『おちょやん』第23週「今日もええ天気や」
第111回〈5月10日(月)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉
いよいよ最終週
長く苦労をしてきた千代(杉咲花)の物語も最終コーナーに来た。俳優として確固たる人気を確立し、おそらく経済的にも安定したであろう千代は、遺恨を残す元夫・一平(成田凌)と再共演しないかと熊田(西川忠志)に持ちかけられる。【前話レビュー】『おちょやん』栗子が亡くなり、千代と春子が“ほんまの親子”に
一平も離婚後の長いスランプを脱し、『初代桂春団治』で復活を果たしていた。
朝ドラの最終週で思い出すのは、『ごちそうさん』(2013年度後期)。主人公め以子(杏)が戦争に行った夫(東出昌大)の帰りをひたすら待ち続ける。半ば諦めかかった頃のサプライズ展開には多幸感があった。それから『あさが来た』(2015年度後期)。主人公あさ(波瑠)と長年連れ添った夫・新次郎(玉木宏)との別れと未亡人になった後のサプライズにも多幸感が。夫婦の行く末で物語を締める形はなんだか落ち着く。
『おちょやん』は愛憎の果てに離婚して、お互いまだ気持ちが整理されていない。いわば“共演NG”である。果たしてふたりはどんな着地をするだろうか。
「桂春団治」とは
訪ねて来た熊田は、千代が春子(毎田暖乃)の世話を焼く姿を見て、一平も父親らしくなったと言う。そのとき、千代の表情が一瞬固まる。思えば、千代と一平は別れて、お互い芝居の世界で活躍した上、子を持つ親としてもそれぞれせいいっぱいのことをしている。千代のモデルの浪花千栄子も養子をとり、渋谷天外に対抗して家まで建てている。仕事、子ども、家……と渋谷天外の持っているものを手に入れることに女の意地のようなものを感じざるを得ない。女ひとり、それくらい燃えるものがないと踏ん張れないのかもしれない。
一平が書いた『初代桂春団治』は実在する名落語家の芸のためなら女房も泣かす破天荒な人生を描いた芝居。原作は長谷川幸延の小説。桂春団治といえば、朝ドラだと『わろてんか』(2017年度後期)で波岡一喜が演じていた紅い人力車に乗っていた派手な落語家が、桂春団治を参考にした人物であった。この人力車は『桂春団治』の舞台でも春団治のアイコンとして重要な役割を果たしている。
吉本興業に所属していた落語家・桂春団治は落語の腕はスゴイが、通称「後家(未亡人)殺し」と呼ばれるほどで、女性にモテる。妻おたまがいるにもかかわらず、未亡人とも付き合っていた。妻は未亡人のことは認めていたが、さすがに若いおときを妊娠させたことは許せず、春団治の元を去る。
『おちょやん』では妻おたまを香里(松本妃代)が演じている。春団治は一平。酒屋の池田やを寛治(前田旺志郎)。おたま、おときに去られた春団治は後家の婿に入る。決して褒められたものではない春団治に対して、女性たちの想いを丁寧に描く。そこが大衆人気の秘訣だと感じる。
夫が世話になった後家さんに気遣い、さらには生まれてくる子供のために妻の座を譲るおたまのカッコよさ。おたまは、春団治に出ていったおときのことも思い出してあげてほしいとまで言うのだ。どこまでもできた人である。だが、おたまは「芸人の心はわかっても、人間の心はわかってへん」と辛辣なことも言う。
死ぬまで芸一筋で生きる春団治を自分に重ねて描いたと言う一平だが、子供すら捨てる春団治と比べると、子供を捨てることのできなかった一平のほうが人間らしい。ちなみに、春団治とおときの子供の名前は「春子」なのである。『おちょやん』の劇中劇ではそこには触れていないけれど、なんて皮肉な名前!
本編と別途撮っている劇中劇のクオリティーは相変わらず高い。名場面の前後ののりしろもちゃんと撮っているように見えるのだが、いったいどこまで演じているのだろうか。とりわけ、池田や役の寛治役の前田旺志郎の喜劇役者っぷりは堂に入っている。
共演NGにあたふたする人々
2020年に『共演NG』というドラマがテレビ東京で放送された。中井貴一と鈴木京香が破局した恋人を演じ、彼らは俳優で過去のしがらみから長年共演NGだったが久しぶりに共演することになり、心を揺らす様を描いた。共演NGの俳優がいると周囲のスタッフがあたふたする姿が楽しめた。『おちょやん』でも、千代と一平は長らく会っていない。周囲はお互いの話をすることに神経を尖らせる。ある時、一平が『桂春団治』の人気に乗ってテレビでインタビューを受けることになり、そこへちょうど『お父さんはお人好し』の打ち合わせに千代が来ていたため、プロデューサーや演出助手たちが鉢合わせしないように気を使いまくる。一平にインタビューしているアナウンサーが『お父さんはお人好し』のナレーターと同じ林田(野田晋市)であるところもポイント。
【関連記事】『おちょやん』109回 一生うちが守る――血の繋がりはなくとも大切な“家族”
【関連記事】『おちょやん』108回 生瀬勝久が脚本家・長澤を演じる因縁
【関連記事】『おちょやん』107回 人気者になった千代と仕事の岐路に立たされる一平 明暗分かれた元夫婦
■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■塚地武雅(花車当郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■前田旺志郎(松島寛治役)プロフィール・出演作品・ニュース
■藤山扇治郎(須賀廼家万歳役)プロフィール・出演作品・ニュース
■川添公二(富岡竜兵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■久保田悠来(四ノ宮一雄役)プロフィール・出演作品・ニュース
■野田晋市(林田伸一郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■小西はる(天海灯子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■トータス松本(竹井テルヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三戸なつめ(竹井サエ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■生瀬勝久(長澤誠役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース
※次回112回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね
番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami