『おちょやん』第9週「絶対笑かしたる」

第44回〈2月4日 (木) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』女形の要二郎を劇団から切った一平(成田凌)の真意 女性役は女性が演じるべきか
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

女性役は女性が演じるべきか

一平(成田凌)を座長にして生まれた新しい劇団を辞めた天晴(渋谷天笑)徳利(大塚宣幸)を呼び戻すことに成功。ホッとしたのもつかの間、一平は、女形の漆原要二郎(大川良太郎)に辞めてほしいと切り出す。

【前話レビュー】嵐や〜〜! 天晴(渋谷天笑)戻るも一平(成田凌)の爆弾発言で予想外の展開に

「女の役は女の人に演じてもらいたいんです」という理由で。
名優・千之助(星田英利)がいなくても、万太郎一座に対抗できる新たな喜劇を作るため、これまで慣習のようだった男が女性を演じることを変えたいという野心に燃える一平。
“歌舞伎やシェイクスピアみたいに何度も上演されるもの”を作りたいと言うが、歌舞伎やシェイクスピアこそ、女性を舞台にあげていなかったのであるが……。

ここで一回、復習しておくと、歌舞伎では、もともとは出雲阿国を筆頭に、女優もいたのだが、江戸時代、女優が出ることが禁止されたため、男性が女性を演じることになり、その独特の芸が洗練されていった。『演劇小辞典』には、“曾我廼家系の喜劇などにもすぐれた女形がいて“とある。

曾我廼家系とは『おちょやん』の須賀廼家万太郎や千之助などのモデルになっている系譜である。万太郎がおばあさんを演じたり、要二郎が女性を演じたりしているところに、すぐれた芸があるものとしてドラマでは描かれていると考えていい。でもその芸をあえて封印しようとする一平の本気。

「これは自分のことだと思ってもらいたい」という言葉には、女性観客の気持ちに寄り添いたいという思いがあるのだろう。ここでは、以前、千代が天海一座で女中の代役をやったときに女性の気持ちが真に迫っていたと感じたというふうに繋げてほしかったが、そこは勝手に観ているほうが繋げて観ることにしておく。

ここで注目したいのは、「男の役をやってもらえませんか」と頼む一平に「ええ加減にしいや、若造」とキレたときの要二郎の顔。それまで女形らしくやわらかな表情をたたえ続けていた彼が、険しい顔になり、声も荒くなる。男性性に戻ったような印象だ。


朝ドラ『おちょやん』女形の要二郎を劇団から切った一平(成田凌)の真意 女性役は女性が演じるべきか
写真提供/NHK

千代(杉咲花)に「こないな顔見られたくない」と言って去っていくのは、女性の仮面を外した“顔”のことではなかったか。要二郎がこれからどうするか興味を引く。

なりゆきで喫茶店デートふう

要二郎に引導を渡したつらい気持ちを晴らすように、鼻歌を歌いながらぷらぷら歩く一平を、睨みながら追いかける千代。喫茶福富の前で菊(石野陽子)につかまって、ミルクセーキとコーヒーでお茶。

一平はここでシズ(篠原涼子)の話を、朝ドラ名物・立ち聞きしたことを話す。岡安の最後まで従業員を解雇しないというシズの覚悟とは逆に、要二郎を切った自分の覚悟を語る。

一平「どないしょ」
千代「知らんわ」

一平の覚悟と同時に、千代は、岡安が崖っぷちであることを知る。どうにもならないふたり。沈黙を破るのは、あとから来たたくさんのお客さん。なんとも奇妙な余韻で場面は変わる。

「無筆の号外」とは

女形の行く末に悩む要二郎。悩んでいるのは彼だけではない。一平とは組まないと意地を張る千之助もまた……。亡くなった天海天海(茂山宗彦)のことが忘れられず、ひとり酒をあおる千之助。


千之助は、かつて、万太郎(板尾創路)と組んでいた。回想の劇中劇として描かれたレストランの喜劇は、9話のレビューで解説した、千之助と万太郎のモデルである「曽我廼家喜劇」の曾我廼家五郎と十郎による演目で、日露戦争のはじまる2月11日に開いた芝居で、3日目から時局に合わせて演目を急遽差し替え人気を博した「無筆の号外」である。

朝ドラ『おちょやん』女形の要二郎を劇団から切った一平(成田凌)の真意 女性役は女性が演じるべきか
写真提供/NHK

その後、万太郎に「おまえは必要ない」と言われ袂を分かった千之助が、居酒屋で飲んでいるときに、天海が現れ「わしを笑かしてみい」と挑む。そこに地震が起こり、鳥のように羽ばたく動きをすることで地震の恐怖から逃れようとする千之助。一緒に合わせてやる天海。その出会いで天海と組むことになった。

地震の恐怖を羽ばたきでやり過ごすのは地震の規模が小さいときでしかないとは思うが、戦争、地震と、そのとき起こったアクシデントをいかにして笑いに変えて、みんなと共有できるかに賭ける、笑いをやっている者たちの生き方がこのふたつの場面で見てとれる。

一平の鼻歌もそれと同質のものだ。言葉にできないことを、芝居や歌にして晴らそうとする男たちの強がり。こういうのをペーソスといい、これこそが松竹新喜劇に通じるものである。

千之助のイメージのなかで、花吹雪がかすかに舞うなか、去っていく天海の後ろ姿は、まるで時代の終わりのようにも見えた。
コロナ禍で突然の価値観の変化が起こっている今、どうしたらいいのか迷える者たちには、『おちょやん』のなかで今悩んでいる人たちの姿が「これは自分のことだと」思えてくる。
だからそこに希望を紡いでほしい。

はい、ご一緒に。

<笑顔を諦めたくないよ♪>(主題歌「泣き笑いのエピソード」より)

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■いしのようこ(富川菊役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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