
※本文にはネタバレがあります
滅私の心『俺の家の話』最終回
『俺の家の話』(TBS系 毎週金曜よる10時〜)では何度か新作能が出てきたが、最終回(第10話)はさながら宮藤官九郎による新作“夢幻能”のようだった。【前話レビュー】だって会いてえもん――人間同士で本音で語らう寿一と寿三郎
能には「現在能」と「夢幻能」とがあって、死者をシテ(主人公)とする能が「夢幻能」。最初は生きていると思った者が、あとで死者であったことがわかる。
まず煙突のカットからはじまる。筆者は映画『ヤクザと家族 The Family』を観たとき、煙突が線香に見えたのだが、ここでもまた煙を出す灰色の煙突は線香に見えた。そのイメージが残念なことに見当違いではなかったことが10分後頃にわかる。でもそこまではいつもの愉快な観山家。
2022年1月15日、いつものような朝食の風景。暮れの試合が散々だったと批判する寿三郎(西田敏行)に「一回くらってみろよ、マジ死ぬから」と反論する寿一(長瀬智也)。いくら寿限無(桐谷健太)の姿勢がいいとはいえ、なんだか寿一がちっちゃく見える。前からそうだったっけ?
死にかけた寿三郎は奇跡的に復活したので、舞(江口のりこ)、踊介(永山絢斗)、さくら(戸田恵梨香)はこっそり遺言を見てしまう。寿三郎が指定した、二十八代宗家は――。
遺言はいったん無効になったが、介護は続く。アイスを食べる家族。
寿一がいない。
後ろで能装束を身に着けてうなだれている秀生(羽村仁成)が幽霊(貞子っぽい)に見える。ここでテクニック的なことを褒めると不謹慎な感じがするが、寿三郎の認知症(近過去をすぐに忘れてしまう)がここで生かされ、寿一の行方になんともいえない不安感をもたらし、ドラマを牽引していく。
ついにさくらが事実を口にする。
「亡くなったのよ」
例の大みそかの試合で寿一は亡くなっていた。「一回くらってみろよ、マジ死ぬから」のセリフは冗談じゃなかった。だが、「俺も親父も、そのことを受け入れられなかった」。
寿一と寿三郎の親子愛
第9話で、寿一と寿三郎は「隅田川」について語り合った。死んだ息子の亡霊を出すべきか、出さざるべきか。そのとき寿一は「俺が息子だったら出てくるよ。「隅田川」は生き別れた息子がすでに死んでいることを知って嘆き悲しむ母の物語(これは「夢幻能」に分類されない)。作者・元雅は世阿弥の息子で、若くして亡くなっている。つまり、寿三郎と寿一は世阿弥と元雅と重なっていたのだ。
他の者たちには寿一が見えず、寿三郎だけに見えているところは、非科学的な亡霊としてではなく、認知症の老人の観た夢まぼろしとしてのリアリティーと考えることもできるだろう。
お通夜の回想。遺影、葬儀屋、ビデオメッセージ、戒名……寿一が寿三郎のために粛々と準備していたことが、自分のためになるとはなんて皮肉なことか。でも25年間、家を離れて、あまりいい長男ではなかった寿一が最後にきれいに人生の始末をしたカッコよさでもある。
哀しい通夜だが、長州力と堀(三宅弘城)が<阿佐ヶ谷〜つぎは荻窪>と歌い出したりして世界は転倒する。寿三郎が生き永らえ、寿一が亡くなり、お葬式はおもしろい空気に支配されていく。
そして冒頭の煙突が登場。
「隅田川」は進行していく。<まさしく我が子の声が聞こえ候>のところで「親父」という寿一の声が聞こえ、父と子の大事なコミュニケーションのひとつ、風呂に入るときの格好で寿一が寿三郎の前に現れ、寿三郎は錯乱していく。
たとえ能を知らずとも、「隅田川」を知らずとも、寿一と寿三郎の親子愛を見ていれば、「隅田川」に流れる母の愛と哀しみはいやというほど理解できる。ものすごい感動場面のところ、大仰に盛り上げず、切々としんみり描く手つきに脚本家・宮藤官九郎と演出家・金子文紀の成熟。西田敏行の力も大きいだろうし、長瀬智也も見事に合わせてきている。速度と熱量と力で押していくのではなく、静かに受ける芝居で、自身は空っぽながらたくさんの人たちの想いを受け止める寿一を完成させる。
「褒めたら終わっちゃうから」
自然の理に反し、親が子に先立たれることが最も悲劇と言われる。『俺の家の話』はまさにそこを描いた。自らの死をもって、父を、観山家を生きながらえさせた寿一。まさに滅私の心である。考え過ぎとは思うけれど、そもそも寿一は死んでいて、未練があって家に戻り、バラバラだった家を再生する役割を果たして消えていったのではないかとすら思えてしまうのであった。
「国の宝にはなれなかったけど、家の宝にはなれたな」
「おまえは観山家の人間家宝だよ」
父に認められたにもかかわらず、じつに哀しい顔をする寿一。

寿一「褒められちゃったら、俺」
寿三郎「いままで俺がお前を褒めなかったのはな、褒めたら終わっちゃうから」
子どものころから褒めてもらえなかった寿一が褒められて、ようやく成仏する。プロレスラーとしての寿一も、追悼興行によって、晴れやかなフィナーレを迎えた。
これをもって、長瀬智也は所属していたジャニーズ事務所を退所する。最後、脱いだマスクがリングにはらりと落ちて残ったのは、山口百恵が引退コンサートでマイクを置いて去っていった世紀の名場面のようにも見えた。これまで長瀬智也のマスクをかぶってたくさんの人たちの想いを一身に浴びていた人物がマスクを脱いで去っていく。
これからの彼にはどんな人生が待っているのか。
また、宮藤官九郎作品もアップデートを続けていると感じる。大河ドラマ『いだてん』でこれ以上ない傑作を描いたと思っていたが、『俺の家の話』は軽く超えていった。その後のさくらの人生の選択は、後妻業的な女の計り知れない胸のうちを見るような毒っけなども軽やかに、老いと介護というどうしたって哀しくなりがちな話を最後まで明るく見せてくれた。いまや、彼を凌ぐテレビドラマの脚本家はいないのではないかというくらいだけれど(べた褒め)、やっぱり「住する所なきを、まず花と知るべし」なのだろう。
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番組情報
TBS系『俺の家の話』
毎週金曜よる10時〜
※放送終了
DVD&Blu-ray
2021.08.13発売
出演:長瀬智也(プロフィール)
戸田恵梨香(プロフィール)
永山絢斗(プロフィール) 江口のりこ(プロフィール) 井之脇海(プロフィール) 道枝駿佑(なにわ男子 / 関西ジャニーズJr.)(プロフィール) 羽村仁成(ジャニーズJr.)(プロフィール) 勝村周一朗(プロフィール) 長州力(プロフィール)
荒川良々(プロフィール) 三宅弘城(プロフィール) 平岩紙(プロフィール) 秋山竜次(プロフィール)
桐谷健太(プロフィール)
西田敏行(プロフィール)
脚本:宮藤官九郎(プロフィール)
音楽:河野伸(プロフィール)
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未 佐藤敦司
演出:金子文紀 山室大輔 福田亮介
製作:TBSスパークル TBS
(C)TBS
番組サイト:https://www.tbs.co.jp/oreie_tbs/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami