『エール』第20週「栄冠は君に輝く」 98回〈10月28日(水) 放送 作:清水友佳子、演出:倉崎憲〉

『エール』終わってもなお人々の人生に暗い影を落とす戦争 裕一の音楽は久志を救うことができるのか
イラスト/おうか

「波に乗るのがうまいよね」

落ち着いて深みのある、それでいて明るさも残すナレーションを担当している津田健次郎がドラマにも出演することで注目の20週。津田の役は、身を落とした久志(山崎育三郎)の博打仲間である犬井。博打でハメを外したかと思えば、久志の飲みすぎを心配したりもする。


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「どん底まで落ちろ」

19週で裕一(窪田正孝)にそう言ったのは「長崎の鐘」の永田先生(吉岡秀隆)。どん底まで落ちていたのは、久志だった。

地元の議員の息子だった久志だが、戦後のGHQの政策のひとつである農地改革で土地を失い、家も失い、父も亡くなり、文無しに。博打と酒に溺れ、藤丸(井上希美)の世話になっていた。

色男がやさぐれて女性の世話になる。絵に描いたようなシチュエーションを山崎育三郎が鮮やかに演じている。山崎は明るいプリンスというキャラも似合っているが、ほの暗いキャラもハマる。とても飛距離のある役を演じられる俳優である。

「しかし彼もなかなかやるよな。戦争中は戦時歌謡、戦争が終われば平和の歌。時代の波に乗るのがうまいよ」

裕一の生き方を皮肉る久志に、鉄男(中村蒼)は血相を変える。ここで、鉄男は幼少期のまま、真っ直ぐ熱い、いささかマッチョな役割で、久志をどやしつける。


「自分だけが不幸だと思ったら大間違いだぞ。誰もが大変だったんだよ。みんなそれを必死で乗り越えようとしているんだよ」

なぜ、久志は裕一を責めるのか

久志は地元で戦時歌謡を歌って慰問していた。戦後になって「戦犯みたいなものだよ」と地元の人たちに責められたことが回想される。

父親に自由に歌の道を歩ませてもらったにもかかわらず、親の助けになれないうえに、その歌が戦争協力として戦後、罪のように言われるようになってしまったことを久志は悔いる。

史実では、裕一のモデル古関裕而も、池田二郎のモデル・菊田一夫も皆、そうなることを恐れたり悩んだりしていた。自伝で古関裕而はあくまで人々の気持ちに寄り添っていたというような表現にとどまり、菊田ははっきり自分の責任を文字に残そうとしている。

久志は、歌手としてそれほど活躍しているふうに描かれていないが、モデルの伊藤久男は戦時中も活躍していた。そしてやはり戦時歌謡を歌っていたことを戦後、苦悩し、酒に逃げていたと伝えられている。

『エール』では裕一は決して波に乗っただけの人ではないように描かれているが、なかにはこういうふうに思う人もいる。それを久志に言わせることで、強烈に刺さるものになった。ただし久志は本人には言わない。それは友情か、それとも……。


高等学校野球大会の歌を歌わないかと訪ねて来た裕一を「君の顔を見ると気分が沈むんだよ」と言って追い返した久志の想いも含めて考えていくと、想像が膨らんでいく。こういった登場人物たちのミステリアスな余白は、これまでの朝ドラにはなかった表現である。

『エール』終わってもなお人々の人生に暗い影を落とす戦争 裕一の音楽は久志を救うことができるのか
写真提供/NHK

戦争の苦悩は終わっていない

裕一が音楽で戦争協力した悩みは、19週で解決したかに見えて、20週で久志の苦悩を今一度書くのは、歌の2番、3番で同じ歌詞が繰り返されるようなもの。大事なところは繰り返す。これによって、戦争のとき芸術家はどうしていたかの問題は、解決したかに見えて、そんなことはなく、もっと根深いことが伝わってくる。

父の一周忌を前に、福島に戻った久志を追いかける裕一。裕一の音楽が、久志を救うことができるか。「時代の波に乗るのがうまい」と言うトゲを、裕一の真心の象徴である音楽がやわらげることができるか。20週のポイントはその一点であろう。

裕一が久志のことで悩んで、喫茶バンブーでその話をしている場面のあと、音がオペラのレッスンで歌うシーンに切り替わる。音の高音が、陰鬱な空気を晴らしていた。やっぱり歌は気持ちを変えるものだなあと思わせた。

新装した喫茶バンブーの謎

戦時中は休みを余儀なくされていた喫茶バンブーであったが、戦後はすぐに復活。カウンターが緑の竹になっている。
レコードもたくさん並び、音楽喫茶の様相を呈してきた。

それは全然いいのだが、なぜ、本が置いていないのだろう。12週の特別編(スピンオフ的なもの)によれば、前職は古書店の店長で、夫婦(野間口徹、仲里依紗)共に、本が好きという設定であるはず。レコードだけでなく、文学書も置いてほしい。
(木俣冬)

■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村蒼(村野鉄男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■山崎育三郎(佐藤久志役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上希美(藤丸役)プロフィール・出演作品・ニュース
■津田健次郎(犬井役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仲里依紗(梶取恵役)プロフィール・出演作品・ニュース

■野間口徹(梶取保役)プロフィール・出演作品・ニュース


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『エール』終わってもなお人々の人生に暗い影を落とす戦争 裕一の音楽は久志を救うことができるのか
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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