『エール』第17週「歌の力」 83回〈10月7日(水) 放送 作・吉田照幸 演出:橋爪紳一朗、鹿島悠〉

裕一、予科練へ
映画『決戦の大空へ』の主題歌「若鷲の歌」を披露するため、裕一(窪田正孝)は三隅(正名僕蔵)と土浦航空隊に向かう。すでに1曲できてはいたが、発表前に予科練を見学し、もう1曲作りたいと言い出す裕一に、三隅は手を焼く。【前話レビュー】西條八十とのシーンに裕一が作曲家として影響力を持つようになった描写
だが、乗りかかった船と諦めて、2曲を教官に選んでもらうのはどうかと持ちかける。
予科練の練習生と同じように吊り床(ハンモック)で寝た裕一は、翌朝、高らかなラッパの音で目を覚ます。それから予科練の訓練に参加するが、体力がないため、厳しい訓練になかなか追いつけない。
厳しい訓練の合間、腕相撲などしているときの無邪気な様子なども観察しながらも、なかなか新たな曲が浮かんでこない裕一は、ひとり佇んでいる風間寛大(杉田雷麟)に話を聞く。
楽曲披露の日の朝、さんざん悩んだが、風間の話を聞いたら5分くらいで書けたとけろりと言う裕一の話を聞いた三隅は「才能って嫌い」と笑いながらつぶやく。そこには凡人の残念さがこもっているようにも思うが、こんな三隅にも才能があった。
はったりである。
2曲目の感想を聞かれて、譜面が読めないので、適当に答えたら、裕一のツボをついていた。「こういうツイてる人、います」とナレーション(津田健次郎)。人にはそれぞれ能力があるものだと思わせるエピソードだった。
歌は人の心を奮い立たせ、ひとつにする
ところが、裕一の渾身の2曲目を教官たちは選ばなかった。最初に作った高揚感のある明るい曲が好まれたのだ。唯一、2曲目に惹かれた浜名中佐(谷田歩)は、練習生にも聞いてみようと提案する。短調ながら悲しくなり過ぎないよう気を使い、勇気の源になる愛を表現した、裕一の2曲目は、風間の話から生まれた。風間は、それまで親がしてくれていた洗濯がいかに冷たい水に耐えてされていたかを実感したことを語る。当たり前のように服がぱりっとキレイだったのは、母のおかげ。その母のために、飛行機に乗って戦うのだと風間の瞳は真っ直ぐだ。
母への感謝を感じることは美談だが、その母を守るために戦うという発想が果たして美談なのか。そう思う人もいるのだろうし、当時がそうだったのだろうけれど、なんとも切なくなる。だからこそ、裕一の作る曲は、哀調を帯びるのだろうか。
浜名は裕一に「愛染かつら」の思い出を語る。戦場に旅立っていく練習生に、この曲の歌詞を心に励ましたと言う。その歌を心に刻んで特攻したであろう「爆弾小僧」という異名を持つ男のことを思い出し、「歌には人の心を奮い立たせる力があります。

「花も嵐も踏み越えて」の歌とは
『愛染かつら』は昭和13年に公開された松竹映画。映画『暁に祈る』に出演していた田中絹代が出演している。原作は川口松太郎の小説で、続編も含めてその後、何度も映画化、そしてテレビドラマ化もされた人気作。その主題歌が「花も嵐も踏み越えて♪」の「旅の夜風」で、作詞は「若鷲の歌」と同じく西條八十先生。作曲は万丈目正。万丈目正は、裕一と鉄男(中村蒼)と久志(山崎育三郎)の福島三羽ガラスで主題歌を作った『暁に祈る』の挿入歌「愛馬花嫁」も作っていて、「暁に祈る」と「愛馬花嫁」がカップリングでコロムビアからレコードが発売されている。この場面で「旅の夜風」が取り上げられたことは、考え抜かれた選曲といえるだろう。
裕一は優しい
留守番中の音(二階堂ふみ)を訪ねた鉄男は、音に裕一が激戦地に慰問に行かされるかもしれないとこっそり伝える。そのとき鉄男は「優しさって時に命とりになるから」と言う。裕一が、時代と状況に流されている理由を『エール』では「優しさ」としているようだ。この回でも浜名に頼まれるとなんとなくその気になってしまっている。
そう思うとこれまでの裕一像はナットクできる。
窪田正孝はずっと裕一の優しさを演じているように見える。その優しさとは、自己主張が強くなく、良くも悪くも他者の気持ちに寄り添ってしまうことだ。口調も態度も、音符が踊るようにふわりとしている。でも優し過ぎて、ずっと眉間にしわがよって、いつも困っているようにも見えるのだ。そこに、窪田正孝の演技の妙があるように感じている。
(木俣冬)
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主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。
古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。
関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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