第10週「響きあう夢」48回〈6月3日 (水) 放送 作・清水友佳子 演出・吉田照幸〉

「エール」48話 柴咲コウが演じるオペラ歌手、実際は志村けん演じる重鎮作曲家よりも年上だった
イラスト/おうか

48回はこんな話

「船頭可愛や」を双浦環(柴咲コウ)が歌い大ヒット、裕一(窪田正孝)のメロディが街中に流れるようになった。

壁ドン三羽ガラス

「いってきまーす」

訓練の成果が出ている良い声でおでかけの挨拶をする音。
声は溌剌としているが、古山家は風前の灯。
「船頭可愛や」が全然売れず、このままでは契約が打ち切られるうえ、前借り分も返さないとならない。

悲壮な顔をする裕一だが、「『なんとかする』とすぐに言っちゃうのが古山家の悪いクセです」(ナレーション)ということで。なんとかしようとしてるのかしてないのか、結局裕一はなんにもできない。ただおろおろするばかり。

良い曲なのになんで売れないのか悩むと、歌った藤丸(井上希美)は私が「下駄屋の娘だから」と自虐。
それを壁ドンして慰めるのは、久志(山崎育三郎)。しばらく呆然(ときめき?)とする藤丸の顔を映し続けていたのが可笑しかった。
その後、鉄男(中村蒼)が裕一に壁ドン。
最後に、裕一がエアで「ドーン」。

窪田、中村、山崎のパス回しがじつにうまく、井上希美もアクセントになって、ベタな壁ドンネタを芸の域に高めているところは評価に値する。次々新しいネタを考えていくのもひとつのやり方だが、ひとつのネタをずっとやり続け名人芸にしていくことも大事なのである。
さらに、もうひとつ、忘れた頃に、廿日市が壁ドン(ポスタードン)することで、48回は極めて美しい調和を成していた。

双浦環と三浦環、その違い

「船頭可愛や」が売れないと音の悩みを聞いた双浦環は曲を聞いて「西洋音楽をベースにしながら 流行歌としての親しみやすさを兼ね備えている」と気に入り、この曲を大勢の人に広めるために自分が歌いたいと申し出る。

世界的なオペラ歌手・環が歌えばヒット間違いないと廿日市(古田新太)は乗り気になるが、実現までには高い山があった。
オペラ歌手の環が歌うのなら、流行歌の赤レーベルではなく、西洋音楽の青レーベルから出さないとならない。だが、青レーベルには重鎮の小山田(志村けん)がいて、彼にお伺いを立てる必要があった。

「なんであの人(小山田)が口はさむの?」と音の言いようがひどい。仮にも裕一をコロンブスレコードに推薦してくれた恩人である。しかも、裕一が尊敬する大家。作曲家としても実績がある人なのに……。いや、権威にへつらわないのが音の良さなのであろう。

「エール」48話 柴咲コウが演じるオペラ歌手、実際は志村けん演じる重鎮作曲家よりも年上だった
写真提供/NHK

小山田と旧知らしい環は彼に直談判に行き、「その目を見たことがあります」と意味深なことを言う。「(ドイツで見た芸術家たち)彼らは皆、自分の立場を脅かす新しい才能に敏感です」と指摘し、「船頭可愛や」を青レーベルから出すことに成功する。
結果、歌は大ヒット。相乗効果で藤丸版も売れた。

さて。
このレビューでたびたび、裕一のモデル・古関裕而の史実とドラマの違いを比較しているが、今回は、双浦環とモデルの三浦環の違いを紹介したい。

三浦環は、コロンブスレコードのモデルであるコロンビアレコード専属の声楽家で、ヨーロッパでプッチーニのオペラ「蝶々夫人」に出演するなど、日本人としては異例の活躍をしていた。ドラマの双浦環は柴咲コウが演じているので、音や裕一とそれほど年齢がかけ離れているようには見えないが、三浦環は小山田のモデル山田耕筰よりも年上で彼に音楽を教えたりもしていた。

クラシック畑の三浦だが、流行歌にも興味をもち、古賀政男(木枯のモデル)の曲を、藤山一郎(山藤太郎のモデル)と歌うなどの活動も行い、その流れで「船頭可愛や」にも興味を示し歌いたいと申し出る。

ドラマでは双浦環の歌った「船頭可愛や」が売れて裕一の窮地を救うが、小関裕而の「船頭可愛や」はレコード会社と契約してから5年めにして、ようやく売れた曲で、三浦が歌ったのは「船頭可愛や」が発売されてから4年後とさらに後である。

楽曲の人気に乗じて様々なアレンジ版も出され、三浦環が歌った「船頭可愛や」もその一枚だったようである。「船頭可愛や」は民謡調の曲が大衆の心を掴んだものだったが、三浦が歌ったことで、外国の著名な音楽家のためのレーベルからレコードを出すことができことは、西洋音楽を志す古関裕而にとって“最高の名誉”となった。古関は感謝をこめて「月のバルカローラ」という曲を三浦に送った。

ドラマで、せっかく柴咲コウが華々しいオペラ歌手をやっているのだから、環のおかげでやっとレコードが売れた! バンザイ! で朝から気分もいい。重鎮・志村けんに年下の柴咲コウが物申すのも痛快である。

このように実際にあったこととドラマの違いを比較して楽しむことで、実在の古関裕而や三浦環、古賀政男、藤山一郎がどんな人だったか、知っている人も知らない人も、歴史を学ぶことができる。たぶん、関連書籍も売れるだろう。
朝ドラの役割のひとつは、正しく歴史をなぞることではなく、楽しいフィクションにして、その流れで、実際はどうだったか興味をもってもらうことなのだろうと思う。
(木俣冬)

●参考文献
「鐘よ鳴り響け 古関裕而伝」(古関裕而 集英社文庫)
「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」(刑部芳則著 中公新書)
「古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家」(辻田真佐憲著 文春新書)
「新版 評伝 古関裕而」(菊池清麿 彩流社)

東京編の主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作をもつ人気作曲家。モデルは古賀政男。

山藤太郎…柿澤勇人 人気歌手。
モデルは藤山一郎。
小田和夫…桜木健一 ベテラン録音技師。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。

佐藤久志 …山崎育三郎 東京帝国音楽大学の3年生。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄夫 …中村蒼 裕一の幼馴染。川俣で新聞記者をやっている。詩を書くことが好き。モデルは野村俊夫。

夏目千鶴子 …小南満佑子 東京帝国音楽学校の生徒 優秀で「椿姫」のヒロインに最も近いと目されていた。


筒井潔子 …清水葉月 東京帝国音楽大学で音と同級生。パートはソプラノ。
今村和子 …金澤美穂 東京帝国音楽大学で音と同級生。パートはアルト。

先生 …高田聖子 東京帝国音楽大学の教師。
双浦環 …柴咲コウ 著名なオペラ歌手。モデルは三浦環。

「エール」48話 柴咲コウが演じるオペラ歌手、実際は志村けん演じる重鎮作曲家よりも年上だった
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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