『殴り愛、炎』過去の男を忘れさせようとヒロインに記憶除去手術を行うトンデモ家族 この家、無理!
イラスト/AYAMI

※本文にはネタバレがあります

この愛の勝負、誰が天下を取るのか『殴り愛、炎』後編

2週連続ドラマ『殴り愛、炎』後編(テレビ朝日 / 金曜よる11時15分〜)。

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真面目なスーパードクター・明田光男(山崎育三郎)は看護師・豊田秀実(瀧本美織)と結婚間近だったが、急患で病院に運び込まれた緒川信彦(市原隼人)によって事態は著しく変化する。

信彦は秀実の高校時代の片思いの相手で、それを知った光男に横恋慕する徳重家子(酒井若菜)があることないこと光男と秀実と信彦に触れ回るものだから、3人の関係性がややこしくこんがらがる。
タイトルが“炎”だけに、恋の炎が各々着火し、それが絡み合って燃え広がっていく。

主要の4人の名前をよく見ると、明田光男→明智光秀、豊田秀実→豊臣秀吉、緒川信彦→織田信長、徳重家子→徳川家康と戦国武将を思わせる。とりわけ光男は、織田信長の暴君ぶりに参ってしまって本能寺の変に及んでしまった説のある明智光秀を思わせるところも。燃える本能寺の変が起きたあと、この愛の勝負、誰が天下を取るのか。名前から言ったら、光男は滅び、家子が最後に笑うことになるわけだが……。

酒井若菜のヤバおもしろい演技

戦国ものの魅力のひとつがキャラクターであるように、このドラマもキャラクターのおもしろさ……俳優がオーバーアクションで盛り上げていく。とりわけ家子役の酒井若菜は十分な働きを見せた。

前編では事件の火付け役。あっちこっち動き回ってあれこれ情報を吹き込んだ。後編でも光男の母親・良枝(石野真子)には秀実と信彦が不貞行為を行っていると言って刺激したり、信彦の陶芸作品を次々割ったり、暴れ放題。「秀実を奪いなさいよーー!!!」と絶叫する酒井若菜は、山口紗弥加、木村多江、松本まりかに次ぐヤバおもしろい演技を披露した。
 
家子のせいで精神が錯乱してとんでもない言動をするようになる光男も健闘している。光男は、秀実は悪くなく、信彦に無理やり言い寄られていると思い込み、過剰に秀実を大事にしはじめる。
信彦とのキスの場面を映像に撮ったものを秀実に見せ、本当はイヤなのに無理やりキスさせられているんだよねと勝手に解釈したり、バードウォッチング中、なぜか山の中にポツンと放置されたロッカーに閉じ込めたり……。

閉じ込められた秀実はたまたま通りがかった人に助けてもらって逃げ出し、信彦の元へ向かう。ハードルが高くなるほどにふたりの愛は燃え上がり、海辺の街に愛の逃避行。そこに冬ソナみたいな音楽がかかる。

邪魔だと思うが花束(ヒット映画のタイトルを意識?)を持って逃避行するふたりを、光男と家子が執拗に追いかけてくる。ふたりの執念に根負けした秀実は、信彦を守る意味もあって、光男の元に戻ることにする。前編のレビューにも書いたように、秀実がものすごく苦悩する悲劇のヒロインふうなのだが、結婚間際で、高校時代のピュアラブによろめくからいけないわけで。欲望に流されず自制しなさいと言いたい。

とはいえ秀実は、光男が過去に自身の医療ミスを父・恒夫(西岡徳馬)と兄・鈴川倫太(永井大)にかばってもらっていたことを知って光男に同情しているだけで、本当は信彦が好き。しぶしぶ光男とよりを戻し明田家に入るが、今度は嫁(まだ嫁ではないが)いびりが待っていた。へんに刺激するから逆に信彦のことが忘れられない。いや、むしろ気持ちがより募っていく。


『殴り愛、炎』過去の男を忘れさせようとヒロインに記憶除去手術を行うトンデモ家族 この家、無理!
2週連続で放送された『殴り愛、炎』。画像は番組サイトより

このラストは『ずっとあなたが好きだった』パターン

光男の両親は信彦を忘れさせようと、とんでもない作戦に出る。怪しすぎる記憶除去術を敢行。ここまで来ると、義父母と義兄、全員へんな感じなので、信彦に走りたい秀実の気持ちは正当化される。どんなにお金持ちでもこの家は無理。

明田家の本能寺の変が起こっているとき、信彦が元陸上部員の能力を発揮して、棒高跳びで、明田家に侵入(塀と家の屋根の間が狭すぎて絶対頭にぶつかって死ぬと思った)。最終的に『あしたのジョー』のクロスカウンターみたいなこと(まさに殴り愛)をやって勝負を賭ける。怪しい医者によるロボトミー手術的なもの、熱血スポ根、ピュアラブ……90年代の小劇場みたいななんでもあり展開の末のハッピーエンド。……とホッとさせておいて、締めに待っていたのはーー。

90年代の『ずっとあなたが好きだった』(92年)パターン。知らない人にためにすこし説明すると、『ずっと〜』はマザコンの夫・冬彦さん(佐野史郎)との結婚生活に悩むヒロイン(賀来千香子)が、高校時代に付き合っていたラグビー部の洋介(布施博)と再会したことから、冬彦の執着心に絡め取られていくこわおもしろいドラマで、最終回の視聴率は30%を超えた超人気ドラマ。

冬彦さんの怪演が人気を牽引したこのドラマといい、ブームだった小劇場といい(堺雅人なんかもこの頃小劇場で活躍していた)、90年代は日本がバブルで浮かれていたからか、ぶっ飛んだことが正義だった。宮沢りえも「ぶっ飛びー」とか言ってたし(90年『いつも誰かに恋してるッ』)。

そんななぜか90年代のノリから苦味やエグミはいっさい省いてライトに笑えるものにしたドラマ『殴り愛、炎』(このタイトルは82年公開のアニメーション映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』を思わせる)で、どんなにおかしなことをしていても絶対的にピュアに見える市原隼人は天使だった。


一方、山崎育三郎は夢のミュージカル界の人なので、ありえないことを成立させて見せる矜持を感じるテクニカルな表現者。ふたりのアプローチは対照的に見えるが、実直で愛に一生懸命なところは同じなのである。

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番組情報

テレビ朝日系
『殴り愛、炎』

【前編】4月2日(金)
【後編】4月9日(金)
よる11時15分〜

出演:山崎育三郎 瀧本美織、酒井若菜 永井大 市原隼人 石野真子 西岡徳馬
脚本:鈴木おさむ
演出:樹下直美
制作著作:テレビ朝日

番組サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/naguriai/

Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

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Illustrator

AYAMI


三度の飯より絵を描きたい。お絵かきと音楽が生きる糧。ロックスターHYDEさんを長年崇拝。

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