるはずもない。それでも私は、ついそんな妄想を抱いてしまう。生徒に理解ある教師が、30年かけて校長にまで昇り詰めたとはいえ、どういうわけか事なかれ主義に染まってしまった――。そんなふうに想像すると、がぜん小堺主演で校長の経歴を描くスピンオフが見たくなる。

(近藤正高)

※「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」はNHKオンデマンド(有料)でも配信あり
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