『おちょやん』第1週「うちは、かわいそやない」
第5回〈12月4日 (金) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

千代、家を出ていく
父・テルヲ(トータス松本)の後妻にきた栗子(宮澤エマ)の存在が日に日に大きくなっていく。【前話レビュー】千代の継母追い出し作戦「追い出される前に追い出したらあ」
栗子は三味線しか特技がないかと思いきや、じつは小料理屋につとめていたことがあって料理も意外とうまく、それをふるまい、テルヲもヨシヲ(荒田陽向)も舌鼓を打つ。
母を知らない弟・ヨシヲは栗子に母の面影を見出しはじめ、近隣の人も親しくしはじめていた。
栗子は妊娠していて、テルヲとの子供の3人で暮らしたいと希望している。「あんたら目障りなんや」とまで言うが、この状況をヨシヲは幼いからなのかなんなのか、理解していない。栗子に歯向かう千代を黙って止める。この間がやたら長く、何も言わずに無邪気なヨシヲの瞳だけが印象的。
そんな弟だけは家に残してほしいと千代は頼み、ひとり大阪の芝居小屋に奉公に行くことになった。
『おちょやん』とはどういうお話か、これからの展開が事前にアナウンスされている視聴者としては、芝居小屋に行って女優になることが本番だと知っている。だから、とっとと芝居小屋に行ったほうが千代は幸せになれるぞーと思う。その安心感が担保されているからか、千代が家を出ていく流れが驚くほど手短で救いがない。後妻が来て妊娠していて、先妻の子は要らないから奉公に出すとは、ひど過ぎ!

千代が出ていくとき、栗子が三味線を弾いている。その弦がぷつっと切れたとき、テルヲが千代の向かった先に走り出す。
「うちがあんたらを捨てたんや」
追いかけてきた父を見て、笑顔になる千代。ところが、テルヲは、サエ(三戸なつめ)の写真を千代に手渡す。おまえが持っていたほうがいいと。栗子の手前のほかに、わずかな優しさもあるのだろうが。だからこそ救いようがない。すべてにおいて、やることが裏目に出る男、それがテルヲだとこの場面で確信した。
完全なる別れの表現であった。いまの家に、過去の記憶はすべて一掃して、栗子との新生活にするということだ。娘に一切のの未練を絶たせる仕打ちに、千代は「うちがあんたらを捨てたんや」と考え方を切り替えるしかない。
こうして千代はきれいさっぱり、忌まわしい貧しい家から去って行く。月に帰ったかぐや姫のようにと、半ば強引にかぐや姫の物語と結びつけるのは、そうでもしないと千代が不憫過ぎるからであろう。物語とは哀しいことを美しいことに塗り替えるもの。主題歌では<笑顔をあきらめたくないよ>と歌っている。
それにしても、このお別れがあまりに悲しすぎるので、こうなった理由を考察してみる。
よくできた人情話だったら、父と子の別れを、父にも事情があって泣く泣く子供を外に出すというような物語化が施されるところ。それがないのは、この時点では、“物語”の概念がない世界をあえて描いているからだ。
千代の生まれた村は、日常を物語化しておもしろおかしく見せて気持ちを紛らわせることのない、ただただ無味乾燥で窮屈な世界。そこから一歩出れば、現実を楽しく塗り替える物語にあふれたみずみずしい世界が待っているのである。
父と娘をつないでいるのは「こめかみ」が似ていると父が言った、妙に生々しい言葉のみ。別れても、血のつながりは切れないのだということを実感させた。

普通なんてない
奉公に行く前に、卵を持って挨拶に行くと、玉井先生(木内義一)は、「普通の子なんていません。いろんな子がいて、みんなそれぞれがんばっているんです。強いて言えば、それは普通です」と言う。それが先生のできるせいいっぱいで、千代を引き止めることはできない。「さようなら」と断ち切って、ちょっと辛そうな顔で、千代の後ろ姿を見つめるだけ。千代は、勝次(原知輝)にも卵を持っていく。何も知らない彼は「またな」と言う。「またな」なんかないのに。ああー、哀しい。早く楽しい話にならないと、視聴率が回復しないぞ。
別れ際、千代の手を黙って握ったウメ(正司花江)の優しさだけが染みた。
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木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami
■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』【放送予定】
2020年11月30日(月)~
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」