『おちょやん』第19週「その名も、鶴亀新喜劇や」

第93回〈4月14日(水)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』セリフを忘れる千之助 またひとり、名優が幕引きしそうな予感……
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

家庭劇+万太郎一座=鶴亀新喜劇

関西演劇の雄・万太郎(板尾創路)が亡くなって、昭和24年、新たな劇団・鶴亀新喜劇が旗揚げ公演することになる。家庭劇のメンバーに、元・万太郎一座のふたり、万歳(藤山扇治郎)千兵衛(竹本真之)、そして元鶴亀歌劇団の朝比奈灯子(小西はる)が加入。

【前話レビュー】巨星墜つ――最期の舞台に立つ役者・万太郎を永遠にした千之助の言葉

旗揚げ公演を前にして千之助(星田英利)の様子がなんだかおかしいが、満州に行っていた寛治(前田旺太郎)が戻って来て、新展開の予感。
気まずい別れをしたっきりのヨシヲ(倉悠貴)の消息を寛治から聞いて、千代(杉咲花)の心はざわつく。

『おちょやん』は松竹新喜劇の歴史がモチーフになっているドラマにもかかわらず、西でその勢力を二分するライバル吉本新喜劇の板尾創路と星田英利が中心になっていることをなんだか不思議に思っていた人もご安心。ここへ来て、曾我廼家万歳役の藤山、寛治役の前田旺太郎、千兵衛役の竹本がインして、元からいる天晴役の渋谷天笑と合わせて、松竹系の俳優たちが揃ってきた。小山田役の曾我廼家寛太郎がアウトしているのが惜しい。ともあれ家庭劇と万太郎一座が融合して鶴亀新喜劇が誕生したことと重ね合わせて、松竹と吉本の融合で、松竹でもない吉本でもない『おちょやん』オリジナルの劇団感が生まれている。

商売に生きる人もいる

いろいろあった万太郎の死をきっかけにひとつになる万太郎一座+家庭劇は話題になると大山社長(中村雁治郎)は商売っ気満々。戦争で多くの人を失った大衆の哀しみに寄り添いつつも、それを商売につなげる。
人間のなかにある我欲の側面を大山が担っている。

ドラマ制作もそういうところはあるだろう。慈善や生きるために大事な真理の探求のために作っているわけではない。例えば、冒頭、戦争を経て何をすべきか悩んでいた一平(成田凌)が、万太郎の死をきっかけに「俺らの喜劇を次につなげるためです」と奮起して、新喜劇の座長を引き受ける決意をし、家庭劇の面々を引き連れて大山に会いに行くちょっとカッコいい描写なんかも、唐突にそれっぽい雰囲気で、こういうムードが受けるであろうと思ってやっているように見える。そこに大山的視点を感じてしまうのだ。

その感覚は社長が新メンバーを前に語っているときにも現れる。
一平の後ろに漆原(大川良太郎)が完全に隠れているカットがある。漆原が消えたかと思うくらいあまりにも丸かぶり過ぎる。ここはカメラなり本人なりの位置をずらす余裕すらないのだろうか。

あえて苦言を呈すると、なんかちょっと気になることの積み重ねが視聴意欲にひたひたと影響していくのだ。大衆は簡単に盛り上がるが、同じように簡単に失望もする。それはどちらも積み重ねの結果なのである。
ただ、第92回で漆原がドアップだったのはこの代わりだったのだろうかと深読みできないこともない。そうだとしたら、そこには完璧ではない人間の魅力を感じる。

朝ドラ『おちょやん』セリフを忘れる千之助 またひとり、名優が幕引きしそうな予感……
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』セリフを忘れる千之助 またひとり、名優が幕引きしそうな予感……
写真提供/NHK

健気な灯子

旗揚げ公演まで1カ月。元万太郎一座のふたりは万太郎が亡くなったショックで機嫌が悪く、千之助といがみ合う。またしてもギスギス感。さらに千之助の調子が悪い。自分で書いた台本のセリフを忘れてしまう。
それをフォローする千代。

千之助と万太郎の件は第92回で終わったと思ったが、まだ引っ張っていて、セリフにつかえた千之助は万太郎の幻を見る。

「セリフは忘れる、即興もでえへん。そないやったら役者は終わりや」(万太郎)

第92回で、完璧なパフォーマンスができないなら死んだほうがいい(大意)との考えを示していた千之助だから、いまの状態は耐え難いであろう。もうひとりの自分として万太郎が引導を渡すわけだ。

またひとり、名優が幕引きしそうな予感と並行して、灯子が空襲で家族を失い絶望したなかで、焼け跡で行われた「マットン婆さん」を見て頑張ろうと思ったエピソードと、寛治が戻ってきて擬似親子3人が久しぶりに食卓を囲むエピソードが描かれて、盛りだくさん。
木・金でこれらが全部まとまるのだろうか。

「やっとできた私の居場所です」と新喜劇をなくさないでくれるよう頼む灯子の境遇は千代に少し似ている。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami