『おちょやん』第19週「その名も、鶴亀新喜劇や」

第95回〈4月16日(金)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』千之助をひたむきに掘り下げて演じた名優・星田英利の功績
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

いよいよ旗揚げ公演、千代が大抜擢

4月15日、『おちょやん』がクランクアップしたと報道された。クランクイン直後、コロナ禍で撮影中断して、再開後も感染対策で大変だったところをくぐり抜け完走した。『おはよう日本 関東版』では高瀬アナが行った杉咲花インタビューが放送された。
テルヲとはなんだったのかと高瀬が聞いたら「希望と絶望」と答えたとか。そこはインタビュー中には使われなかったが(なぜ!)、いつもの朝ドラ送りのときに伝えてくれた高瀬アナ。さすがです。

【前話レビュー】悪事にまみれたヨシヲが最期、千代への愛情を語り、千代を救う

元・家庭劇のメンバーと元・万太郎一座のメンバーのいがみ合いが、寛治(前田旺志郎)によって取り除かれ、鶴亀家庭劇の結束が高まった。

『お家はんと直どん』の本番までに1カ月もないが、そこでまた問題勃発。ふいに千之助(星田英利)が役を千代(杉咲花)に代えて、降りてしまったのだ。

「おまえが主役じゃ」
プレッシャーに苛まれる千代は千之助や一平に絡みまくる。

「へんなおばはんにいたいけなじじいが殺されかかる」(千之助)

混乱が止まらない千代の元にあの花かごが届く。千代の芝居のたびに誰かわからない人が花かごを送ってくれていて、戦後はじめて届いた。テルヲ? ヨシヲ? 一平? 栗子? ……と候補がいく人かいたが、テルヲもヨシヲも死んでしまった。

誰だかわからない花かごの人も戦争を生き抜いてきたのだなとしみじみ思う千代。
「俺らのやることは今も昔も変わらへん。
見てくれる人のために一生懸命芝居をするだけや」と一平。

こうして旗揚げ公演の幕が開いた。
『お家はんと直どん』はかつて駆け落ちをしようとして失敗に終わった男女が40年後に再会する話。その男女を千代と一平が演じる。てる役の千代は白髪交じりながら髪をぴしっと結い、しゃんとして身ぎれい。直どん役の一平はハゲタカみたいな髪で一瞬誰かわからないくらい外見も声も変えている。

劇中劇が多い『おちょやん』だが、今回かなり長い。リアルタイム視聴だと、8時5分に千代が登場。そして、千代と一平、ふたりの絡みが長い。

朝ドラ『おちょやん』千之助をひたむきに掘り下げて演じた名優・星田英利の功績
写真提供/NHK

8時9分、万歳(藤山扇治郎)が出て来て、8時10分、隠れていた寛治と灯子(小西はる)が出て来る。締めは「あんたら若いもんがこれからの世の中引っ張っていくんや。頼んだで」というセリフ。
8時11分まで。正味6分ほど劇中劇だった。

観客は割れんばかりの拍手、袖でじっと見ていた劇団員たちも、大山(中村雁治郎)も大喜び。
「道頓堀喜劇の新しい幕開けや」(大山)

朝ドラはたいてい後半戦になると、主人公に子供ができて、親と子の世代間ギャップなどをフックにしつつ親子愛が描かれていく。『おちょやん』では千代と一平に子供がいない分、劇団の若手を登場させて、広い視点から捉えた家族、ひいては人間の命の連なりを描いている。

千代や一平よりも世代が上で、俳優としての限界を感じて今回退いた千之助はひとり舞台に座り、一礼し、客席を通って去っていく。一平と千代に「ええ芝居やった」、一平に「おまえのおとうちゃんにやっと義理果たせたわ」と言う。

これまでずっと昔の喜劇、男が女性を演じる面白さにこだわってきた千之助が、ここへ来て、一平がやりたいと望んでいた女性が女性を演じる芝居の完成形を見たのだろう。そこに至るまで千之助が大きな壁となって立ちふさがっていたが、一平と千代の成長がその壁を乗り越えた。千之助は、父母と暮らした記憶の薄い千代と一平にとって父のようであり、おばあさん役をやってるから母の役割も果たしていたと言ってもいいのではないか。

そういう意味で、最後まで千之助がおばあさんを演じ続けていたことは意味があったように感じる。モデルになっている松竹新喜劇はまだまだ男性がおばあさんをやって人気を博す。
昭和45年、『アットン婆さん』の曾我廼家十吾演じるおばあさんは本当におばあさんにしか見えない。

名優、星田英利

客席に下りた千之助は、子供の一平の額に指でピン!とやったときのポーズを離れた距離から行う。舞台の上から見送る一平にその指の感触は伝わって見える。こちらはこちらでまるで演劇のようだった。

朝ドラ『おちょやん』千之助をひたむきに掘り下げて演じた名優・星田英利の功績
写真提供/NHK

彼らのやってきた喜劇では幽霊が未練がましく退場しないで笑わせたが、現実の千之助は潔く退場していく。星田英利は本当に『おちょやん』の功労者である。本人のブログによれば、万太郎が亡くなったときの「さあ一名様、地獄へご案内」(第92回)のセリフは星田のアイデアだったそうだ。第95回では一平を「天海」と呼ぶことを付け足している。二代目天海天海であることを認めた印なのであろう。ブログには長文で役の掘り下げを綴っている。台本上では短くても、その何倍も考えて演じている。それが俳優なのだと思う。

突然色っぽい場面

役がつかめずお酒を呑んでぐだぐだしている千代を止める一平。その流れでふたりがしなだれかかっているように見えて、そこに寛治が帰宅して気まずいというシーンが描かれた。
千代と一平は仲良しキスシーンが一回あったきりで、夫婦のいちゃこらがまったくなかった。寛治の勘違いシーンとはいえ、珍しい男女の関係がにおうシーンであった。ねそべった千代のポージングの完成度が高い。

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■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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