11月14日に放送された『科捜研の女』(テレビ朝日系)20話は、パワーワードが頻出する回だった。「納豆菌に容疑をかける」なんて一文、間違いなく初耳である。


<第20話あらすじ>納豆を何度も叩きつけるマリコ


パン工房でベーカリー店主・長内保男(小川剛生)の遺体が見つかった。第一発見者は保男の妻・長内花野(大路恵美)。彼女はヨーグルト研究家で、パン発酵に使うヨーグルト酵母を届けに来たとき、保男の遺体を見つけたという。夫とその連れ子である翔(折原海晴)の3人で円満な家庭を築いていた花野は悲しみに暮れる。
犯人が証拠隠滅を図ったらしく証拠は極めて少なかったが、被害者が死亡する直前に焼いていたパンからは納豆菌が検出された。繁殖力が高く熱にも強い納豆菌は、酵母菌で生地を発酵させるパン作りの天敵。にもかかわらず、なぜベーカリーに持ち込まれたのか不審に思う榊マリコ(沢口靖子)たち。

そんな折、被害者の前妻であり、納豆研究家として有名な登矢奈津(西尾まり)が京都に滞在中だと判明。しかし奈津は、仕事上、保男のベーカリー2号店に関する電話はしたが、私的なつながりは一切断ち、離婚以降は全く会っていないと主張する。
一方、保男の店に務めるパン職人・照屋淳平(谷口知輝)は、翔を実の子のように可愛がる花野が奈津のことで保男と揉めていたと証言。奈津の納豆教室が京都で開催され、前妻が翔に近づくことを恐れた花野は怒っていたのだ。
事件当日、翔宛に届いた納豆には納豆教室で撮った集合写真が添えられていた。翔は奈津の納豆教室に行っていたのだ。
保男を問い詰めるべく、花野は12時に工房を訪れ、カウンターに納豆を叩きつける。その後、再度話し合うため15時半に花野が工房を訪れると、保男は殺されていた。ということは、納豆を叩きつけた拍子に納豆菌はパン生地に飛んだということになる。科捜研は工房を再現し、納豆菌の飛散シミュレーションを行った。しかし、マリコが何度納豆を叩きつけても納豆菌はそこまでの飛距離を見せなかった。
改めて納豆を鑑定すると、そこからヒヨリダケの菌が見つかった。
これは、新作のパンに使う食材として照屋が工房に持ち込んだもの。犯人は照屋だった。オープン予定の2号店を任せると言われていたのに、保男はそれを取り消して花野に任せると言い出し、逆上した照屋は保男を突き飛ばして殺害。そして、奈津に罪を被せようと、生地に納豆菌を練り込んだパンを焼いたのだった。

酵母菌、納豆菌、乳酸菌、日和見菌の四つ巴


被害者はパン職人(酵母菌)で、その前妻は納豆研究家(納豆菌)で、現妻はヨーグルト研究家(乳酸菌)。20話は、全ての登場人物が菌に関連するカオスな回だった。しかも、前妻の名前は「登矢奈津」→「とうやなつ」→「なっとうや(納豆屋)」で、現妻の名前は「長内花野」→「ちょうないはなの」→「腸内フローラ」。
謎に手のこんだ名前が用意されたため、ストーリーより他の部分に目が奪われそうになったのだ。

惑わされないうちに、ズバッと核心に触れてしまいたい。今回の事件は、被害者・保男の自業自得である。
奈津が出ていったのは、育児ノイローゼになった彼女を「忙しいんだよ!」と保男が放置し、料理研究家になる夢を諦めさせようとしたことが原因だ。残された翔君を我が子のように育てたのは後妻の花野。しかし、奈津に罪の意識がある保男は翔を納豆教室に行かせ、それを知った花野を激怒させた。
さらに、照屋に2号店を任せると言っておきながら、平気でその約束を反故。自分と翔に献身的だった花野に任せると手のひらを返したのである。しかも「お前はまだまだ」と追い打ちの一言を付け加え、弟子にキレられて殺される始末。片方にいい顔をしようとし、もう片方の尊厳をボロボロにし続けた保男。失敗に学ばず、バトンリレーのように3人の気持ちを踏みにじってきた。いくらいい話風にまとめていても、今回の被害者にはビタイチ同情できない。


土門薫(内藤剛志)は、罪を認めた犯人にいつも甘い顔を見せない。激昂し、とどめの一言を放つのが常だ。なのに今回、彼は「怒りや暴力は人を傷つけるだけじゃなく、自分が大事にしてきたものまで奪っていくんだ」と、照屋を優しく諭した。まるで、犯人に送るエールに聴こえる。そりゃ、そうだ。保男のような人間のために犯罪者になったなんて、浮かばれなさ過ぎるから。

それにしても、思わぬ菌の登場だった。酵母菌、納豆菌、乳酸菌の三つ巴と思いきや、急に現れた日和見菌(ヒヨリダケ)が真犯人だったとは……。その手口は巧妙だ。納豆菌を生地に練り込み、パンを焼いた照屋。納豆菌に罪をなすりつけるという発想は、ミステリー史上初だったと思う。
照屋も照屋で凄い賭けである。マリコみたいな人がいなきゃ、誰もパンの成分なんて調べやしないだろうに……。

納豆色のジャケットを羽織るマリコ


このドラマのスタッフは、いつもおふざけが過ぎる。20話で気になったくすぐりのポイントを一つ一つ挙げていきたい。

・奈津に話を聞きに行ったマリコのジャケットが納豆色。
・工房に納豆菌を持ち込んだと疑われた奈津がへそを曲げ、「私は“納豆のプロ”よ!」と聞いたこともないパワーワードで反論。
・納豆菌の飛散シミュレーションを行った後に「納豆を100回叩きつけましたが……」、耳を疑うことをサラッと口にするマリコ。
・納豆の入ったビーカーをかき混ぜるとき、視線を宙に漂わせどこかに行ったような心配な顔つきになるマリコ。

それでいて、シミュレーションで明らかにした納豆菌の飛距離がしっかり事件解決の決め手になっているから、刑事ドラマの本分は失ってない。シリアスとコミカルの掛け合わせが『科捜研の女』の最大の魅力だ。
「科捜研の女」キーは「空飛ぶ納豆菌」!納豆菌の飛距離を測定し、100回納豆を叩きつけたマリコ20話
イラスト/サイレントT

エンディングでマリコは、奈津からもらった「ワラワネバー」の人形を手に、強くなるための呪文を唱えた。
「ネバネバネバー!」
それを見る土門のリアクションを、カメラはなぜか捉えない。きっと、土門は引いたのだろう。だって、私も引いていたから。

事前に観た予告映像から「飯テロ回になる?」と予想していたが、それほどでもなかった20話。でも、確かにテロのような内容だった。
(寺西ジャジューカ)

木曜ミステリー『科捜研の女』
ゼネラルプロデューサー:関拓也(テレビ朝日)
プロデューサー:藤崎絵三(テレビ朝日)、中尾亜由子(東映)、谷中寿成(東映)
監督:森本浩史、田崎竜太 ほか
脚本:戸田山雅司、櫻井武晴 ほか
制作:テレビ朝日、東映
主題歌:今井美樹「Hikari」(ユニバーサル ミュージック/Virgin Music)
※各話、放送後にテレ朝動画にて配信中