『おちょやん』第18週「うちの原点だす」

第87回〈4月6日(火)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義 〉

朝ドラ『おちょやん』寛治、満洲でまさかのテルヲ化 お給金を送る約束はどうした
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

寛治、満州へ

激しい大阪大空襲のなかでも猫が生きていた。それがホッとした。焼け野原でも、桜が咲いて花びらも舞う。
それにもホッとした。

【前話レビュー】大阪に空襲 安置所に眠る菊と福松と対面する千代たち

千代(杉咲花)一平(成田凌)も息子のようにかわいがって育てている寛治(前田旺太郎)は「僕は誰かの役に立ちたいんです」と日本の戦況が悪くなっているなか、ふたりの反対を振り切り、あえて満州の慰問に参加すると言う。

千代と毎月必ずお給金を送ると約束したが、1カ月で途絶える。おそろしいことに、竹井家の血を継いでもいないのに、テルヲ(トータス松本)化がはじまった。満州で博打と女(?)に溺れてしまう。

『おちょやん』はとことん放蕩者を描き続けるつもりらしい。
というか、主人公・千代が彼女自身は真面目に生きているにもかかわらず、関わる人間が遊びにふけりがちな者ばかりだということを描き続ける。

満州での寛治を思う場で、ふいにテルヲの写真が出てきて、「なんやいきなり」「なんやいきなり」「なんやいきなり」と言い出す。
テルヲが亡くなったことで、直接的な害を千代に与えることができなくなった。むしろ、貧乏神的なキャラ化して受け入れられやすくなったといってもいいのではないだろうか。死は哀しいばかりでない。現世の悪いことをなかったことにする。
テルヲの死後の描き方も、ひとつのひっくり返しである。

寛治のモデルらしき名優・藤山寛美を知る高齢の視聴者は、藤山寛美も生前借金をしていたなあなんて他人事のように思うのかもしれない。名優ながら生活には問題があった寛美。彼に限らずそれが芸のためとして不問にされていた時代があったのだ。今はそういうことが許容されなくなってきているけれど。

千代、万太郎に救われる

燃えた稽古場に来た千代。最初に劇団で上演した『手違い話』をたったひとりではじめた。
それを咎める警官や住民たち。「この非常時に不謹慎な」「ええ気なもんやな、こないたときに芝居って」などと口々に千代を責める。

そこへ柝(ひょうしぎ)の音がして、万太郎(板尾創路)が現れた。千代のことを、空襲で頭を打ってすこし気がへんになっているのだと嘘をついて、その場を収めた。

道頓堀が道頓堀でなくなってしまったことを嘆く万太郎。「世界中の人がおんなじ芝居観て、おんなじように笑える日がいつか来るやろう。
そのときこそ、わてらの出番や」と千代を励ますようで、自分を励ましているようにも見える。

戦争について描いているはずの場面だが、2020年以降、コロナ禍で、演劇が中止や延期になり、劇場が閉まって、演劇は「不要不急」と言われたことがまず思い浮かんでくる。『おちょやん』自体もクランクイン直後に撮影がストップし、杉咲花は初舞台の『桜の園』が休止になった。大竹しのぶや宮沢りえが共演という豪華な企画であったのに。

朝ドラ『おちょやん』寛治、満洲でまさかのテルヲ化 お給金を送る約束はどうした
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』寛治、満洲でまさかのテルヲ化 お給金を送る約束はどうした
写真提供/NHK

杉咲花がそんな経験をしていると知ったうえで見ると、「芝居の何が不謹慎なんだす?」という千代の言葉には真に迫るものを感じる。散る花びらは実現しなかった杉咲花の初舞台『桜の園』を惜しむようにも見えてくるから不思議だ。


万太郎は、昔、外国の芝居を見て、言葉がわからないけれど面白かったという経験を千代に語る。チャップリンみたいな身体のパフォーマンスに面白みのあるものは、言葉が通じなくても伝わるだろう。万太郎のシュールなアクションや、千之助(星田英利)のおばあさんの動きなど。ただ、しゃべくり漫才みたいな言葉の面白さや観客との共通認識に基づいた笑いは世界水準になることは現実的に言ったら難しい。とはいえ、大きな夢をもつのは悪くないことである。

ここでは、現実的なことは抜きに、万太郎がいつも千代を助けてくれることを楽しみたい。
いつも千代を「面白い」と認めてくれる人がいる。それは支えになる。板尾創路には悪いが、これが『わろてんか』の実業家・伊能さん(高橋一生)みたいなイケメンだったら、主婦がもうすこしドラマに食いついたであろう。でもそうしないで板尾創路のような奇妙なおじさんで勝負しているところは非常に好感がもてる。芸のドラマなのだから、しっかり芸で生き抜いてきた者でないと説得力がないから。

万太郎と千代の場面で出てきた三毛猫。すこし焦げて見えたのは気のせいか。「人も物も劇場も、み〜んな消えていきおる」と万太郎はしんみり言ったが、生き物の気配は希望になる。

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■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板尾創路(須賀廼家万太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■前田旺志郎(松島寛治役)プロフィール・出演作品・ニュース
■トータス松本(竹井テルヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■明日海りお(高峰ルミ子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■曽我廼家寛太郎(小山田正憲役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■櫻木誠 プロフィール・出演作品・ニュース
■高見健 プロフィール・出演作品・ニュース
■東山龍平 プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami