大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 
第28回「勝と竜馬」7月29日(日)放送  演出:岡田 健
「西郷どん」28話。犬を愛でる西郷さんに和ん…でる場合か 
大河ドラマ 西郷どん オリジナル・サウンドトラックII 音楽:富貴晴美
8月8日発売

大河ドラマ 西郷どん オリジナル・サウンドトラックII

犬との出会い 勝との出会い


禁門の変の後、三日三晩京都で火災が続いた。
負傷した長州兵たちの看病をするよう部下に命じ、焼け出された京都の民に食料を与えるなど気を配りながら、
亡くなった人たちの無念を思う吉之助(鈴木亮平)は生き残った犬を愛でる。
タイトルバックでも犬と大地を駆けているし、西郷さんの犬好き伝説がいよいよ描かれていくのだろうか。


その目線の先にふき(高梨臨)がいて、なぜこんなことになってしまったのか、誰が悪いのか、と問う。
薩摩も長州も幕府も朝廷もみんな悪いと吉之助は答える。
火事の跡を表すように画面は赤く染まっている。

天子様付きの慶喜(松田翔太)はすっかりお怒りの様子で長州征伐にかかれと勅令を下し、吉之助は足の負傷をおして慶喜に進言に向かう。
その途中、吉之助を心配し止めようとしてかえって足に負担をかけてしまう虎(近藤春菜)というコントコーナーが。
いるのか、これ・・・。
そんな一視聴者の疑問はお構いなしに、杖をつきつき慶喜の屋敷に行くと勝海舟(遠藤憲一)が先に来ていた。
すれ違いざま、勝は「西郷どん?」と急に親しげに話しかけてくる。

吉之助は慶喜と話しているとふきが入って来て「戦などおやめください」と訴える。
ふきは“かよわき民”代表として訴えるがさすがの吉之助も「ここはおなごのくるところでなか」と追い出す。
吉之助は慶喜に役目をくれと頼むと、戦をしたくないという勝を説得しろと命じられる。

竜馬との出会い


勝に会いに行くと、坂本竜馬が軽やかな劇伴に乗って颯爽と現れ、「偽物か?」と吉之助を疑い追い返そうとする。
この選曲は、この時代にブーツを履いているほど竜馬がほかの人たちと比べて異色な存在であることを強調しているのだろう。
いるだけで風が変わるような。でもこれ小栗旬ほどの俳優ならば音楽の力を借りずに芝居だけでできると思うのだ。へんに音楽だけが目立って残念な気持ちになった。

銃まで取り出したところ「西郷どん」と勝がにこにこやって来た。遠藤憲一の勝海舟はヒトのいいおじさんみたいに見えるのだがこれでいいのか。

民を見捨てることはできなという吉之助に、勝は斉彬を懐かしむ。
勝は斉彬にいろいろ教わっていた。
分かる者が集まってこの日本を動かしていくと言っていたのが斉彬で、その要になるはずだった慶喜が、いまやすっかり別人のよう。
勝は吉之助に「もう幕府なんざ見限るこった」(「見限るこった」とリフレイン)と書状を燃やしてしまう。

竜馬は吉之助を観察し、「大きゅう揺れちょりました 釣り鐘みたいに」「小そう打ったら小そう響き、大きゅう打ったら大きゅう響く」と意味深なことを言う。

こうして、吉之助と勝と竜馬の出会いが済んだ。サブタイトル「勝と竜馬」の内容はこれで終了。
残り時間は半分以上残っている。

半次郎と川路  西郷と慶喜


吉之助は半次郎(大野拓朗)と川路(泉澤祐希)を長州に偵察に向かわせる。
川路は、27話で長州力演じる来島又兵衛を仕留めたデキるやつ。その瞬間、「川路!」と半次郎が呼んだので川路という名前なのだとわかった。半次郎とふたり、精鋭らしいが、ふたりでいると村芝居みたいと笑われる。
大野拓朗は朝ドラ「わろてんか」のキース、泉澤は同じく朝ドラ「ひよっこ」の三男役。
コミックリリーフだったふたりが凛とした若い侍を演じていることが微笑ましい。

吉之助も若者に負けているわけにはいかない。
敵地・岩国に単身乗り込み吉川監物と会談し、禁門の変を起こした三人の家臣の切腹や長州藩主の謹慎をもって幕府への恭順の意思を示せという書状を手渡す。

武力による戦いは回避してきた吉之助に、慶喜は「おまえには失望した」「一から十まで幕府への裏切りだ」と激昂する。
吉之助はこれが自分なりの長州征伐だと言い、「国とは生きたいと思うもんの集まりだと思います」と、慶喜のやってることは「腐った政だ」で、徳川だけが生き残ればいいと思っているのでないかと鋭く指摘する。
「国とは生きたいと思うもんの集まりだと思います」の台詞は、番組開始当初、土曜スタジオパークで時代考証の磯田道史が林真理子の原作には国家とは何かが描かれていると語っていたことを思い出させた。
「死にたくない」という思いが集まったのが国家で、「死なせない」のが政治家の役割だと磯田は言っていた。西郷は島流しに遭ったときそれを痛感した。24話で死にかけた吉之助は「生きろ!」という天の声を聞いて再生している。

吉之助の切実な思いは慶喜には伝わらない。ちょっと目に涙を浮かべつつ「許さん! 腹を切れ!」と言い放つ。
吉之助はいつだって言葉が直接的過ぎて相手の気持ちを逆なでする。こんなにも時と場所をわきまえない人物だったのか。何回人を怒らせて、島流しだ切腹だと言われているのか・・・。
吉之助は、かつて慶喜を守るために人を殺めた刀を取り出し、「昔の縁は断ち切りました」と刀を畳に差して、慶喜の元を離れる。
以前はあんなに仲良かったのに・・・と寂しく思ったが、ほんとうに仲良かったと言えるのか、わからなくなってきたのと同時に、誰も彼もの言動が浅い気がしてならない。任侠もの、ヤクザ映画、ヤンキー映画のような義理と人情、そして裏切りみたいな感じがしてしまう。そういう作品はそういう作品で優れているものはあるし面白いのだが、日本が大きく変わる重大事をこういう描き方で本当にいいのか。
中園ミホは、『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』などの鈴木清順監督作や、『セーラー服と機関銃』『魚影の群れ』などの相米慎二監督作や、『最後の忠臣蔵』などの脚本を手がけた鬼才・田中陽造に学んでいたらしいという。今こそその学びを発揮してみてほしい。

去っていく西郷をふきが見つめている。そして「気張ったのう 西郷どん 今宵はここらでよかろうかい」と西田敏行のナレーションのニュアンスだけが渋くて含蓄がある。
(木俣冬)