先週4月28日放送のNHKの大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」では、しばらく不在だった足袋の播磨屋の主人・黒坂辛作が、役者を替えて再登場した。ニュー辛作を演じるのは、脚本の宮藤官九郎と同じく大人計画に所属する三宅弘城だ。


四三、播磨屋の2階に引っ越す


播磨屋では、主人公・金栗四三(中村勘九郎)がストックホルムオリンピックで履いた特製の足袋が、「金栗足袋」として売り出され、学生たちがこぞって買いに来て盛況となっていた。四三はその播磨屋の2階に、東京高師を卒業したのにともない寄宿舎を出て、下宿することに決める。このとき、2階の窓から富士山が見えると四三が喜ぶと、辛作があれは箱根だと言い張るのがおかしい(箱根は後年、四三と大きく関係してくるはずだが)。そういえば、辛作役の前任者には「富士山」という曲があったっけ……とつい思い出してしまった。役者は変わっても、辛作が短気ながら本当はいい人なのは相変わらず。四三が足袋についてさらに改造を頼むと、一瞬「なにー!?」とすごむが、結局はちゃんと聞き入れてくれる。

このころ、四三はベルリンオリンピックに向けてトレーニングに専念していた。それでも、熊本の玉名に暮らす妻のスヤ(綾瀬はるか)からの仕送りや、東京高師校長で大日本体育協会会長の嘉納治五郎(役所広司)の援助もあり、羽振りはよかった。毎日のように学友と一緒に、豚鍋を食べに行くので、後輩の野口源三郎(永山絢斗)がいぶかしむほどだった。しかしそれもこれも、ベルリンでストックホルムの雪辱を晴らし、国のために尽くすためだった。

牢屋で変貌を遂げた孝蔵


同じころ、若き日の古今亭志ん生、「三遊亭朝太」を名乗っていた美濃部孝蔵(森山未來)は、落語家の三遊亭小円朝(八十田勇一)率いるドサ回りの一座をクビになり、噺家仲間の万朝(柄本時生)と浜松あたりをうろうろしていた。

孝蔵も泊まった宿では酒に料理とむやみに羽振りがいいが(またしても四三とシンクロ!)、じつは一文無しだった。これを知って万朝は翌朝早く、とんずらしてしまう。一人残された孝蔵は腹をくくると、主人にカネがないと打ち明けた。
東京からカネを送らせると説得して、落語の「居残り佐平次」のようなことになるが、結局、警察に突き出されてしまう。

孝蔵は牢屋にぶち込まれると、先に入っていた男が布団代わりにかぶっていた新聞で、師匠の橘家円喬(松尾スズキ)の死を知る。この時点で1914年のはずだから、円喬が1912年11月に亡くなってからすでに2年が経過していたことになる。ナレーションで志ん生が「地獄の底みたいなところで、この世でたった一人、自分を認めてくれた人が死んでしまったことを知ったのです」と語っていたとおり、かけがえのない人の死に、孝蔵は激しく動揺する。

マキタスポーツ演じる牢名主ともいうべき先着の囚人はヤクザ者らしいが、なぜかバナナを貪り食っていた。バナナなんて当時は高級品のはずだが、子分にでも差し入れさせたのだろうか。孝蔵は彼から落語をやってみせろと言われて、一席披露する。演目は、円喬の十八番だった人情噺「文七元結(ぶんしちもっとい)」。だが、相手は途中で寝てしまう。起こして感想を訊けば、よくそんな長い噺をつっかえずにできて偉いなと、以前、造り酒屋「八百庄」の息子のまーちゃん(山時聡真)に言われたのと同じ言葉が返ってきた。

しかし牢名主は、「芸はもう一つだが、おめえさん、どこかおかしなところがある」とも言う。これはようするに、生前の円喬が孝蔵について言っていた「フラがある」ということだが、孝蔵は自分ではまだ気づいていないらしい。
牢名主に、噺をやるよりバナナ食ってるだけでいるほうがよっぽど面白いと言われても、どうにも腑に落ちない。「そういうくせえことはしたくねえ」と反論するが、「くせえかどうか決めるのは客じゃねえか」と正論で返されてしまう。そこで「じゃあ今度はくさくやりやす」と再び「文七元結」を語り出すのだが、さっきとは見違えるような熱演となる。

コラムニストの堀井憲一郎は、第14話でドサ回りに出ようとしていた孝蔵に、円喬が餞別の煙草を「持ってけってんだよ」と投げつけるシーンを、「文七元結」が元ネタだと指摘していた(「週刊文春」2019年5月2・9日号)。まさに、獄中での孝蔵の「文七元結」では、橋から身投げをしようとしていた赤の他人に、主人公が大事なカネを渡そうとして、ついには「持ってけってんだよ」と投げつけるところで、先の円喬との別れの回想シーンが重ね合わせられる。そんなふうに円喬への思いがあふれ出し、孝蔵はいつしか円喬が乗り移ったかのように語っていた。さぞ牢名主も感動してることだろうと思いきや、寝てるやないかーい!

しかし孝蔵はここで心を改める。看守からハサミを借りたかと思うと、伸び放題だったざんばら髪を切り始める。そうして、八百庄で働くちいちゃん(片山萌美。じつは寄席の席亭だった!)が宿賃を立て替えてくれたおかげで、ようやく釈放されると、一座に戻るのだった。寄席でかける噺も、以前のような身の丈に合わない大ネタではなく、前座にふさわしい「寿限無」でしっかり客を笑わせるようになる。

この間、八百庄を営む田畑家の次男坊・まーちゃんは、浜名湖へいつものように泳いだあと、高熱を出して臥せっていた。
医者からは盲腸炎と大腸カタルを併発したとの診断で、水泳をさせてはならないと厳命される。ここで初めて、この少年がのちに1964年の東京オリンピック招致のため尽力した田畑政治(阿部サダヲ)であることが明かされた。水泳を止められたまーちゃんは、その後、どんな道をたどるのだろうか。

ベルリンオリンピックが中止に!


四三はベルリンに向けて、着実にトレーニングを重ね、世界新記録も立て続けに出していた。しかし、1914年にヨーロッパで勃発した第一次世界大戦により、ベルリンオリンピック開催に暗雲が立ち込める。最初のうちこそ、IOC(国際オリンピック委員会)は戦争はすぐ終わると楽観視していた。嘉納治五郎も、ベルリン大会は予定通り行なうと聞いていると、1915年に入ってからの大日本体育協会(体協)で発言する。だが、これに対し、イギリス留学から帰国したばかりの東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の助教授・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)が、戦争の激化から、もはやそんな状況ではないと主張。ましてや開催国のドイツは日本の敵国であり、選手の身も危ないと訴えた。これに嘉納は「政治とスポーツは別だ!」と激高、大演説をぶる。

「オリンピックは平和の祭典、4年に一度の相互理解の場なんだよ。たとえ戦時中でも、殺し合いの最中でも、スタジアムは聖域だ。汚されてたまるか!」
「いまや多くの後輩が金栗君の背中を追いかけてくる。
陸上だけじゃない。水泳やほかの競技にも有望な選手が現れ、オリンピックの大舞台を夢見て練習に励んでいる。そのさらに下、若い世代にもスポーツマンシップは受け継がれている。金栗、三島の敗北が、その教訓が生かされた証拠だよ。彼らの努力を無駄にしてはいけない! 国家だろうが、戦争だろうが、若者の夢を奪う権利は誰にもないんだよ!」


そんな激論が体協で繰り広げられているとはつゆ知らず、四三はあいかわらずトレーニングを続けていた。そこへスヤが、義母の幾江(大竹しのぶ)に勧められて東京の夫のもとを訪ねてくる。土産のいきなりだんごをほおばりおながら、初めは夫婦らしい会話をしていた二人だが、いきなり四三が「帰ってくれ」と言い出す。「俺はいま、オリンピックをめざして、妻も郷里も忘れて、祖国のために走ろうと思っている。だけどスヤ、俺の気ばそらさんといて」というのだ。

このとき、「スヤさん」と「スヤ」とどちらで呼ぶか迷うあたり、四三の不器用さが表れていた。その彼が、妻に対してもあえて鬼になり、何もかも捨ててオリンピックを一途に目指してきたにもかかわらず、1915年4月、翌年のベルリンオリンピックの中止が報じられたときの心情は察してあまりある。スヤは新聞で五輪中止を知ると、夫を心配して、すぐさま東京へと向かう。


四三は「国のために」とは言っているが、彼がマラソンに打ち込むのはきわめて個人的な行為である。しかし四三のなかではそこに矛盾はない。自分のためにやっていることが、そのまま国のためにもなると信じて疑わなかった。スヤはそんな夫を応援し続ける。夫に従順な点ではこの時代の女性の典型といえるが、しかし夫婦で夢を共有しているあたりは現代的でもある。

義母の幾江は、ベルリンオリンピックが終わったら、四三を玉名から一歩も出さないと、長兄の金栗実次(中村獅童)のもとへ怒鳴り込んでいたが、おそらく四三はこのままでは収まらないに違いない。次回予告では、四三が駅伝を始めるとあったが(予告で語っていたのは、志ん生の弟子・小りんのガールフレンド・知恵役の川栄李奈だろうか)、本日放送の第17話で、そこにいたるまでに四三はどう立ち直っていくのだろうか。
「いだてん」獄中で変貌する志ん生、四三は妻・綾瀬はるかを追い返す「スヤさん」「スヤ」どっち?16話

モスクワ五輪ボイコットに反対した田畑政治


オリンピックと政治の問題は、このあとも何度となく持ち上がった。第16話の番組終わりの「いだてん紀行」では、ベルリンオリンピックの中止から65年後、1980年のモスクワオリンピックを日本がボイコットした話がとりあげられていた。これは、開催国のソ連が前年にアフガニスタンに侵攻したのに抗議するため、アメリカが日本を含む各国に呼びかけて実行されたものである。もちろん選手たちはもちろんボイコットなど望んでいなかった。番組でも取材に応えていたレスリングの高田裕司は、前回のモントリオールに続き金メダル確実といわれながら、不参加の決定に涙を飲んだ。


このとき、「いだてん」の主人公の一人・田畑政治は、ボイコットに猛反対し、著名な文化人や個人、団体を結集して国民運動を起こし、「スポーツは政治に毒されるな」と訴えた。しかし結局、すでに日本体育協会(現・日本スポーツ協会)の臨時理事会とJOC(日本オリンピック委員会)の臨時総会で決まっていたボイコットを覆すことはできなかった。

この要因には、当時、JOCが実質的に体協の傘下に置かれていたこともあげられる。日本体育協会の当時の予算総額のうち50%以上を国庫補助に頼っていた。したがって政府の意向が体協を経て、JOCに反映されるのは当然のことであった(池井優『オリンピックの政治学』丸善)。田畑はこれ以前よりJOC独立を提唱していたが、しだいに実現する見込みは薄いと、捨て鉢になっていったという(杢代哲雄『評伝 田畑政治 オリンピックに生涯を捧げた男』国書刊行会)。だが、モスクワオリンピックのあと、JOC独立の機運が高まり、1991年にようやく実現する。ただし、田畑自身は1984年に85歳で亡くなり、残念ながらそれを見届けることはなかった。

来年の東京オリンピックをめぐっても、安倍首相がかねてより同年にあわせての憲法改正を目標に掲げるなど、政治がらみでキナ臭い動きがある。「いだてん」がそうした動きに対するメッセージになるといいのだが。
(近藤正高)

※「いだてん」第16回「ベルリンの壁」
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺・古今亭志ん生:ビートたけし
タイトルバック画:山口晃
タイトルバック製作:上田大樹
制作統括:訓覇圭、清水拓哉
演出:大根仁
※放送は毎週日曜、総合テレビでは午後8時、BSプレミアムでは午後6時、BS4Kでは午前9時から。各話は放送の翌日よりNHKオンデマンドで配信中(ただし現在、一部の回は配信停止中)
編集部おすすめ