第30回「怪人 岩倉具視」8月12日(日)放送 演出:野田雄介
天下に反幕の狼煙を
29話で三度目の結婚した話にはまったくふれず、まるで別の話のように、一橋慶喜(松田翔太)と袂を分かった西郷吉之助(鈴木亮平)と“ヤモリ”こと岩倉具視(笑福亭鶴瓶)が手を組んで幕府を倒そうとするスリリングな30話。
それがお盆休み中の日曜日だったこともあってか、視聴率は10.3%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)とこれまでの最低を記録してしまった。
笑福亭鶴瓶が煮ても焼いても食えない曲者の公家を軽妙に演じることで、深刻な話を深刻になり過ぎずに見せてよかったと思うのだが、それが逆に真面目な話なのにふざけているみたいな誤解を与えてしまったのだろうか。
鈴木亮平は「幕府は潰さにゃならん」と言うときの覚悟、大それたことを言っていることを自覚している感じもよくでていて、すごくがんばっていると思うのだが、突如現れたひとりの怪人に流れを一気に変えられてしまったのは、いい人というか上品過ぎるというか、人に気を使って譲ってしまうところがあるんじゃないか。
そこもこのドラマの西郷さんの良さなのだろうけれど。
そう。30話で最も印象に残ったのは、「いよいよ倒幕に向けて動き始めました」とナレーション(西田敏行)の言葉をはじめとして、
「幕府を潰そうと」
「幕府を潰す」
「幕府はいらんものとお考えですか?」(吉)
「幕府は潰さにゃならんち思っちょいもす」(吉)
「幕府はもう潰さにゃならんち思っちょいもす」(吉)
「幕府にあらがう大きな力を作ることができる」(吉)
「幕府の政をいっさい奪い取る」
「幕府を倒すこともやむなし」(吉)
「天下に反幕の狼煙をあげねばならないち」(吉)
「倒幕の動きをいっそう高めていくことに」
1話45分のなかで、こんなにも反・幕府の台詞が出てきた。(吉)は吉之助の台詞。
一時期「命を賭けて」が多用されていたが、それ以上の頻度である。「命を賭けて倒幕」とか言ったら凄い。
吉之助の仕事が理想の国家を作るための「倒幕」なのだから当然とはいえ、この不穏な響きを日曜の8時に
楽しむ時代ではいまはないのかもしれない。民のための革命だから我々庶民にとって不穏な響きは浪漫にも聞こえるはずなのだけれど。

明治維新の正体――徳川慶喜の魁、西郷隆盛のテロ
博打がはじまった
岩倉はかつて公武合体という偉業を成し遂げたほどの優秀な公家だったが、いまやすっかり落ちぶれて、都から遠く離れたボロ屋に住んでいる。
国をよくしようとせっせと意見書を書いているところは、島津斉彬によく手紙を書いていた西郷と似ている。
吉之助は岩倉の考え(天子様は親、民草はなべて天子様の子。
大久保(瑛太)に連れてきてもらって岩倉のボロ屋に行くと、まず罠にかかってしまう。このくだりは楽しかった。
そのあとは、岩倉のつくった料理に「毒入ってるさかいな」とからかわれる。本人はいつ毒殺されるかわからないから自炊していた。
岩倉は吉之助の身の上を調べ尽くしていた(あらゆる人のことを調べて記録している)。
それからノリのいいジャズぽい劇伴に乗せて博打がはじまる。「コンフィデンスマンJP」第一話か。
昔から貧乏な公家は博打で稼いでいたと岩倉は言う。
そういえば、2018年7月20日にはカジノ法案がいつの間にか成立していたことを思い出した。
桂VS 大久保
吉之助と大久保は博打で負けっぱなし。
大久保は島津久光の手前、吉之助に協力できないと言っているにもかかわらず、なにかと吉之助とつるみ、
彼の言動にああ・・・と困惑している表情がおもしろい。
弱い吉之助たちと違って勝ち続けている人物がいる。
それはおたづね者になっている桂小五郎(玉山鉄二)だった。
吉之助は幕府を倒すために薩摩と長州と手を組まないかと誘う。
だが、小五郎は「薩賊」と蔑んで断る。
大久保はかちんと来て「長州の天子さまへの思いはまるでつれないおなごに男が思いを寄せるようなもの」と売り言葉に買い言葉。ふたりが刀を抜くと岩倉が止めに入った。
天子さま
博打で負けたかたに岩倉の家に残った吉之助が屋敷の掃除などをしていると、手入れされた公家の衣裳と天子様(中村児太郎)に宛てた(でも送ってない)手紙をみつける。
そこに書かれた倒幕の意思を呼んで吉之助は岩倉に手を組もうというが、岩倉は天子様に見捨てられたと思い込んで首を縦に振らない。
世話焼き大久保は岩倉にお金を渡していると、吉之助は薩摩藩の若者たち(大野拓朗、錦戸亮)を連れて来た。
そこへ周丸(福山康平)がやって来て、天子様のおそばに戻ることがかなったと報告。
感動に打ち震える岩倉。天子様のいる方向(御所のほう)に向かって言葉を発し頭を下げる。
「このままでは終わらへんで」とすっかり調子に乗って、若者たちに話をする気になる。
30話を見ると、岩倉具視と一橋慶喜が共に天子様にぞっこんで、ライバル関係という感じ。
慶喜は江戸へ戻るよう公方から言われても天子様のそばにいると京都に居座り続ける。
その行動に疑問の目を向けるふき(高梨臨)に慶喜は「その恨みがましい目」が西郷に似ていると言うが「慶喜様には拾っていただいたご恩がありますから」とふきは返す。このふたり、以前あんなにもラブラブっぽかったのに、切ない。こういうところは筆がノッてる印象。長年、恋愛ドラマを書いてきたから書きやすいのだろう。
それにつけても罪なのは、天子さま。
余談だが、本編のあとの「西郷どん紀行」で紹介された岩倉具視の肖像写真と周丸役の福山康平が似ていた。
(木俣冬)