「カオナシが来たらどうする?」元ディズニーランドの防災責任者が語るトラブル対応

「カオナシが来たらどうする?」元ディズニーランドの防災責任者が語るトラブル対応

長年愛され続けているジブリ作品。特に今年は「千と千尋の神隠し」などのリバイバル上映や12月25日には今年最後の金曜ロードショーで「風の谷のナウシカ」が通算19回目の放送をするなど度々話題となっている。加えて、30日には初の3DCGとなる長編最新作「アーヤと魔女」の放映も控えており、大きな注目を浴びている。

ジブリ作品内ではいろんなトラブルが発生するが、前編(※関連記事参照)で「風の谷のナウシカ」や「魔女の宅急便」に続き、今回は「千と千尋の神隠し」「もののけ姫」の2作品について元ディズニーランドの防火防災担当を長年勤めてきた石井修一氏に解説してもらった。

水際対策で運営されている神の世界


――前編に続いてジブリ作品の防災対策についてお伺いできればと思うんですが、今回は最近再上映などでも話題になっている「千と千尋の神隠し」についてお聞きしたいです。

まず気になるのが、神様の世界に行くためのセキュリティが軽いですよね。自分はディズニーランドの防災担当をしていたんですが、こういう場所は「安全な場所に、安全な人だけ入ってもらう」ことが基本なんですね。
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だから、外から入ってこれないように仕切りをして、エントランスで安全な人かどうかをチェックして、荷物もあまり持ち込んでもらわないようにします。

そういう対策と比べると、あの世界は「けっこう水際対策だなぁ」と思いました。

――確かに冒頭で千尋たちは大きなトラブルもなくあの世界に入れてますよね。あとは湯屋もなかなか古い建物に見えるのですが、こちらはいかがでしょうか。

いまの消防法から考えると、最低でも避難方向を2方向に向ける必要があります。あの湯屋は入り口がひとつなので、かなり避難が難しい建物になると思います。
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あと建物の古さに関していうと、やっぱり建てたときが一番安全なんですね。人が入ってくると、使いやすいように少しずつ手を加えていくんです。

でも、手を加えたところは法的なチェックがされていないので、安全レベルは下がります。なので「建物に手が加えられて、いつもと様子が変わったところ」をチェックすると、断線や落下物などが見つかったりしますよね。

――なるほど……。実際にあの湯屋でトラブルが起きた場合は、どういう避難をするのでしょうか?

おそらくあの湯屋の場合、何かが起きた際は誘導係がポジションについて避難をさせ、出口で神様たちがかたまらないように先導することになると思います。それから、これは現場でもそうなのですが、建物から避難をして外に出た方というのは、出た瞬間に安心をして今度は野次馬になってしまうことが多いんですね。
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それで事故になることもあるので、遠くまで誘導しないといけないんです。

――「避難した瞬間に野次馬になる」というのは実際にやってしまいそうな行動なので参考になります。

あとは高さですね。高さがある建物ほど避難が難しくなるので「どういった順番で避難させるか」というノウハウが必要になります。

建建物の構造によりますが、地上に出られる階が「避難階」と呼ばれていて、だいたいの建物は1階が該当します。

そして、通常は出火階と直上階から順に避難をしていきます。避難誘導ができないと避難階から遠い上の階の方が避難する時間は遅くなります。

――「千と千尋の神隠し」の湯屋の場合、湯婆婆がもっとも高いところに自分の部屋を持っているんですが、あれはもしかしてかなり危ない位置なのでしょうか?

湯婆婆は飛べるので大丈夫だと思います。
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――よかったです。実際の銭湯での避難についてもお伺いできますか?

街にある銭湯でいうと、特有の問題点としてお客さんの数に対して従業員が少ないんですね。

なので、避難をするときは各自がばらばらに逃げるという「自主避難」になると思います。いつもの常連さんに誘導や避難の助けをお願いしておくというのも手だと思います。

――なるほど、実際に役立つ意見が聞けてありがたいです!

1人でカオナシ対応をするのはかなり過酷


――防災とは少し離れますが「千と千尋の神隠し」ではカオナシというトラブルモンスターがいるのですが、こういった「お客さんとのトラブル対応」についてもお聞きできますか?
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自分の経験でいくと、基本はまず親切かつ礼儀正しく対応します。あとは場所を変えて話をすることも多いですね。

それから、暴力的な人の場合は対抗するために2対1や3対1で話し合います。千尋はカオナシと1対1で話していましたが、あれはかなり過酷な対応だと思いました。
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――千尋は(川の神様からもらった)お団子をあげたりしていましたが、対応としてどうなのでしょうか?

お客様にものをあげるという対応は基本的にはだめなんです。納得してもらうまでお話しするのですが、時間がかかって大変なことが多いのでお腹が痛くなってしまうんですけどね……(笑)。

ただ、ハードクレーマーの方って2時間ぐらいしっかり話してお互い納得できるようになると、ハードリピーターに変わってもらえることも多いです。だからクレームを受けた時ほど、きちんと対応をしていかなければいけないと思っています。
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――千尋と違って湯婆婆は正面から対抗したりしていますが、こちらの対応はどうでしょうか。

その後の湯屋の評判を気にしていない対応だなと思いました。大勢の人が見ている中で正面から闘うというのは、現実のテーマパークだと難しいですね(笑)

――湯婆婆って防災やリスクマネジメントの観点からみて良いリーダーなのでしょうか?

統率力はすごいと思うのですが、従業員を大事にしているかというと疑問です。力やお金でついて来る人はいると思いますが、気持ちがついてきているかというと難しいと思います。緊急時になったときに助けてもらえないリーダーではないかと思いました。
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――経営面で優れていても、防災という観点で見ると違うということですね。おもしろいです。

防災の部署ごとに欲しいエボシ様


――最後に「もののけ姫」についてお聞きできればと思います。
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もののけ姫に関しては、エボシ様のリスクマネジメントは最善のものだったと思うんですよ。

村や人を「守る」という態度が明確だし、自分が離れたときの守り方も現場にきちんと伝えているし、準備もしているし、結果はどうであれできる限りの対策をされていたと思います。
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――非常に評価が高いですね。

そうですね。エボシ様は防災の部署ごとにいて欲しい存在です。

――絶賛ですね! 「もののけ姫」では怪我人を手当したりするシーンも多くあるのですが、特に適切だと思った対応はありますか?

アシタカが森で倒れている甲六たちを助けるシーンがありますが、あれは今でいうトリアージをしているなと思いました。
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※トリアージ:医療資源(医療スタッフや医薬品等)が制約される中で、一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うため、傷病者の緊急度に応じて、搬送や治療の優先順位を決めること

助かる人かどうかを判断して、どちらを背負ってどちらをヤックルに載せて運ぶのかといった判断をしていて、適切だったと思います。

――なるほど。「もののけ姫」ではタタラ場も出てきますが、あの場所の防災対策などについてもお聞きしたいです。

一番驚いたのは従業員が軽装なことでした。手袋、長そで、今でいうヘルメットのような装備が必要だと思うのですが、何もないのが気になって……。
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あとは、水と塩の補給が必要な労働環境だと思いました。きちんと補給しないと体が動かなくなって命の危険がありますから、おそらくタタラ場でも管理しているのではないかと思います。
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それから火を使う場所ですから「いつも物を置いている場所に物を置く」「置かない場所には置かない」という位置管理もされているだろうと思います。

ああいった火を用いる現場では、1人が良かれと思ってやったことが他の人や自分を火傷や事故の危険にさらすことなったりするので、グループで動くことが基本になんですね。お互いのことを見ながら、相互に確認する作業をしていると思います。

――作品を観ているだけでは気付かない裏側のことが知れて嬉しいです。今日はありがとうございました!

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。

Twitter:https://twitter.com/_maishilo_
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Profile
石井 修一

1983年の東京ディズニーランドグランドオープンから一貫してパーク内の保安部署でゲストとキャストの安全安心を守るために、保安・防災計画の立案から訓練などのキャスト教育を行う。在職中は東京ディズニーランドから始まり、イクスピアリ、アンバサダーホテル、舞浜リゾートライン、東京ディズニーシーの消防計画に携わり、東京ディズニーリゾート全体の防火管理体制を構築。2004年に石井行政書士事務所を開業。現在、NPO法人 危機管理対策機構監事、NPO法人 事業継続推進機構監事、一般財団法人危機管理教育&演習センター監事、NPO法人手をとりあってつなぐ命理事として、地域・企業における危機管理に関する指導、講演を行っている。


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