マンガ家の浦沢直樹が、「週刊ビッグコミックスピリッツ」2018年45号(10月6日発売。電子版もあり)より、同誌では11年ぶりの本格連載となる『あさドラ!』をスタートさせた。

浦沢直樹待望の新連載は「あさドラ!」舞台がいきなり名古屋で意表を突かれてしまった
浦沢直樹の新連載『あさドラ!』の主人公・浅田アサが表紙に登場した「ビッグコミックスピリッツ」45号。電子版もあり

「嵐を駆ける少女」はどこに向かう?


『あさドラ!』は「連続漫画小説」と銘打たれているように、NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)を意識していることはあきらかだ。だが、冒頭は朝ドラのイメージを覆すように、いきなり2020年、東京が怪獣らしきものに襲われ、火の海となる場面で始まる。

5ページにわたって近未来の厄災がほのめかされたあと、時代は一気にさかのぼり1959年。台風接近により高波が打ちつける名古屋港を一人の少女が駆けていく。一転して、いかにも朝ドラ的世界らしい光景だ。

少女が嵐のなかを走っていたのは、母親が産気づいたので、産婦人科まで医者を呼びに行くためだった。この間、彼女の名が「アサ」であること(3年前の朝ドラ「あさが来た」のヒロインと表記こそ違うが同じ名前だ)、何人もいるきょうだいのなかでも影が薄いせいか、近所の人にしょっちゅう名前を間違えられていることなどがあきらかにされる。

医者を無事に呼び出したあと、アサはひとり家路につく。その途中、クルマ(いすゞ自動車のヒルマンミンクスっぽい)を乗り回す石原裕次郎かぶれの青年と遭遇し、カーラジオから流れる曲(この年、飛行機事故で亡くなったバディ・ホリーの歌う「Becouse I Love You」か)に反応したかと思えば、さらに幼馴染の正ちゃん(アサより一つ上の中学1年生)が町内を走っているところに出くわす。正ちゃんは、5年後の開催が決まった東京オリンピックのマラソン選手になる夢を父親から託され、小牧のグラウンドに向けてひとっ走りしている最中だった。ちなみに名古屋港と小牧市は約20キロ離れている。

このあとアサの一家が登場したかと思うと(このときの父と長姉の会話から察するに、アサの存在は家族にもどうも忘れられているらしい)、場面はふたたび急転、いつのまにかアサは埠頭の倉庫に監禁されていた。どうやら医者の娘と勘違いされて誘拐されたらしい。
そのあいだにも風雨は強まるばかり。このときの台風が、一晩のうちに名古屋周辺に未曾有の被害をもたらし、伊勢湾台風の名で歴史に刻まれようとは、アサたちはもちろん知るよしもない──。

元ネタは『三丁目の夕日』『AKIRA』『ちびまる子ちゃん』?


以上が『あさドラ!』第1話のあらすじである。そのタイトルにふさわしく、朝ドラを思わせる要素が随所にちりばめられていた。それでいて、初回からめまぐるしい展開を見せる。いきなり近未来の東京の破壊にはじまり、続く1959年の場面も、伊勢湾台風の襲来を前に不穏さが漂う。朝ドラはたいてい平穏な日常風景から始まるので、このあたりは本家朝ドラへのカウンターともとれる。

このほか、朝ドラだけでなく、過去の作品のオマージュやパロディを思わせる表現も目につく。たとえば、東京が怪獣に襲われる冒頭シーンから市井の風景への切り替えは、映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』と同じだ。ちなみにこの映画の舞台も『あさドラ!』と同じく1959年だった。また、冒頭で、2020年の東京オリンピックに向けて建設中の新国立競技場に危機が迫るさまは、大友克洋の『AKIRA』を想起させた。さらに、おかっぱ頭に白のブラウス、赤い吊りスカートというアサの格好は、どうしたってさくらももこの『ちびまる子ちゃん』を思い出さずにはいられない。

ここにあげた『ALWAYS 続・三丁目の夕日』『AKIRA』『ちびまる子ちゃん』は昭和ノスタルジーという点で共通する。
『ALWAYS〜』と『ちびまる子ちゃん』はまさに昭和が舞台で、『AKIRA』も舞台は21世紀ながら、茶の間にちゃぶ台など昭和を思わせる光景がたびたび登場した。同作中では東京オリンピックも第三次世界大戦の“戦後復興”の象徴として出てきたが、それが期せずして2020年の五輪開催を予見することになる。

浦沢直樹もこれまでにも『20世紀少年』や『BILLY BAT』など現代史を題材に壮大なスケールの作品を手がけてきたが、本作は朝ドラやさまざまな作品のイメージを引用しながら、あらためて戦後という時代を独自の解釈で描こうとしているようだ。

舞台が名古屋で驚いてまった


さて、『あさドラ!』第1話を読んで私が何より惹きつけられたのは、自分の地元である名古屋が出てきたことだ。NHKの朝ドラでは、2006年の『純情きらり』で初めて愛知県が主要な舞台となったが、このときは岡崎市がメインだった。その後も名古屋は朝ドラとはほぼ無縁だが(先の『半分、青い。』でちょっと出てきたぐらい)、むしろ色に染まっていないからこそ、今回こうして舞台に選ばれたのだろうか。名古屋弁はイントネーションが独特で、文字に起こすのが難しい方言だけに、ある意味、挑戦ともいえる。

名古屋が舞台というだけでなく、伊勢湾台風がモチーフとして出てきたことにも意表を突かれた。この台風では私の親も被災して、色々と話を聞かされてきただけに、作中で1959年という年号が出てきたときにはすぐにピンと来た。

伊勢湾台風は1959年9月26日午後6時すぎに和歌山県の潮岬付近に上陸すると、大きな勢力を保ちながら伊勢湾を通って能登半島方面から日本海へ抜け、さらに東北地方北部に再上陸して各地で被害を出す。とくに伊勢湾沿岸では記録的な高潮を引き起こし(26日午後9時35分に3.89メートル)、名古屋市から西へ木曽川にいたる海抜ゼロメートル地帯はすっかり水没し、泥の海と化した。
また、名古屋港の貯木場から流れ出した巨大な材木により家々が壊され、被害はさらに拡大。愛知・三重両県での死者・行方不明者は5098人におよんだ。これをきっかけに1961年には災害対策基本法が制定されている。

伊勢湾台風を題材にした作品としては、山口百恵主演の『赤い運命』(1976年)や、台風から30年後の1989年に公開された劇場アニメ『伊勢湾台風物語』(神山征二郎監督)があるほか、半世紀を迎えた2009年には地元・東海テレビ制作による昼ドラ『嵐がくれたもの』が放送され、名古屋出身の作家・清水義範が地元紙「中日新聞」に小説『川のある街──伊勢湾台風物語』を連載している。このうちアニメ『伊勢湾台風物語』は、避難する人々が高波に飲まれる様子など衝撃的な描写を通して、台風の恐ろしさを伝えていた。

『あさドラ!』で伊勢湾台風が題材に選ばれたのには、近年の朝ドラ『あまちゃん』や『半分、青い。』で東日本大震災がとりあげられていたことも念頭にあるのだろうか。第1話ではまた、冒頭のシーンと前出の正ちゃんの出てくるシーンにより、2020年と1964年の東京オリンピックが重ね合わせられていた。こうしたことからも、本作が戦後から現代を生きた女性の一代記という形を取りつつ、21世紀のいまを描き出そうとしていることはまず間違いない。

はたして2020年の燃える東京は、物語とどんなふうに結びついてくるのか。また、第1話ではアサが海のほうから「アンギャアア」という誰かが泣くような声をたびたび耳にするが、その正体は一体何なのか。さっそくさまざまな謎を残しながら、浦沢直樹による新たな物語は幕を開けた。
なお、『あさドラ!』は隔週連載で、第2話は10月22日発売の「ビッグコミックスピリッツ」47号に掲載予定である。
(近藤正高)
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