
柳原陽一郎、初のピアノ弾き語りアルバムをリリース
歌とピアノ。それも歌う人が奏でるピアノ。今どきの言葉で言うなら歌の「ミニマリスト」というところだろうか。収録曲はバンド時代の代表曲「さよなら人類」をはじめとするセルフカバーが8曲と、ボーカリストとして参加した「木曜日は雨」(さくらももこ×来生たかお『One Week』収録)のカバー、そして新曲が3曲。いずれも歌とピアノ演奏の同時録音ならではの臨場感が、シンガーソングライター柳原の原点回帰を思わせる仕上がり。
デビュー30周年を機に制作に着手したもののコロナ禍でレコーディングが中断。1年の月日をかけて作られた、キャリア初となるピアノ弾き語りアルバム『GOOD DAYS』にこめた想いを聞いた。

懺悔でもあり、暴露でもあるアルバム
──意外にもピアノ弾き語りアルバムは初めてだそうですが。こういうスタイルでアルバムを作ろうと思ったきっかけから伺えますか。柳原:30周年というのが大きかったですね。これまで出した曲で「ピアノ弾き語りバージョンでも聴いてもらいたい」という曲を集めてみたらどうだろう、みたいな。そういえば、ピアノを弾いて歌ってるわりには、ピアノと自分の歌だけでちゃんとアルバムを作ったことがないなぁと思って。
──これまでピアノ弾き語りアルバムを考えたことは?
柳原:基本的に弾き語りを音源で出すということには消極的なほうでしたね。ドラムがあって、ベースがあって、ホーンセクションがあって、という音楽が好きだから。
だって弾き語りって、語弊を恐れずに言うと家でやってることと変わらないわけですから。ラジオでかかるかもしれない音源を世の中に出すのなら、どんなサウンドの上に私の歌が乗ったらいいか、ということを考えて作るのは当然の話だったんですよね。もちろん弾き語りのものが好きだっていう人もいると思いますけど、僕はバンドの音やポップスが好きだったので。自分が作るものという意味では弾き語りの作品は全く考えていませんでした。
──その気持ちに変化があったということですか。
柳原:この5年くらい全国のいろんなところで、ピアノやギターの弾き語りで歌うようになったんです。会場によっては後ろにドラムやベースがあるより、自分の間合いで歌うほうが気持ちがいい場合があったりするので。だとしたら、これで音源を作ってもいいかもしれない、たぶん私の技量では何か足りない、何か欠けたものになるのだろうけど。
それをさらけ出して「30年やってもこの程度なんだね」って捉えてくれてもよし、「あぁ、ヤナちゃんはいい間合いを持ってるね、いい声してるね」と思ってくれるもよし。懺悔でもあり、暴露でもありっていうような感じのアルバムにしようかなと思いました。
──懺悔?
柳原:懺悔、懺悔。
──そうでしょうか。
柳原:僕はどうしても間合いの人間だから。「人がこうきたら、こうしようかな」「あの人は音が大きいから、僕は逆に音を下げようか」みたいなことを考える人間で。ちょっとプロデュース指向が強いというか、すぐ脇役に回ろうとするというか。脇に回ることが好きな人間なんですね。
──脇に回るのが好きなら、自分が前面に出る弾き語りは、そういう意味でもあまり作りたくないものだったり。
柳原:そうそう。基本、人が必要なんですよね。ライブではお客さん、音楽を奏でるときには他のミュージシャンが必要。要はストリップ、そこで「あら恥ずかしい」「お、なかなかいいんじゃない?」と思ったりするタイプ。


──それがこの5年くらいで変わってきた?
柳原:『もっけの幸い』(2015年リリースのセレクションアルバム)を出したあたりから、もうどこでも歌おうと思ったんです。呼ばれたら行く、どういうミュージシャンであろうと一回は音を合わせてみる。そういうなかで嫌な思いをしたら、それはそれでいいやって。基本的に自分をアウェーの状態に置いてみようと。
──そういう気持ちは、それまでにはなかったことですか。
柳原:そうですね。完璧なアウェーっていうことはやらなかった。でもそれじゃ結局面白くないなぁと思うようになって。ダメならダメなりに、できるだけ面白くすればいいっていう気持ちが出てきたんじゃないですかね。
でね、そうやっていろんなとこに旅に出て、自分が下手だってことを突きつけられたりするなかで、自分に独特の間合いがあると認識したとき、「もしかしたら、これはこれで作品になるんじゃないかな」「さらけ出してしまえば、なんとなく人にお許しをいただけるようなものくらいはできるんじゃないかな」っていう気持ちが芽生えてきたんだと思います。
才能ねーなーと。自分にガッカリした
──弾き語りアルバムということではギターという選択肢もあったと思うのですが。なぜピアノに?柳原:……ちょっとラクみたい、ピアノのほうが。なんか本を読んでる感じに近いんですよね。自分に向き合ってる感じが。

──ギターだとそうはならないですか。
柳原:お客さんの顔が見えるから。どうしても「今日はウケてる?」って考えたりしちゃうので。その点、ピアノは自分と音とのお話し合いだから。あとギターの場合、ジャンジャカジャンジャカやってると、やっぱり気持ちが熱くたぎるんですよ。それがあんまり好きじゃなくて。
──ピアノだとそうはならない。
柳原:クール、クール。
なんかそういうことも含めて、僕はピアノのほうが面白いかな。またギターも下手だから、できることが限られるし。ハイコードでチャッチャとカッティングできればカッコいいけど、そういう感じでもないし。基本的にピアノのほうが音楽とお話し合いができる気がしますね。
──それもこの5年くらいの間の発見ですか?
柳原:ずっと良かれと思ってピアノを弾いたり、ギターを弾いたりしてライブをやってたんだけど。
──最近なんですか。
柳原:そう。自分の間合いみたいなものを本当にわかったのも、今回のレコーディングだしね。わかった気でいたけど客観視なんてできてなかった。思い込みでやってただけ、そもそも全然上手くもないし。だから「あ、失敗した……」と思った。最初の3日間に録音した音源を聴いたときに。こりゃダメだって。
──望む形と実際にやっていることにギャップがあったのでしょうか。
柳原:いや、才能ねーなーと。自分にガッカリした。いい加減だし、大袈裟だし、そのわりに腕ないし。もう「あいつは下手だ」とか、「この音楽はいい」とか言う資格はないと思ったなぁ。俺はミュージシャンじゃないんだと思いました。
──だとしたら何なんですか。
柳原:山師とか詐欺師とか嘘つきとか(笑)。
──(笑)。思うように弾けない自分にガッカリした。
柳原:いや、そう思ってたら練習すると思う。だからそこまでも思ってなかったんですよ、甘かったの。きっと適当なとこでお茶を濁してたんだろうね。それが見事にバレました。

──リスナーとしては、これまでのライブでもお茶を濁しているふうには聴こえなかったですが。
柳原:う~ん……。僕もそうも思ってなかったから。それが今回いろいろ見えて。大道具の後ろに回ったら「なんだ、これ。ハリボテじゃねーか!」みたいな。ドアのように見えるけどドアじゃなくてドア風じゃんっていう。だからフェイク歌手みたいな。
──レコーディングすると、そういうことがわかる。
柳原:わかりますね。録ったものを聴くときは、他人の音源を聴くのと同じように聴くから。……まぁ、なんとなく予想はついてたけどね、ダメなんだろうなぁって。それがバレただけとも言えますよね。正直言うと、この歳にもなったら上手くって己をわきまえてて、というような感じが理想じゃない? だけど自分は全くそんなことなかったりして。
でも逆に今話してて気づいたけど、自分をすべて冷静に捉えてるような人って全然面白くないかも。全部80点、すべて安全運転。鉄板のようにいつも同じような曲で盛り上げて。そういうのもなぁと思うんだけど……、いかんせん、まだまだだなぁっていうのが露わになりましたね。
──最初の3日間で打ちひしがれた気持ちを、どう立て直していったのですか。
柳原:そのあとコロナでスタジオを使うことができなくなって時間ができたから。家で「ハノン」(ピアノの教則本)を弾いたりして、やっぱり下手だなぁ、ダメだったんだなぁというようなことを考えながら練習してて。
そこで本当の意味で「できないことをやるのはやめよう」「できるようにはするけども、本番でできなかったらやめよう」みたいな、悲しい割り切りをしました。「頂上は目指すけど、8合目まで行ったらよしとしよう」と。「まぁこれが僕の精一杯でしょ」というところに落とし込むというか。
……昔から嫌いだったんだけどね、安全策狙いというのは。頂上に行けなかったのはボツ! って。というか頂上に行ってないか、どの曲も(笑)。
──「もうやめたいな……」とは思うことはなかったのですか。
柳原:それはない、しつこいから。そういう意味での尋常じゃないしつこさがあるから、ダメなものでもこだわるという。

──皮肉な話ですが、コロナに時間をもらえたとも言えますね。
柳原:そのときはそうは思ってなかったけど。ただ、コロナで家にいる間に、「本当に好きなこと、なんだっけ?」「自分にできることってなんだっけ?」っていうことをしゃちほこばらずに、たっぷりあった時間のなかで自然と考えられた気がします。コロナで苦しんでいる方には申し訳ないんですけど。
──それはアルバムにもプラスに働いた。
柳原:もちろんそうでしょうね。コロナ禍がなければ、あらかじめ決まっていたスケジュールに従ってもがきながら作ることになっただろうから。でもレコーディングが中断して時間はあったので「ダメだ! この曲はもうちょっと練習しよう」ということができたから救われた。「きっとハワイ」とかさ(笑)。そうじゃなければ、あまり聴きたいアルバムになってなかったかもしれない。
──ということは聴きたいアルバムになったわけですね。
柳原:なんかだいぶ印象が違う、作ってる最中と今とでは。その最中は下手すぎて聴けなかったんだけど、最近ふっと聴いたときに「いい歳して恥も外聞もなく下手くそな音楽をやってるおじさんがいたんだっていう意味では、これはこれでいい記録なんじゃないか」と思いました。
よくできてるわ「さよなら人類」
──選曲は大変でしたか。柳原:いや、それほどでも。最初は30曲くらいピックアップしたのかな。ライブで歌うなかで「これ、ピアノ弾き語りもいいかも」と思った曲とか。でもバンドでやったオリジナルバージョンと印象があんまり変わらないだろうな、という曲は外しました。
「ブルースを捧ぐ」のピアノ弾き語りバージョンも好きなんだけど、あの曲はどちらかというとコード進行的に単純な曲なので、たくさんの楽器が鳴ってるオリジナルバージョンのほうがいいだろうなと思ったし。

──30年を俯瞰するような、どのアルバムからもわりと万遍なくピックアップされた選曲だと思ったのですが、『DREAMER’S HIGH』『「ほんとうの話」』からは選ばれていませんね。
柳原:その2枚のアルバムはピアノでやってもあんまり印象が変わらない曲か、ピアノでやってもなぁ……という感じだったから。前作の『小唄三昧』もそうだけど。
──ソロ初期の「みんなおぼえてる」「きみを気にしてる」はだいぶ感じが変わりましたね。
柳原:この2曲はやっぱり入れとかないと、と思って。特に「みんなおぼえてる」はソロ初のシングルだし。「きみを気にしてる」もバンドを辞めて初めてのシングルなので。でも「きみを気にしてる」はすごくいいテイクが録れたと思う。たぶん今回のなかでのベストテイクじゃないかな。
──「入れておかないと」ということでは「さよなら人類」は絶対ですよね。
柳原:しょうがないよね(笑)。だけどこの曲はよくできてるわ。よくできてるんだけど、これを基準に考えたら絶対いかんね、売れた曲だからじゃなくて。
──どういうことですか?
柳原:あの曲、じつは木造の平屋じゃないけど、とにかく地味な曲だったの。それでいろいろ継ぎ足していって、見栄えのいい構成にして盛り上げた曲でね。だから木造平屋だった頃を思い出すのはすごくいいことだと思うけど、見栄えのよくなったアレンジや、それが世の中にけっこう出たっていうことが、心のどっかにすごい影響してて。だってほっといたら今でも、どの曲でも最後に♪ラララララ~って入れて盛り上げたくなるもん(笑)。
──たまの時代の曲ということだと「どんぶらこ」は『ふたたび』(2005年リリース。たま時代の楽曲をストリングスやホーンをいれてリメイクした作品)に続いて二度目のセルフカバーになりますが。それだけお気に入りの曲なのですか。
柳原:お気に入りというより……。「どんぶらこ」は進行がだらだらだら~ってワンパターンなんですけど、そういう曲が1曲あってもいいかなと思って。好きなんですよね、だらだら系の曲。
──「まわれ糸車」と「ハニー・ムーン」はライブで最近よくやるようになった曲だそうですね。
柳原:「まわれ糸車」はレコーディングするときには候補にもあがってなかったと思う。たまたまライブで歌ってみたら、小洒落た感じがなんかよかったんで入れることにして。中断したレコーディングを再開してから録音しました。
「ハニー・ムーン」は昨年の頭くらいからライブでやるようになったのかな。その頃はもうちょっとガッガッガッとやってて。だけど難しい曲だった、「ハニー・ムーン」は。今回でいちばん難しかった。なんだろ、技術以前に、全体をどういうタッチでやればいいかのかがわからなくて。力の入れ方とかが難しい曲でしたね。
──「夏がきたんです」「ひまわり」は以前からライブでの人気曲だと。
柳原:もともと「夏がきたんです」はこっちのバージョンなんです。それを『ウシはなんでも知っている』(2007年リリース)のときにギターに替えてやってみたんですけど。だから元をやってみるか、と思って。
「ひまわり」は曲を作ってすぐにロックバンドとレコーディングした曲で。僕の場合、弾き語りで先にやって、レコーディングのときはバンドでやるっていうことが多いんだけど、この曲は逆でね。弾き語りでやるようになったのがあと。
──今となっては弾き語りバージョンのほうが聴き馴染みのある方も多いかもしれない?
柳原:そう思います。音源としてバンドバージョンと違うアプローチもあるなと思っていたので、「ひまわり」は当初から僕のなかでは収録が決まってましたね。
──さくらももこさん作詞、来生たかおさん作曲による「木曜日は雨」は柳原バージョンとも言える仕上がりですね。
柳原:この曲はもう涙が出るほど難しかった。レコーディングであれほど緊張したことはない、っていうくらい。
──緊張の理由は自分で作った曲ではないから?
柳原:それもあります。いわゆる洗練されてるもの、おしゃれなものっていうは僕はやらないほうで、聴くのは好きだけど。そういう意味では保守的だから。ジャジーなものとかね、ボサノバ風とか、ちょっと抵抗感があるんですよ。それが自分に憑依したとたん、うわわわわ~ってなる(笑)。気持ち的に似合わない服を着せられてる感じになるというか。またこの曲、イントロとか部分部分でも技術的に難しいから。そこも難題でした。

「故郷のない男(くにのないおとこ)」は大敢闘賞
──新曲は、それぞれタイプも雰囲気も違う3曲ですね。柳原:どの曲も作る過程は七転八倒。たぶん最初のバージョンを聴いてる人はアルバムを聴いてひっくり返ると思う。「モモおいで」はチャンチャンチャンチャンっていうポール・マッカートニーっぽいリズムの曲になってるけど、そういう「ペニー・レイン」みたいなリズムの曲って初めてなんですよ。でもこうしか解釈のしようのない曲もあるな、と思ってやってみました。
──すると「モモおいで」はリズムのアイデアから始まった曲ですか?
柳原:それが最初は全然違ってて。♪モモ! こっちへおいで!タンタンタンッツカタンタンみたいなアップ曲で。やりながら「なんだろう、このくだらなさは」と思って(笑)。歌詞と曲調が全然合ってないぞって。それで歌詞を変えて、構成も変えて、イントロも変えて、結局全部変えて、自分の力量ではとうてい追いつかない曲になったんだけど。コロナ休暇のおかげで収録までこぎつけました。
──「きっとハワイ」は1年前くらいの配信ニュースで、曲の出だしだけ歌っているのを聴きました。
柳原:そうそう1回目の緊急事態宣言中に作ったような気がする。これも最初とはピアノの弾き方が全然違って。ブーンパンパン、ブーンパンパンっていうラテンのリズムを左手で弾かないといけないと思って、コロナ休暇に練習しましたね。
──「故郷のない男(くにのないおとこ)」はすでにライブ人気が高い曲なのだとか。
柳原:この曲もすごい変わりました。キーも変えたし、間奏も付け足してるし、歌詞も削ったし。今は3分くらいの曲だけど、最初はもっと長い曲で。だけどこれ、本当に奇跡のレコーディングだったと思う。この形になってからまだ歌い慣れてなかったんで、震えながら歌っていて。だから歌はすごく不安定なんだけど、それが曲にはよかったんでしょうね。100点ではないけども僕は好きなテイク、大敢闘賞だと思う。でもこの曲は作ってよかった。「また明日」と同じくらいプレゼントもらったなって思う曲です。
──そういうプレゼントは今までにもあります?
柳原:いっぱいありますよ。「ブルースを捧ぐ」だってそうだし。「ホーベン」もそうだし。たま時代の曲でいうと「オゾンのダンス」とか。身分不相応なものをいただいたなって思う曲。
──ボーカルはどうでした? 一度形にしたものを改めて歌い直してみて。
柳原:手前味噌だとは思うけど、歌手としては悪くないと思った(笑)。オリジナルバージョンより歌はいいかもしれない。ショーマンではないけども歌手としてはいろいろ試行錯誤してて、その姿勢はいいなぁと思ったな。
で、歌詞は単体でみても、そんなに悪い歌詞じゃないと思う。だけどピアノがねぇ。そういう器楽的才能がひどいかな(笑)。だからといってカラオケをバックに歌うような歌手になりたいわけじゃないので、そこが今後の難しい課題ですね。
──『GOOD DAYS』というタイトルはどんなところから?
柳原:最初は『BAD DAYS』にするつもりだったんです。「そういうタイトルの曲もあるし、コロナだし、BADってカッコいいよ、マイケル・ジャクソンみたい」って。そしたら、「BAD DAYS」という曲がボツになっちゃって。どうしたもんだかって人と話してるときに「じゃ、GOOD DAYSでいいじゃん」ってなって、皮肉も効いてるじゃんってことで。
──今までの曲もあって、新しい曲もあって。そういうアルバムが『GOOD DAYS』という言葉でくくられているのもいいですね。
柳原:『小唄三昧』のときもそうだったけど、こちらがことさら考えてなくても、なんか後から理由がついてくるんですよね。そこが面白いなと思いますね。
──というわけで、弾き語りライブが端緒になったアルバムが出来たのですから、本来ならいろんなところで弾き語りライブをしたいところですが。
柳原:ホントにね。でも焦ってもしょうがないので。まぁゆるゆるとコロナの様子を見つめつつ、また全国に出ていければと思います。そのときは皆さんも、状況が許せば気兼ねなく聴きに来てください。
【視聴】柳原陽一郎 アルバム『GOOD DAYS』トレーラー
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