死の匂いがする場所に向かう『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』
2017年より不定期放送がスタートした『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』(テレビ東京系)を知らぬ者は少ないだろう。異国のマフィアやギャングといったヤバい人たちの元へ行き、食事風景を見せてもらう。同番組、現在はNetflixでも配信されており、シーズン1(全5話)でロケが行われたのはリベリア、台湾、アメリカなどだ。
「唯一考えていた条件は、死の匂いがすること。『食うことは生きること』である人たちに会いたかったので」
解せないことが1つだけある。なぜ、そこまで危険を冒しておきながら掲げるテーマが「ご飯」なのか?
「人と人が触れ合う瞬間で、日本人がいちばん馴染みがあるのは『飯食いましょうよ』。普通、ドキュメンタリーと言うと、1年密着しましたとかいうけれど、我々は体力的にも、時間的にもそんな余裕はないですから。じゃ、どういう瞬間を俺たちが設けたら、その取材対象者と一気に深められるだろうかって考えた時に、日本人なんで、やっぱり飯じゃないかと。同じ釜の飯を食ったら、話せないことも話せるようになったりするじゃないかという目論見もあって、厳しい状況で暮らしている人たちと僕らを飯でつないでみようというアイデアが僕の中で生まれました」
1回の売春とカレー1食分がほぼ同じ値段
まず、スタッフはリベリアを訪れた。リベリア内戦で訓練を施され、前線に送り込まれた元少年兵900人が暮らす墓地へ向かったのだ。戦争中の少年兵は悲惨だった。現実から逃れるためにコカインを常用。極限状態に置かれた彼らは殺した敵兵の肉を食ったとも言われている。
じつは、この集団にいるのは男性だけではない。
「今は食べ物を買う金がないよ。客が来てセックスをして、客が金をくれたらご飯を買いに行くの」(ラフテー)
スタッフはラフテーが客を取るところから密着した。そして、彼女は1人の男と売春行為を行った。客1人を取って得た報酬は200円。彼女はそのお金で150円のカレーを食べに行った。つまり、1回の売春行為と1回の食事代がほぼ同じ……。
馴染みの食堂で山盛りのカレーを注文し、スプーンで頬張るラフテーは笑顔だ。そんな彼女にスタッフは「今、幸せ?」と質問した。
体を売り、人骨と共に墓で眠りにつく元少女兵。我々の基準からすると、とても幸せには見えない。でも、彼女には両親を殺され、復讐のためにたくさんの人を殺してきた過去がある。それを踏まえた上で改めて彼女の言葉を聞くと、受け止め方は全く変わるはずだ。
ギャングがオーガニックにこだわるのは必然
スタッフは続いて、アメリカのロサンゼルス・サウスセントラル地区を訪れた。殺人事件が1週間に1回起こる同地のギャングと会い、「食事してるところを撮らせてほしい」とお願いするためである。完全にどうかしている。黒人ギャングのシマへ行くと、意外だった。メンバーが連れて行ってくれたのは、ギャング仲間が運営するハンバーガー店だったのだ。
「ここは特別で超オーガニックなんだ」
店員は全員ギャングだし、ギャングのくせに健康志向だし、妙な意識の高さに笑う。危ない橋渡りまくりのわりに、長生きしたいのかしたくないのかよくわからない。敵対するメキシコ系ギャングと比べると、たしかに肥満体型のメンバーは少なく、意識の高さは容姿から伝わってくる。
笑い事じゃなかった。メンバーの1人がハンバーガーを頬張りながら言うのだ。
「生まれたときからこの環境で育ってるから、“今日死ぬかもしれない”っていうのが普通なんだ。これが最後の食事になるかもしれない」
毎日が最後の晩餐ということ。そりゃあ、質が良くて美味しい食事を取りたいだろう。「ギャング」と「オーガニック」はアンバランスかと思いきや、必然だった。
善悪二元論へのアンチテーゼ
『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』がヤバい場所でロケをするには理由がある。上出プロデューサーは語る。「ほぼ全員、人殺しなんですよね、この番組に出てくる人。殺人という“最上級の悪”を犯している人たちも、世界のどこかで僕らと同じように食事をして生きている。それってすごくリアルですよね。でも、彼らは本当に『悪人』と言い切れるんだろうか? 人殺しがダメだっていう国も戦争しているじゃないか。殺人犯にも、もっと身近な万引き犯や不良少年にも、外からは知りえない事情があるかもしれない。
番組はシベリアの地方都市・アバカンで活動するカルト教団「ヴィサリオン教」に接触し、信者の食事風景の撮影を試みた。世間からは「疑似キリストのカルト教団」「大量自殺の可能性あり」「国家構造の侵入しようとしている」と噂されている宗教集団である。
信者らは白装束に身を包み、手をつなぎ、輪になって集会を開いていた。怪しさは十分。だが、邪悪な感じはしない。それどころか、笑顔で話しかけてきたり、かなりフレンドリーなのだ。
ちなみに、このエリアには信者以外の人も生活しているという。信者の1人は同地における教団の現状を語った。
「20年前、我々がこの地に移住したとき、もともとの住民は受け入れてくれなかった。住民に信者が消されそうになったこともあった。やっと最近では関係が改善され、信者と住民が結婚することもある」
――カルトって言われてるのはどうなんですか?(ディレクター)
「誰にも教えを押し付けることはありません。来た人は受け入れるけど、嫌な人は来なくていい」
――あなたは全然カルトの人に見えませんね。
「ほらね。君たちを無理やり勧誘したりしないよ」
たしかに、カルトの基準がわからなくなってきた。スタッフは13歳の少年信者にも話を聞いた。
「ここで生まれ育ったよ。モスクワに1年だけ住んでたんだけど、あんな場所はもうこりごりだよ」
――答えづらいかもしれないけど、この宗教がカルトだって言われてるのは知ってる?
「うーん、よくわからない。そんなことを言うのはこの村に来たことがない人たちだよ。だって、人はそれぞれ違うじゃん(笑)。僕は人と助け合うのが嬉しいから、みんなで仲良く暮らせれば幸せだよ」
信者らの話を聞いていると、何が“悪”なのかわからなくなってきた。俗世間の汚さから隔離された桃源郷にさえ見えてくるのだ。
その後、スタッフは村の外れの商店を訪れた。ヴィサリオン教に属していない人が営むお店のようだ。店番を務める女性は教団について吐き捨てた。
「ヴィッサリオン(教団の教祖)が来る前、村には昔から住んでた人がいた。そこに教団が突然入って来たんだ。もともとの住民と教団の信者で揉めてね。けっきょく、元の信者のほうがみんな村から出て行ったんだよ。子どもが信者になったら大変だからね」
辺境の村人たちが住み慣れた土地を出ていくなんて、相当だ。教団の少年に好感を抱いた直後に現地民の言葉を聞き、善悪の境界線が揺らいだ。桃源郷の裏には、村を追い出された人たちが存在するのだ。上出プロデューサーは言っている。
「ああいう教団のロケの場合は、取材を受ける側は、ようこそいらっしゃいましたっていうスタンスなんですよ。それは、ものすごく難しい。番組にならない。教団のPRビデオになっちゃう。そういう時になるべくそこから逃れる。案内してくれる人を巻くという作業に入っていく。どうやったら案内役の信者を巻けて、この宗教は素晴らしいっていう話以外を聞けるか」
少年が口にした「人はそれぞれ違う」の一言が重い。教団から見れば平和でも、教団のせいで追いやられた村人もいるのだ。全員が幸せになるのは難しいのか? やはり、人はそれぞれ違う。
難民には事情があり、自警団は暮らしを守らなければならない
番組はブルガリアとギリシャの国境の自警団を取材した。彼らは西ヨーロッパを目指す不法難民を取り締まっている。「武装して国境を越えてくる難民もいる。自分たちを殺そうとするヤツらをどうやって許せる? これはもう戦争だよ」
「国境を越えてくる難民の10%はテロリストだ」
一方、番組はセルビアの難民にもコンタクトを取った。町はずれの廃工場で出会った難民たちは、予想に反してみんなフレンドリーだった。そのうちの1人は「人は俺たちに全然違うイメージを持ってるよね。エイリアンみたいに思われてるんだ」と笑った。なぜ国を出たか問うと、パキスタン出身の難民2人はこう答えた。
「俺たちが住んでいた街はアフガニスタンとの国境近くだった。毎週、アメリカとタリバンが戦ってた」
「爆弾のシャワーでみんな死ぬ。子どもも。俺には兄がいたが死んだよ。家族は死に、仕事もない。『ヨーロッパに行けば少しは人生が良くなる』と思った。でも、もう国境は閉じちまったんだよ。パキスタンは俺の母国だけど、狂っちまったんだ」
またしても、正義と悪の境界線が揺らいだ。アメリカとタリバンの戦争はアメリカが正義と思っていたが、その陰で何の罪もない国民が被害を受けていた。以下は上出プロデューサーの発言である。
「自分の国を捨てて5,000キロの旅に出るまで追いつめられているのに、それを自動小銃でつかまえようとするなんてどうかしてる、とも思える。その一方で、ヨーロッパでは難民出身のテロリストに家族を殺された人もいる。どっちもが、ただただ安全に、幸せに暮らしたい。それだけなのに、どちらが正義とも悪とも言えない状況が何層にもなっている。越えたら違法だとされる国境ですら、その成り立ちが果たして正しかったのか、それさえ不確かじゃないですか。僕らはジャーナリストではないし、報道のスキルを勉強していないので、バラエティの枠でちょっとでも何かを感じてもらえたらいいなと思って」
難民の中に難民歴2年半、16歳の少年がいた。彼の名はサルラン。なぜ、少年はその歳で国を出たのか?
「首にガンがあるんだ。親父は足が悪くてずっと無職だ。だから、うちの家族は貧乏なんだ。なるべく早くイタリアに行って治療費を稼ぎたいんだ」
サルランは夜になるとジャングルで寝ているらしい。彼は寝床をスタッフに見せてくれるという。サルランは夜道を案内してくれた。現地スタッフは警告する。
「危険だと思う。昼間ならまだしも、夜歩くのはヤバい」
サルランは真っ暗な道を突き進み、そして、なぜか寝床の場所を見失った。すると、彼は「ちょっと待って、家を見てくる」とスタッフを置いてどこかへ消えてしまった。怖い。現地スタッフが念を押す。
「もう、引き返したほうがいいんじゃないか? これが罠だったら他の仲間が来るぞ。ここにいたら襲われるかもしれない」
セルビアで生活する人たちにとって、難民は“悪いヤツ”という先入観がある。だからこその警告だ。
しかし、サルランは1人で戻って来てくれた。
「遅くなって申し訳ない。あっちに俺の家がある。ごめんなさい。迷惑かけたね」
罠ではなく、場所を間違えただけだった。荒れた生活を送っているのに、礼儀正しい子だ。サルランは数時間後に国境越えを控えていた。
――国境越えは怖くないの?
サルラン「俺は男だよ。男だから怖がっちゃいけない。俺はいつでも楽しむんだ。辛くても笑ってれば大丈夫。だから、いつでもハッピーなんだ」
こんな思いをしているのに、サルランは強くて明るい少年だった。今まで、これほど難民に密着したバラエティ番組はなかったと思う。MCの小籔千豊がコメントする。
「今はあの男の子側で見てるからアレですけど、警察側から見たら『難民、何回来んねん。アカン言うてんのに法を犯してるやんけ。あいつら、ええかげんにせえよ』って思ってる。規模がでかくなったら、ある意味戦争というか。2つの方向が交わらへんときに、しかも真っ向からぶつかってるときって、これはホンマ難しいですね」
難民側には事情があり、自警団にも暮らしを守る目的があった。善悪の二元論では語れない。難しい。
物乞いの娘は物ではなく「弟が欲しい」と言った
人が死ぬと火葬をし、ガンジス川につながる川へその遺灰を流す。これがネパールのヒンドゥー教徒の理想の死の形だ。上流階級者の火葬が終わった後、川でお金や金歯など金品を探す女の子がいた。名前はアツァール。彼女の両親の仕事は物乞いだ。父は2015年のネパール大地震で視力を失うも、お金がないので治療を受けられなかった。だから、人が集まる火葬場で物乞いをしているのだ。ちなみに、家族は両親と6人姉妹の8人家族。
スタッフがアツァール家へお邪魔すると、どうやらこれからご飯を作る模様。豆苗(?)を豪快に入れた草カレーはまるでグリーンカレーみたいで、意外に美味しそうである。それを大家族で談笑しながら楽しく食べる。深刻そうじゃないから不幸ではない、なんて言い切れない。でも、とてもイキイキして見えたのは事実だった。
スタッフはアツァールに欲しい物を聞いてみた。
「弟が欲しいな」
はにかんだ彼女はニコッと笑った。火葬場で金品を探していた少女が欲するのは“物”ではなかったのだ。
「可哀想っていうのは日本人の基準で可哀想って言ってるだけで、可哀想じゃないんかもわからんなとか。幸せって何やろ? 俺、ホンマに幸せなんか? うちの子どもホンマに幸せなんか? とか、考えさせられますね」(小籔)
番組ラスト、ロサンゼルス刑務所で受刑者が作っていたジャンクフードが食材の“濡れブリトー”が運ばれてきた。はっきり言って美味しそうじゃない。小籔は恐る恐る、この料理を口にした。
「口入れたときえずきそうになってんけど、噛めば噛むほど旨味が来るんよ(笑)。だから、思てるよりまずくない」(小籔)
幸せの価値観、先入観を自問自答した小籔に、先入観を物申した格好だ。ハードボイルドなオチである。
番組情報
『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』出演:小籔千豊
制作:テレビ東京
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/hyperhard/
Paravi:https://www.paravi.jp/watch/24595
Netflix:https://www.netflix.com/title/81029429
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寺西ジャジューカ
1978年、東京都生まれ。2008年よりフリーライターとして活動中。得意分野は、芸能、音楽、(昔の)プロレスと格闘技、ドラマ、イベント取材。『証言UWF』シリーズ『証言1・4』、『証言「橋本真也34歳小川直也に負けたら即引退!」の真実』『証言 長州力』(いずれも宝島社)等に執筆。