Netflix『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』ネット特定班は犯人の承認欲求満たす駒に

Netflixが昨年12月より配信している『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』は、カナダで実際に起こった猟奇殺人を扱ったドキュメンタリーだ。

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ネット特定班が別人を自殺に追い込む

ラスベガスのカジノで働くディアナは自他ともに認めるネットオタク。彼女はある若い男が可愛らしい子猫2匹を圧縮袋に入れ、窒息死させた動画を発見する。
ディアナを含めたネットユーザーらは犯人を特定するためFacebookグループを結成した。隅に映るコンセント口の形状を頼りにするなど驚くべき洞察力で動画を分析、猫が虐待された場所を特定していく。その技術は明らかに警察のそれを上回っていた。

このような特定班が海外にもいるという事実に驚く。日本で鬼女と呼ばれるコミュニティと似たものを感じる。様々な手がかりから個人情報を明らかにするネットオタクを突き動かすのは、彼ら彼女らなりの正義感だ。
「なんて残酷なヤツだ」「死に値する」「絞め殺してやりたい」「火あぶりだ」と熱を帯びたコメントが投稿され、信憑性の低い目撃情報も寄せられた。さらに、動物虐待に反抗する武闘派レスキュー隊も犯人探しに加勢する。

正義という大義名分でネットユーザーたちの行動はヒートアップする一方。ついには、エドワードなる南アフリカ在住の人物を犯人と特定し、Facebookで罵詈雑言を浴びせ始めた。

それまでの調査で犯人は北アメリカ在住と把握していたディアナは異を唱えるも、他のネットユーザーは聞く耳を持たない。やはりエドワードは犯人ではなく、ついには彼は自殺してしまった。
エドワードはうつ病で、ネット世界をさまよう無実の人だったのだ。正義の暴走のせいで死者が生まれたが、ディアナは「彼はうつ状態にあった。中傷が自殺の原因とは限らない」と発言する始末である。

本人が立ち上げた自作自演のファンサイト

ネット特定班の中に怪しい人物が紛れ込み、錯乱を企てる。捨てアカからディアナに「捜している男の正体はルカ・マグノッタ」とメッセージが送られてきたのだ。ルカについて検索すると、職業はモデルで、世界を旅するイケメンの男だと判明する。ネット上にはファンが作ったと思われるルカのファンサイトも存在した。


制作陣はかつてルカを取材したことのある大衆紙記者から話を聞くことにした。数年前にカナダで起こった少女連続殺人事件の犯人の妻との熱愛の噂が流され、事実無根だとルカが主張するための取材だったようだ。その後、ルカのファンサイトはルカ本人が立ち上げた自作自演だとディアナは突き止めた。

ある日、イギリスで起きた「ムーアズ殺人事件」被害者の名前でメディア宛に「誰も僕にたどり着かない」というメールが届いた。ルカ本人に取材しても、彼は「違う」と主張するのだが。

その後、Facebookグループに捨てアカからの投稿がアップされる。
このアカウントが高評価した動画を見ると、そこにはディアナが勤務するカジノが映っていた。犯人はディアナの居場所をすでに調べ上げているということ。この脅迫にディアナは震え上がった。

殺人をし、取り調べられる間も『氷の微笑』の世界に生きていた

猫を虐待する犯人とネット民との戦いのドキュメンタリーだと思っていたら、事件は猟奇殺人へ形を変えていく。ディアナの友人・ジョンの元に「この動画は君が捜しているルカという男じゃないか?」とリンクが貼られたメッセージが届いたのだ。そこには、ベッドに縛り付けられた男性が若い男にアイスピックでめった刺しにされる様子が映っていた。さらには遺体を切断し、その一部を保守党と自由党の事務所に送りつけるという異常性である。
ジョンはこの動画について、警察署に届け出た。

ベッドに縛り付けた男性をアイスピックで刺すのは、映画『氷の微笑』を真似たものである。逃亡先のヒントは、動画に映り込んだポスター『カサブランカ』が暗示していた。つまり、ルカには猫や人を虐待してまで世間から注目されたい願望があったということ。

ルカの人物像が知りたい人は、彼の名前で検索してみるといい。すると、あらゆる情報に触れることができる。
英語だがWikipediaも存在する。ただ、間違いなく気分を害するので、軽い気持ちで読むのはおすすめしない。

幼少期はゲイだといじめられ、家に引きこもりがちになったルカ。この頃、彼は映画にのめり込む。同時に自意識は肥大し、ナルシストになった。世から注目されたいと思うようになり、モデルや俳優になるための活動を始めるも、オーディションは連戦連敗。その後、彼はエスコートの仕事(男娼)に従事するようになった。

ルカの母親は我が子を擁護した。エスコートで顧客だったマニーという男に付きまとわれ、支配されたルカは残虐行為を強いられたと主張するのだ。

事件は急展開を迎える。ベルリンの小さなネットカフェで国際指名手配中のルカが逮捕された。

繰り返すが、ルカは映画好きだ。事件のあらゆる出来事は映画のワンシーンにリンクする。ルカがネット投稿時に使用した偽名は『氷の微笑』でシャロン・ストーンが演じたキャサリン・トラメルから取っているし、メディアに送ったメールにはキャサリンの台詞がほぼそのままの形で引用されていた。

ルカは何年も前からアリバイ作りのため「マニーという男に暴力を振るわれている」と周囲に相談していたが、このときの駆け込み先も『氷の微笑』に出演したマイケル・ダグラスに似た弁護士をわざわざ探すオマージュぶりだ。取り調べを受ける際、刑事にねだったタバコを吸う仕草も、何気なく脚を組み替えた動きも、『氷の微笑』でキャサリンが取り調べを受けるシーンにそっくりである。実話なのに伏線が効きすぎている。ルカは映画の主人公になったような心境だった。

自作の『氷の微笑』キーホルダーを母にプレゼントするほど、彼はこの映画を愛していた。全ての犯行は自己顕示欲と承認欲求から来るものだった。捨てアカでディアナに自分の名を教えたのも、特定班が真実にたどり着かず、自らがクローズアップされないことに業を煮やしての行動だった。

SNSは1つの投稿が人を殺しもするし、承認欲求を満たす道具にも成り得る。世界に殺人を誇示できる環境が、ルカのような怪物を生み出した。残忍な猫の虐待動画を見て犯人の特定に躍起になったネットユーザーたちは、ルカの承認欲求を満たす駒となり、彼の夢に加担していただけ。このドキュメントに引き込まれている我々も、ルカが待ち望んでいた存在である。これこそ、彼が欲しがった名声なのだろう。

ダサすぎる邦題で気軽に見せようとしている?

気になる点が1つだけある。邦題がダサすぎるのだ。タイトルと内容がかけ離れすぎている(原題は「Don't F**k With Cats: Hunting an Internet Killer」)。タイトル詐欺と言ってもいいレベル。しかしこれ、意図的な気がしてならない。

人は軽い気持ちでSNSに投稿するし、軽い気持ちで動画リンクをクリックする。同じように、闇にまみれた内容を想起させないタイトルにし、できるだけ身構えない状態でこの作品を視聴させようと制作陣は狙ったのではないか。

『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』はフェイクドキュメンタリーではなく、正真正銘のドキュメンタリーだ。番組ではぼやかされていたが、ルカがアップした動画の内容は凄惨極まりない。彼が被害者を殺害した動画は、その気になればネットですぐに発見することができる。切断した遺体の手でマスターベーションするなど、ここで全容を書くのはさすがに憚られてしまうが。見るに堪えない内容だった。今度こそ気軽にクリックしてはいけない。
(寺西ジャジューカ)

作品情報

Netflixオリジナルシリーズ
『猫イジメに断固NO!: 虐待動画の犯人を追え』
2019年
Netflixにて独占配信中
視聴ページ:https://www.netflix.com/title/81031373

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