松岡茉優・三浦春馬『カネ恋』ひとりの俳優の思いがけない不在が役者陣の迫真の表情を引き出した最終話
イラスト/ゆいざえもん

慶太の不在に見えたもの 『おカネの切れ目が恋のはじまり』最終話

小さなキスをした翌朝。慶太(三浦春馬)は眠れない夜を過ごしたらしく、早朝から出かけてしまう。『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS系 毎週火曜よる10時〜)第4話――最終回は慶太が不在の間、玲子(松岡茉優)が、おカネと恋に振り回された自身の半生を振り返る。


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キスの翌朝、テレビでは、早乙女(三浦翔平)は番組を降ろされ、新しいコメンテーターになっていた。朝の食卓には慶太はいなくて、彼が大事にしているサルー(ロボット)の猿彦さんが椅子に座っている。

ミューン プ〜ン ピュー プイ〜

何もかもいつもと違う朝。髪をばっさり切って出社した玲子は、これまでにない計算ミスをしでかし、経理部で注目の的に。

ざわつく中で定時を迎え玲子がさくさく帰宅すると、母親サチ(南果歩)がメッセージを残して留守にしていた。玲子の長年の早乙女への片恋に新展開が訪れていることに気づいたサチは、新たな可能性の慶太と玲子を二人きりにしようと気を利かせたのだろうけれど、慶太はその晩も戻ってこなかった。

サチも慶太もいない。話し相手は慶太の大切にしているサルーの猿彦さんだけ。昨夜のキスのことを猿彦さんに語りながら、「結婚って、この人ひとりを大切にする。そういう運命にゴロゴロピッカーンって稲妻みたいに打たれてするものでしょう」と言った慶太の言葉を思い出す。稲妻後のキスに意味づけしそうになり、慌てて母が作り置いたカレーをあたために台所へ――。

そこで、ぬか漬けの容器に入った、謎の田中三郎という人物から定期的に送られて貯まった現金書留の封筒を見つける。
それが父・保男(石丸幹二)からのものであることは明白であった。

その晩、早乙女が傘を返すという理由で訪ねて来た。秘書の牛島(大友花恋)は「私辞めませんから」と執念深い。好きでない女性に逆恨みされて失脚させられた挙げ句、そばにいると居座られ重荷なのであろう。早乙女の顔は憔悴しきっている。その瞳は、ふいに立つ場所がなくなり、途方に暮れて、焦点が定まっていない。

慶太がいないと聞いて、猿彦さんに「ホント自由なヤツだよなあ」と語りかける。猿彦さんは、短い腕をぱたぱたと動かし、愛くるしい目で早乙女を見つめるだけ。

ミューン プ〜ン ピュー プイ〜

「ママはいつだって慶ちゃんのいちばんのファンだからね」

翌日は休日。玲子は伊豆へ保男に会いに行くことにする。「ご主人(慶太)と似ているところがありますよね」と言って、猿彦さんを一緒に連れていく。そこに会社での玲子の様子を心配してやって来た板垣(北村匠海)も加わって、二人と一匹の鎌倉から伊豆、電車の旅がはじまった。

途中、わずか3分の停車時間中にイカ飯を買いに途中下車した玲子は、発車に間に合わない。
板垣だけが乗っていってしまう。次の電車までは1時間。玲子はいかめし400円を味わう。あとで彼女は告白するのだが、父に会うことが不安で、わざと電車を遅らせたのだった。そんな逡巡を経て、伊豆で父と再会。

清貧を愛しながら、なぜか早乙女には散財してしまう、どこかおかしい玲子の行動の原因は、父との問題にあった。幼い頃の玲子は、慶太のように親の庇護のもと自由に振る舞っていた。娘にやりたいことをやらせたい一心で、父は会社の経理の仕事を利用して横領し、それがバレて逮捕され、玲子の人生は激変したのだった。

海岸で長年のわだかまりを流す父と子。それを見つめる猿彦さん。

ミューン プ〜ン ピュー プイ〜

言葉ではなく音しか発しない猿彦さん。ただただ、相手を見つめる猿彦さん。
たどたどしい音と表情ながら、猿彦さんは、玲子を導いてくれたかのよう。「君は…なんだ?」とお父さんが猿彦さんに尋ねると、玲子は「こちらは猿わ……」と言いかけて、「猿彦さんです」と訂正する。

第1話からずっと、慶太はこのサルーを大事にしていたが、まさか、慶太が不在になったとき、身代わりのように活躍するようになるとは想像していなかった。

後付になってしまうけれど、このサルーは、おもちゃメーカーの社長・富彦(草刈正雄)が息子・慶太の無邪気さ愛くるしさを意識して作ったロボットのように思えてくる。

その頃、鎌倉には、富彦と妻・菜々子(キムラ緑子)が訪ねて来ていた。父のサルーの猿之助もいっしょ。

慶太の散らかった部屋をのぞいて、
「人を笑顔にする才能を持っていた」
「大人になっても失っていない」
などと慶太の稀有な良さをしみじみ語り合う父母。

帰りに、菜々子は慶太の黄色いジャケットをハンガーにかけて、「慶ちゃん、ママはいつだって慶ちゃんのいちばんのファンだからね」と言いながら、袖をまるで生きている人の腕に触れるようにして語りかける。黄色いジャケットと猿彦さんのボディの黄色が重なる。あんまり気にしてなかったけれど、慶太の衣裳は猿彦さんの色味だったのだなあ。

迫真としか言いようのない登場人物の表情が随所に

帰りの電車では、板垣が「ホント迷惑な人だけど、嫌いになれないんですよね」と慶太を思い出して、猿彦さんに「また遊ぼうな」と頭をなでる。

そばにいるときよりも、不在のときのほうが、その人のことが色濃く浮き上がる。あれだけ陽気に振る舞っていた慶太がいないと、静か過ぎて、彼の不在の大きさを考えてしまう。
その人に振り回されて、いつの間にか頼って。それがふいにいなくなって、ぽっかり空いた穴を前にしたとき、残された自分のことを見つめるしかなくなる。

玲子の心の旅に付き合った板垣は、玲子がどれだけ好きだったか思い知り、でも玲子は自分のものにはならないとわかって泣く。

サチは、別れた夫と娘のほころびが繕われたことを喜んで泣く。彼女はずっとひとりで明るく振る舞いながら忍耐して生きてきたのであろうから、我慢していた涙が溢れてしまったように見える。

前述した早乙女。彼の寄る辺のなくなった顔は、いつも去勢を張って自信を持ってきりっと作っていた顔とはまるで違う、隠してきた内面が溢れた顔だった。

松岡茉優・三浦春馬『カネ恋』ひとりの俳優の思いがけない不在が役者陣の迫真の表情を引き出した最終話
2021年3月5日にBlu-ray / DVD発売。画像は番組サイトより

ドラマはフィクション。作った言葉、作った表情をいかに迫真に見せるかが、作り手の仕事である。『カネ恋』の最終回には、迫真としか言いようのない表情が随所にあった。
なぜだろう。
慶太が不在であったからだろう。

慶太を思った登場人物たちの顔が、作りものを越えて見えた。

このドラマに出ている俳優ではないが、ある俳優が「その瞬間、その人物として生きる」ことを目指しているが、ある監督に「私生活で誰かと喧嘩してそのモヤモヤを抱えたままカメラ前に立つのが役者だ」と言われたと取材で聞いたことがある。作り物(映画やドラマ)を作るうえで興味深い話だと私は思う。『カネ恋』の最終回は、ひとりの俳優の思いがけない不在を通して、俳優の感情が演技にどう反映されたかがきわめて色濃く出たものになったのではないだろうか。

ドラマの冒頭で草刈正雄が読む「方丈記」にあるように、時間や人生はただ流れていく無常なもの。定着することなく形を変えて、そして消えていくにしても、一瞬の出会いに心が踊り、あたたかくなることは事実で、だからこそ、その一瞬はたまらなく愛おしい。その一瞬をお金で買うこともできるかもしれないけれど、そこで感じた心はお金では買えやしない。

終盤、「お金と愛の相関関係については私もまだわかりかねます」と玲子は言う。お金では買えない大切なものがあることを描く物語は世の中にいくつもあるけれど、『カネ恋』はそういう言葉を一切使わずに、お金で買えないものを映し出した。

不在のなかで仕事をやり抜いた俳優やスタッフも素晴らしい。そして、自らが演じることなく、相手役からえもいわれぬ表情を引き出した三浦春馬に拍手を贈りたい。これこそ、形は変わっても続いていくということではないだろうか。
無常とは永遠でもある。

縁側で、「会いたい…みたいです」と慶太のことを思いながら、「今日はとても長旅だったから疲れましたねえ」と童子のように眠そうに目を瞑る猿彦さんを抱きしめた玲子の表情は、永遠に刻みつけられる。それは誰もが大切な人に感じるいたわりの心だった。
(木俣冬)

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番組情報

TBS 火曜ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』
※放送終了
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/KANEKOI_tbs/

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